平成の「科学研究」と「科学技術政策」のねじれた関係

科学 政治・外交

内村 直之 【Profile】

2018年暮れもストックホルムの出来事に注目が集まった。免疫チェックポイント阻害剤という新しいがん治療薬を開発した本庶佑・京都大学特別教授がノーベル医学生理学賞を受賞したからだ。平成時代に自然科学系のノーベル賞を受けた日本出身者は18人を数える。このノーベル賞「ブーム」は続くのか。ここ30年ほどの自然科学研究と日本の科学技術政策の動きを重ね合わせて見えてくるねじれた関係は、私たちの期待を裏切りそうなのである。

研究力の失墜生んだねじれ

近年の日本の研究力の失墜は、世界的に有名になっている。2017年3月、科学誌『ネイチャー』に「緊縮財政で科学研究はどういう代償を払うことになるか(What price will science pay for austerity?)」と題する6ページの記事が掲載された。「日本発の論文数の占める割合が7.4%から4.7%に減った」「若手研究者が任期なしポストを得る機会が少なくなり、将来が不安定になっている」「科学技術予算は01年以後横ばい」「04年から大学の基本的な資金である運営費交付金が毎年1%減らされ続けている」……と、日本の大学研究者の悲鳴が代弁されていた。

18年11月、国立大学協会長・学術会議会長の山極寿一京都大学総長と財務省主計局の神田眞人次長が、運営費交付金をめぐって激しく角を突き合わせたと報道された。発端は、財務省が財政制度等審議会分科会で運営費交付金の10%に当たる約1000億円を、大学の改革評価に応じて傾斜配分すると提案したことだった。

この「重点支援枠」は16年から始まり、18年は300億円だったが、これをさらに増やし、ゆくゆくは運営費交付金そのものを「競争的」にしようと目論むものといわれる。運営費交付金は毎年の1%減額で法人化の始まった04年からこれまでに約1400億円が減っており、現在1兆1000億円を国立大学で分け合わねばならない。その1割を競争的にすることの影響は大きい。

人口減少と財政逼迫(ひっぱく)に危機感を持つ財務省は、これまで学生を育て科学技術のシーズを作るだけでよかった大学に、民間的な経営感覚と大学間の競争を持ち込む施策を選択するようになった。

「多様な財源による堅固な財務体制」「生産性の高い研究システム」「つぎ込んだ血税に見合うだけの貢献」「フェアな資金配分ができる適正な評価をせよ」と神田次長は発言し、研究費は潤沢、硬直的・閉鎖的な大学状況が論文の生産性を下げているのではないかというのである。「競争を止めれば日本は人類社会から落ちこぼれ、次の世代に廃墟しか引き継げなくなる」(朝日新聞のインタビューに答えて)。

これに対し、山極氏は「法人化は失敗。財政改革として国立大学を国から切り離し、その財源である運営費交付金を削減しているのは間違い」と言い切る。「選択と集中」のもとに競争的資金を導入して「研究資金は潤沢」というのに、研究力は下がっている。大学という組織の競争のために、研究者個人の時間を無駄にしている……と主張する。この悲鳴は、現場の研究者からしょっちゅう聞く声でもある。

といいながらも、各大学は科研費など競争的資金を受けねばならず、研究拠点形成事業(COE)や世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の設置や評価に汗をかかねばならない。大学の格付け、将来計画に大きく関わってくるからである。

今年も、国大協は政府に対し、運営費交付金の安定的確保、施設整備補助の拡充を求めているが、財務省とのねじれは大きくなるばかりのようだ。

「ノーベル賞続々」は実現するか

2001年、政府は第2期科学技術基本計画の中で「投資に見合う多数の質の高い論文が発表され、国際的に評価の高い論文の比率が増えること、ノーベル賞に代表される国際的科学賞の受賞者を欧州主要国並に輩出すること(50年間にノーベル賞受賞者30人程度)」と、知の創造の目標を明らかにした。その後の計画では、そこまで言及していないようだが、これは実現できるのか。

冒頭に述べたようなペースで見れば、可能かもしれない。しかし、現在の科学技術政策の在り方では、それは可能だろうか。ノーベル賞級の仕事は、誰も考えていないことをすることである。それは、最初には誰も振り向かない対象であり視点である。失敗の可能性も大きい問題なのだ。本庶氏の受賞対象になったPD-1という遺伝子は、当初の狙った働きを全く持っていなかったことが分かった。にもかかわらず、「なにか面白そう」と捨てずにグループで受け継ぎ、20年以上をかけて育てたものである。本庶氏のもともとのライフワークである「抗体のクラススイッチ」に関する仕事はまだ終わっていないのである。

「最近の科学では、基礎研究がすぐに金(ビジネス)につながるようになった」とは、総合科学技術・イノベーション会議のある議員の発言である。こんな発言を聞くと、科学研究と科学技術政策のギャップは大きいと思わざるを得ない。

バナー写真:ノーベル賞の授賞式で、医学生理学賞のメダルと賞状を受け取る本庶佑・京都大学特別教授(左)=2018年12月10日、スウェーデン・ストックホルムのコンサートホール(時事)

この記事につけられたキーワード

科学技術政策 科学技術 ノーベル賞

内村 直之UCHIMURA Naoyuki経歴・執筆一覧を見る

科学ジャーナリスト。1952年、東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程満期退学。朝日新聞、科学朝日、メディカル朝日などで科学記者、編集者として勤務した後、2012年からフリーランスに。著書に『われら以外の人類 猿人からネアンデルタール人まで』(朝日選書)、『古都がはぐくむ現代数学: 京大数理解析研につどう人びと』(日本評論社、2013年)などがある。

このシリーズの他の記事