南シナ海もうひとつの火薬庫「東沙諸島」

東沙島周辺で高まる緊張感――上昇する中国軍の圧力と台湾軍の対応

国際

新型コロナウイルス感染症の世界的流行をきっかけに米中対立が激化する一方で、米台間は政治的にも軍事的にも急速に関係を強化するに至った。中国は米国に軍事的圧力をかける危険を冒すことは避けているが、蔡英文政権に対する政治的・軍事的圧力は継続中である。そこで注目されるのは、台湾が設定する防空識別圏(ADIZ)南西空域への中国軍用機の連日の進入である。この動きは中国軍による東沙島奪取の可能性を示唆するものと筆者は考えている。

軍用機や艦艇を利用した中国軍の牽制

東沙島関連で現状において最も目立つ中国側の活動は、台湾ADIZ南西空域への中国軍用機の度重なる進入である。2020年には延べ約380機の中国軍機が同空域に進入した(※2)。中国軍が同空域への進入を活発化させているのは、バシー海峡が中国航空戦力の西太平洋進入の重要空路となり、同空域の掌握強化を図っているためである(※3)

現状で同空域における中国軍機は、基本的に台湾本島と東沙島との中間を通り、台湾ADIZの南端付近で折り返す直線往復飛行を対潜哨戒機1機あるいは2機の単位で繰り返している。ただし、20年11月にはY-8対潜哨戒機、Y-8技術偵察機各1機、Su-30戦闘機、J-16戦闘機、J-10戦闘機各2機が同空域に進入した。さらに、21年1月4日にもY-8対潜哨戒機の他3機種各1機が飛行していることに注目したい。

東シナ海から沖縄島・宮古島間を飛行して西太平洋に出る中国軍用機も、以前は単独で単純な往復に過ぎなかったが、徐々に様々な飛行経路や機種の組み合わせを試すようになっていった(※4)。また、中国軍は悪天候時の飛行や夜間飛行も試みるようになった。台湾南西空域においても中国軍が訓練の難易度を上げていくことは自明の理である。上記2例はその先駆け的なものと捉えるべきで、今後は同空域からバシー海峡を抜けて西太平洋に出る、あるいは南シナ海を南下する、東沙島上空の周回飛行を行うことが考えられる。 

東沙防衛に向けて警戒を強化する台湾

台湾空軍は2020年に中国機の進入に対抗する目的で、戦闘機の緊急発進に9億ドル近くを費やした(※5)。緊急発進は19年の2倍に増加したが、中国軍機の飛行は台湾軍の能力を試すだけでなく、機体を損耗させる狙いもある(※6)

他方、中国側による東沙島方面への圧力強化に対抗するため、台湾政府は海軍陸戦隊1個強化中隊を同島に部隊訓練の名目で進駐させた(※7)。海岸巡防署も巡視艇を1艇増やして同島周辺海域の巡視を強化している(※8)

また、海軍のコルベット「沱江」をベースに建造され、20年12月に就役した海巡署の新型巡視船は、対艦ミサイルも搭載可能である(※9)。この600トン級巡視船の就役式典に海巡署関係者のみならず、蔡英文総統、厳徳発国防部長、劉志斌海軍司令らが顔を揃えたことは、蔡政権が海巡署と海軍の関係強化を意図していることを示している。

(※2) ^ 「中国軍機、台湾防空識別圏へ頻繁に侵入」TAIWAN TODAY, 2021年1月4日。

(※3) ^ 「共機擾台均在台灣西南方 學者:潛艦戰場經營」『中央通訊社』2020年11月1日。

(※4) ^ このような傾向の変化は、防衛省統合幕僚監部発表の報道資料を見ていくことで了解できる。

(※5) ^ 「台湾、保有するF16全機を飛行停止に 訓練中の墜落受け」『CNN日本版』2020年11月19日。

(※6) ^ 「台湾、全F16戦闘機を運用停止 1機の消息不明で」AFP BB News, 2020年11月18日。

(※7) ^ 「台海軍情》共軍證實8月模擬奪島演習 國軍上週再派陸戰隊增援東沙」『自由時報(電子版)』2020年8月4日。東沙島をめぐる軍事情勢等については、防衛研究所ウェブサイトで公開されている門間理良「緊迫化する台湾本島周辺情勢【2】-高まるバシー海峡・東沙島の地政学的重要性-」『NIDSコメンタリー』第124号、2020年6月16日を参照されたい。

(※8) ^ 「因應共軍東沙奪島演習!海巡加強演訓 緊盯偽裝中國漁船」『自由時報(電子版)』2020年8月6日。

(※9) ^ 「安平艦交船 蔡總統:展現捍衛藍色國土決心」『自由時報(電子版)』2020年12月11日。

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