南シナ海もうひとつの火薬庫「東沙諸島」

東沙島周辺で高まる緊張感――上昇する中国軍の圧力と台湾軍の対応

国際

新型コロナウイルス感染症の世界的流行をきっかけに米中対立が激化する一方で、米台間は政治的にも軍事的にも急速に関係を強化するに至った。中国は米国に軍事的圧力をかける危険を冒すことは避けているが、蔡英文政権に対する政治的・軍事的圧力は継続中である。そこで注目されるのは、台湾が設定する防空識別圏(ADIZ)南西空域への中国軍用機の連日の進入である。この動きは中国軍による東沙島奪取の可能性を示唆するものと筆者は考えている。

軍事的価値が高い東沙島

まず確認すべきことは、面積にしてわずか1.74平方キロメートルしかない東沙島が持つ高い軍事的価値である。東沙島は台湾海峡南端とバシー海峡西端との双方の近くに位置している。東沙島を軍事基地化できれば、東アジアにおける最も重要な2海峡を制御下に置くことが可能になり、有事の際に中国軍の取れる作戦の選択肢は大幅に広がる。東沙島は東西約2800メートル、南北865メートルに過ぎないうえに、島内側に大きなラグーン(礁湖)が形成されている。

(共同)
(共同)

ただし、ラグーンの干潮時水深は約1メートルである。南沙諸島7カ所で大規模な埋め立て工事を行った中国からすれば、東沙島の軍事基地化は困難ではない。中国大陸から近く、良質な埋め立て用土砂と機材を迅速かつ大量に運びこむことができるので、3000メートル級の滑走路を有する堅牢な基地を短期間で造り上げることが可能であろう。

東沙島が南シナ海北東海域に位置していることも見逃せない。東沙島を押さえ、中国が実効支配しているスカボロー岩礁も軍事基地化できれば、中国は南シナ海の東西南北海域にダイヤモンド状に軍事基地を配置でき、南シナ海の軍事的コントロールも今まで以上に容易になる。

東沙島奪取が可能な中国軍

東沙島は中国大陸の汕頭(スワトウ)から約260キロメートル、香港から320キロメートルの距離にあるのに対して、高雄からは約410キロメートルの距離があり、台湾側の不利は否めない。中国は大陸から短距離弾道ミサイルで攻撃したり、軍用機を飛ばして直接攻撃をかけたりすることもできる。2020年には中国軍が台湾本島と東沙島の中間付近の海空域に艦艇と軍用機を動員する訓練を実施したが、東沙島を台湾から分断できるという示威効果も狙った訓練だったと言えよう。

地形的な不利も東沙島には存在する。台湾軍は1983年から85年にかけて金門島を参考に東沙島基地の全面的地下化、拠点化の整備を実施したが(※1)、標高は最も高いところでもわずか 7メートルに過ぎない平坦な地形である。山をくりぬいて司令部を構築できた金門とは異なり、その防御効果は極めて限定的であると推定される。

さらに、台湾が東沙島に配備している武器は、40ミリ機関砲、81ミリ迫撃砲、120ミリ迫撃砲、携行式対戦車ロケット程度であり、約250人の守備部隊は海上法執行機関である海洋委員会海巡署の職員であることも不安要素である。このように東沙島は、台湾軍が展開している金門や馬祖より武装や兵力が貧弱で、地理・地形も守備するには不利である。

なお、金門や馬祖と異なり、東沙島には民間人がほとんど居住していないことは、中国軍が攻撃を決断しやすい状況を生み出している。中国軍の東沙島攻撃に際して民間人が巻き込まれて死傷すれば、中国に対する国際的非難は大きくなるが、職業軍人や政府要員の死傷であれば、非難は限定的になる可能性が高いからである。

(※1) ^ 「海軍退役上將、前東沙指揮官季麟連:東沙就是艘不動航母」『中時電子報』2020年5月13日。

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