東沙島周辺で高まる緊張感――上昇する中国軍の圧力と台湾軍の対応
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軍事的価値が高い東沙島
まず確認すべきことは、面積にしてわずか1.74平方キロメートルしかない東沙島が持つ高い軍事的価値である。東沙島は台湾海峡南端とバシー海峡西端との双方の近くに位置している。東沙島を軍事基地化できれば、東アジアにおける最も重要な2海峡を制御下に置くことが可能になり、有事の際に中国軍の取れる作戦の選択肢は大幅に広がる。東沙島は東西約2800メートル、南北865メートルに過ぎないうえに、島内側に大きなラグーン(礁湖)が形成されている。
ただし、ラグーンの干潮時水深は約1メートルである。南沙諸島7カ所で大規模な埋め立て工事を行った中国からすれば、東沙島の軍事基地化は困難ではない。中国大陸から近く、良質な埋め立て用土砂と機材を迅速かつ大量に運びこむことができるので、3000メートル級の滑走路を有する堅牢な基地を短期間で造り上げることが可能であろう。
東沙島が南シナ海北東海域に位置していることも見逃せない。東沙島を押さえ、中国が実効支配しているスカボロー岩礁も軍事基地化できれば、中国は南シナ海の東西南北海域にダイヤモンド状に軍事基地を配置でき、南シナ海の軍事的コントロールも今まで以上に容易になる。
東沙島奪取が可能な中国軍
東沙島は中国大陸の汕頭(スワトウ)から約260キロメートル、香港から320キロメートルの距離にあるのに対して、高雄からは約410キロメートルの距離があり、台湾側の不利は否めない。中国は大陸から短距離弾道ミサイルで攻撃したり、軍用機を飛ばして直接攻撃をかけたりすることもできる。2020年には中国軍が台湾本島と東沙島の中間付近の海空域に艦艇と軍用機を動員する訓練を実施したが、東沙島を台湾から分断できるという示威効果も狙った訓練だったと言えよう。
地形的な不利も東沙島には存在する。台湾軍は1983年から85年にかけて金門島を参考に東沙島基地の全面的地下化、拠点化の整備を実施したが(※1)、標高は最も高いところでもわずか 7メートルに過ぎない平坦な地形である。山をくりぬいて司令部を構築できた金門とは異なり、その防御効果は極めて限定的であると推定される。
さらに、台湾が東沙島に配備している武器は、40ミリ機関砲、81ミリ迫撃砲、120ミリ迫撃砲、携行式対戦車ロケット程度であり、約250人の守備部隊は海上法執行機関である海洋委員会海巡署の職員であることも不安要素である。このように東沙島は、台湾軍が展開している金門や馬祖より武装や兵力が貧弱で、地理・地形も守備するには不利である。
なお、金門や馬祖と異なり、東沙島には民間人がほとんど居住していないことは、中国軍が攻撃を決断しやすい状況を生み出している。中国軍の東沙島攻撃に際して民間人が巻き込まれて死傷すれば、中国に対する国際的非難は大きくなるが、職業軍人や政府要員の死傷であれば、非難は限定的になる可能性が高いからである。
(※1) ^ 「海軍退役上將、前東沙指揮官季麟連:東沙就是艘不動航母」『中時電子報』2020年5月13日。
軍用機や艦艇を利用した中国軍の牽制
東沙島関連で現状において最も目立つ中国側の活動は、台湾ADIZ南西空域への中国軍用機の度重なる進入である。2020年には延べ約380機の中国軍機が同空域に進入した(※2)。中国軍が同空域への進入を活発化させているのは、バシー海峡が中国航空戦力の西太平洋進入の重要空路となり、同空域の掌握強化を図っているためである(※3)。
現状で同空域における中国軍機は、基本的に台湾本島と東沙島との中間を通り、台湾ADIZの南端付近で折り返す直線往復飛行を対潜哨戒機1機あるいは2機の単位で繰り返している。ただし、20年11月にはY-8対潜哨戒機、Y-8技術偵察機各1機、Su-30戦闘機、J-16戦闘機、J-10戦闘機各2機が同空域に進入した。さらに、21年1月4日にもY-8対潜哨戒機の他3機種各1機が飛行していることに注目したい。
東シナ海から沖縄島・宮古島間を飛行して西太平洋に出る中国軍用機も、以前は単独で単純な往復に過ぎなかったが、徐々に様々な飛行経路や機種の組み合わせを試すようになっていった(※4)。また、中国軍は悪天候時の飛行や夜間飛行も試みるようになった。台湾南西空域においても中国軍が訓練の難易度を上げていくことは自明の理である。上記2例はその先駆け的なものと捉えるべきで、今後は同空域からバシー海峡を抜けて西太平洋に出る、あるいは南シナ海を南下する、東沙島上空の周回飛行を行うことが考えられる。
東沙防衛に向けて警戒を強化する台湾
台湾空軍は2020年に中国機の進入に対抗する目的で、戦闘機の緊急発進に9億ドル近くを費やした(※5)。緊急発進は19年の2倍に増加したが、中国軍機の飛行は台湾軍の能力を試すだけでなく、機体を損耗させる狙いもある(※6)。
他方、中国側による東沙島方面への圧力強化に対抗するため、台湾政府は海軍陸戦隊1個強化中隊を同島に部隊訓練の名目で進駐させた(※7)。海岸巡防署も巡視艇を1艇増やして同島周辺海域の巡視を強化している(※8)。
また、海軍のコルベット「沱江」をベースに建造され、20年12月に就役した海巡署の新型巡視船は、対艦ミサイルも搭載可能である(※9)。この600トン級巡視船の就役式典に海巡署関係者のみならず、蔡英文総統、厳徳発国防部長、劉志斌海軍司令らが顔を揃えたことは、蔡政権が海巡署と海軍の関係強化を意図していることを示している。
(※2) ^ 「中国軍機、台湾防空識別圏へ頻繁に侵入」TAIWAN TODAY, 2021年1月4日。
(※3) ^ 「共機擾台均在台灣西南方 學者:潛艦戰場經營」『中央通訊社』2020年11月1日。
(※4) ^ このような傾向の変化は、防衛省統合幕僚監部発表の報道資料を見ていくことで了解できる。
(※5) ^ 「台湾、保有するF16全機を飛行停止に 訓練中の墜落受け」『CNN日本版』2020年11月19日。
(※6) ^ 「台湾、全F16戦闘機を運用停止 1機の消息不明で」AFP BB News, 2020年11月18日。
(※7) ^ 「台海軍情》共軍證實8月模擬奪島演習 國軍上週再派陸戰隊增援東沙」『自由時報(電子版)』2020年8月4日。東沙島をめぐる軍事情勢等については、防衛研究所ウェブサイトで公開されている門間理良「緊迫化する台湾本島周辺情勢【2】-高まるバシー海峡・東沙島の地政学的重要性-」『NIDSコメンタリー』第124号、2020年6月16日を参照されたい。
(※8) ^ 「因應共軍東沙奪島演習!海巡加強演訓 緊盯偽裝中國漁船」『自由時報(電子版)』2020年8月6日。
(※9) ^ 「安平艦交船 蔡總統:展現捍衛藍色國土決心」『自由時報(電子版)』2020年12月11日。
大きな米国による台湾支援
台湾側の東沙島死守の自助努力の他に、米国による継続的な台湾支援は極めて重要である。2020年11月に米海兵隊が台湾で海軍陸戦隊と訓練活動を行ったことが公式に明らかにされた。これは台湾軍の戦闘即応性強化を支援する目的の訓練と報じられたが、東沙島など離島防衛・奪還訓練の一環と考えるべきであろう。
台湾における米軍の活動が公になったのは、米台断交以来のことである。さらに、米海軍艦は20年に13回台湾海峡を通過した(※10)。これは過去最高だった16年の12回を超えた(※11)。このような動きは台湾周辺海域における米海軍や海兵隊のプレゼンスを示して、中国側の武力行使の可能性を牽制するのに役立ったと思われる。
また、トランプ政権は台湾に対して合計11回の武器売却を行った。20年度に最も多くの米国製武器を購入したのは台湾で、金額は約118億ドルにのぼった(※12)。これは台湾への武器売却に消極的だったオバマ政権の時と大きく異なっている。なお、東沙島絡みで注目すべき武器は、高機動ロケット砲システム(HIMARS)であろう(※13)。HIMARSはC-130H輸送機で空輸でき、最大射程は300キロメートルに及ぶ。台湾軍がこれを東沙島や金門や馬祖に実戦配備したら、中国大陸への攻撃可能範囲は一挙に拡大する。
日本の安全保障に大きな影響
中国軍からすれば、東沙島への攻撃占領は台湾本島への軍事侵攻よりも圧倒的に難易度が低いが、時間をかけることはできない。作戦を完遂する前に米軍の介入を許せば、失敗に帰す可能性が高いからである。逆に、米軍が台湾支援の軍事行動を起こす前に東沙島への攻撃占領が終結していれば、米軍が介入するのは難しくなる。その後はなし崩し的に軍事基地化を進めて、占領を既成事実化するだけだ。南沙諸島の軍事基地化は習近平政権にとって成功体験であり、東沙島の軍事基地化を台湾統一の階梯(かいてい)と捉えるならば、作戦実行の誘惑は大きいかもしれない。
さらに2021年は習近平政権が節目と捉える「2つの100年」のうち、中国共産党結党100周年の記念すべき年であり、習近平が総書記3期目、あるいは党主席に就任すると見られている第20回党大会の前年にも当たっていることは、台湾にとって懸念材料である。
蔡英文政権は中国に付け入る隙を与えないためにも、バイデン政権との良好な関係構築を急ぐ必要に迫られている。他方、台湾海峡とバシー海峡は日本にとっても極めて重要なシーレーンであり、東沙島の帰趨(きすう)によっては日本の安全保障に大きな影響を与えることを忘れてはならない。
バナー写真=台湾が実効支配する南シナ海・東沙諸島の東沙島(共同)