【書評】中国の軍拡は「政治体制が抱える慢性疾患」:阿南友亮著『中国はなぜ軍拡を続けるのか』

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米中の対立が激化している。その背後には中国を脅威とみなす米国の現状認識がある。その根本原因の一つは中国のあくなき軍拡だ。中国に攻め込む意図を持つような国が見当たらないなか、なぜ彼らはそこまで力を欲するのか。

阿南 友亮 ANAMI Yūsuke

1972年東京都生まれ。東北大学大学院教授。著書に『中国革命と軍隊―近代広東における党・軍・社会の関係』など。本書は2018年サントリー学芸賞を受賞。

政府の軍隊ではなく「党の軍隊」

日本の自衛隊は、誰が見ても軍事力だが、厳密には、日本という国家の軍隊とは言い切れない。憲法で戦力の保持が禁じられているからだ。中国の人民解放軍も、厳密には、中国という国家の軍隊ではなく、中国共産党の軍隊である。

政府の軍隊か党の軍隊か。表象的な違いはないので、スルーされることがほとんどだが、その違いに対して、中国の軍事力の拡大という文脈から徹底して掘り下げた一冊が「中国はなぜ軍拡を続けるのか」(新潮社)である。

著者である阿南友亮氏は中国軍事史の専門家であり、「日米と貿易で互恵関係を深めつつも軍事的には対峙するという中国共産党政権の姿勢」が、いったいどうして生じているのか、というクリアな問題意識が出発点になっている。

経済的な相互依存と軍事的な対立が同時並行的に深まっていくという奇妙な状態は、人民解放軍が「共産党の軍隊」であるがゆえに生じていると著者は指摘し、解決どころか、悪化の一途をたどっていることに警鐘を鳴らす。

「裏切られた」という日米の思い

西側陣営の米国や日本は、冷戦期の1970年代、ソ連と対立していた中国を東側陣営から引き剥がすため、あえて国交を樹立した。多額の政府援助を供与し、改革開放のテイクオフに大きな貢献を果たした。日米には「これだけサポートしているのだから将来はきっと共に国際社会で肩を並べてくれるはずだ」という期待感は当然、あった。日本では官民あげての「日中友好」というキャンペーンが展開され、米国でも日本ほど楽観的ではないが、「コミットメント(関与)」という言葉に言い換えられ、対中融和が主流となった。

ところが中国の独り立ちが見えてくるに従い、日米同盟や世界の既存の秩序にチャレンジするかのような行為が目立つようになった。尖閣諸島や南シナ海を思い浮かべればいいだろう。日米からすれば「裏切られた」という気持ちになる。毎年10%前後の軍拡はひたすら続き、20年前は日本の半分だった中国の国防費は今や5倍である。

現在のトランプ米政権下での米中貿易摩擦も、突き詰めれば、この「裏切られた」という対中失望感が根底にあると思える。日本における反中感情の形成も同様だろう。日本の世論調査で7-8割の民衆が「中国に好感を持っている」と回答していたのが90年代まで。最近は8-9割の民衆が「中国に好感を持っていない」と考えるようになった。

周辺国に十分な威嚇

では、人民解放軍の実力はどの程度のところまで来ているのだろうか。それを正確に測るのはなかなか難しい。中国が明らかにする公式情報で、特に経済と軍事には常に疑問の目が向けられてきた。経済については、複数の指標のクロスチェックを専門家が読み解くことで大まかな実態に近づく手法があるが、軍事については中国政府からの単一的な資料に頼るしかなく、難度はさらに上がってしまう。

しかし、筆者は、中国革命から文革、改革開放、天安門事件に至る歴史的展開と権力闘争への考察を絡めながら、資料を丹念に調べ上げることによって、共産党による「政治主導」の中国軍拡の実像に近づこうと試みる。父親が中国大使を務めた外交官であり、成人前から豊富な中国生活経験を有する筆者の皮膚感覚が、さらに分析に説得力を持たせている。

本書が描き出す中国軍拡の実態は空恐ろしい。例えば、現代戦で最重要と位置付けられる航空戦力について、中国は米国との航空戦力の格差のキャッチアップの必要性を深く認識し、現在主流となっている第四世代戦闘機の導入に励んできた。ソ連からSu-27(スホイ27)やそのライセンス生産版のJ-11(殲撃11)、さらにSu-30(スホイ30)などの導入を進めることで、いま保有する第四世代の戦闘機はおよそ800機に達した。日本や台湾の数倍の規模となり、「周辺諸国を威嚇するのは十分な数」の航空戦力を手に入れているという。

フィクションとしての「敵」

それでも中国がなお軍拡に励む理由はどこにあるのか。止まらぬ軍拡志向を、著者は「中国の政治体制が抱える慢性疾患」に起因すると述べる。

つまり、一党独裁を維持するために「内部の敵」の存在を強調して国内の異議申し立てを抑え込むことと、米国をイメージさせる「外部の敵」を常に国民に意識させることで、軍事力の必要性を自ら創り出しているのだ。「内外の敵」がかなりの部分でフィクションであっても、現実に軍拡という現象が起きている以上、その実力は周囲に脅威を与え、緊張感を創り出し、相手国も軍拡に走らせるという悪循環が起きているのである。

ただ、人民解放軍の実力は周辺国への威嚇になるとはいえ、世界最強の米軍と互角に対峙できるかといえば、そうとも言えない。著者によれば「解放軍の海軍・空軍の戦力は、この三十年弱の軍拡によってようやく1990年代のソ連軍の水準に達するところまで来つつあると評価しうる。完全に到達したわけでも、超越したわけでもない」といったところだ。

それでも中国が懸命に空と海を中心に戦力強化を目指して巨資を費やしているのは「自分たちが(対米などにおいて)不利な状況を誤魔化そうとする擬態」「米中の軍事格差は縮まっているというイメージを広めなければならない」という「意図」があると著者は言う。

中国は、台湾防衛や南シナ海の紛争など想定されうる米中衝突において、米国を躊躇させるだけの反撃力を確保し、「介入のコスト」を高めていくことで主導権を握りたい。米中の軍事的格差が縮まるほど、米国が払うと予想されるコストは高まるからだ。

求められる対中関係のオーバーホール

本書の大きな魅力は、中国の軍拡というテーマを借りながら、1970年代以降の日本を含めた西側の対中外交に明確な異議申し立てを行っているところにある。

前述のように、西側は中国の改革開放を支援することによって中国共産党に軍拡に必要な経済力を手に入れさせた。中国との経済関係は深まり、中国で稼ぐ企業も増え、ウインウインの関係に近づきつつある部分も確かに生じている。しかし、中国の経済成長が共産党の一党独裁の正当化に用いられ、「中国は早晩民主化するという前提を突き崩している」(著者)というジレンマにどう向き合うかという問題は、極めて重要なのである。

日中友好の40年間の努力がありながら、中国の民主化は停滞し、「信頼醸成」は極めて低いレベルにある。「共産党の自己変革能力というものは決して高くなく、矛盾山積の共産党が支配する中国との安定した共存関係の構築は、暴風雨のなかで綱渡りするほど難しい」という著者の総括は、我々に日中関係の再考を強く迫るものだ。

本書を通じて、我々は、中国の軍拡の背後には中国共産党の独裁という中国特有の政治体制に深く絡んだ矛盾が内包されていることに気づかされる。習近平は、かつて世界が期待したような民主的で開かれた中国ではなく、党と個人の独裁色が強い毛沢東時代の中国へ先祖返りしていくように見える。仮に今年、習近平の訪日というイベントが実現して一時的に日中関係のムードが改善したとしても、対中外交全般がオーバーホールの時期を迎えているという著者の指摘の重さが減じていないことは明らかである。

中国はなぜ軍拡を続けるのか

阿南 友亮著
発行:新潮社
四六版:352ページ
初版発行日:2017年8月25日
ISBN:978-4-10-603815-0

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