ガザ戦争が引き起こすローカル非国家勢力の反米行動: 親イラン「抵抗の枢軸」諸勢力の立場はさまざま
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2023年10月7日、パレスチナのガザ地区を拠点とするイスラーム主義組織ハマースがイスラエル領内に侵入して住民を殺傷、拉致したことに端を発して、半年にわたるイスラエルの対ガザ報復攻撃が続いている。このガザ戦争により、24年2月7日時点でガザ住民の2万7708人が死亡し、同地の家屋7万軒以上が全壊した。国際連合人道問題調整事務所(OCHA)によれば、今年1月半ばの段階で人口の9割近くの226万7000人が国内避難民となり、うち170万人以上が最南部のハーン・ユーニスとラファーに集中している。避難民の多くが飢餓、栄養不良状態に陥り、ガザ住民の間では「攻撃で早い死を迎えるか、飢餓で長い死を待つかしかない」との絶望が広がっている。当初3カ月程度と予測されながら戦闘は日々激しさを増し、カタールなどの仲介努力はみられるものの、終戦の展望はない。
新たな反米・反イスラエル行動の波
今次のガザ戦争の深刻さは、上記の人道問題ももちろんだが、以下の2点において中東の紛争構造に多大な転機が生まれていることにある。第一は、これまでの中東和平スキームが完全に終焉し、イスラエルによる建国時の領土確保・パレスチナ人との共存可能性の否定という方向に、イスラエルの世論や政策が大きく傾斜していることである。中東和平スキーム、すなわち二民族二国家スキームの終焉については、各方面で論じられているため、ここでは割愛したい。
第二の転機は、それまで域内の米軍勢力や周辺地域の域内大国をターゲットに紛争を繰り返してきたイランとその同盟勢力が、「パレスチナに連帯してイスラエルとその背景にある米軍を攻撃する」という大義名分をもって、個々の紛争を再燃させていることである。
従来、パレスチナ問題は、周辺のアラブ諸国が大きく関与し、パレスチナに連帯・連動する形で、あるいは「反イスラエル・パレスチナ支援」を大義として自政権の統治正当性を謳ってきた。そこでは「アラブの連帯」がひとつの地域ネットワークとして機能し、特にエジプトやシリア、ヨルダンが紛争における仲介役割を担ってきた。
しかし「アラブの連帯」は、早くは1979年のイスラエル・エジプト間単独和平の成立以降、さらには91年の湾岸戦争時には決定的に風化し、形骸化したスローガン以上のものではなくなっている。近年ではバハレーン、アラブ首長国連邦(UAE)などのように(アブラハム合意)、イスラエルとの間の和平条約を結ぶ国は増え、今次戦争直前にはサウディアラビアとの間でも時間の問題、とささやかれていた。そのように、パレスチナ・イスラエル対立を巡る問題は、一定の民衆レベルでの同情、共感を除けば、アラブ域内政治のなかでは後景に下がっていたといえよう。
それに対して、今次の戦争で明確になったのが、イランの支援を得たシーア派系諸組織の非国家軍事主体の反イスラエル・反米行動の連鎖性である。具体的には、レバノンのヒズブッラー、イエメンのフーシ派、イラクの旧人民動員機構(PMU。IS掃討作戦のために徴募された民兵勢力)で、一見すると、共通項としてなんらかの形でイランからの支持・支援を受けていること、組織中核がシーア派によって担われていることが見て取れる。だが、詳細を見れば、イランはハマースに対しても一定の支持、支援を与えており、その意味では必ずしもシーア派限定ではない。むしろハマースとヒズブッラーはイスラーム主義を掲げて対イスラエル抵抗運動を担ってきた二大非国家主体であり、イランはイスラーム革命政権としてイスラエル(シオニズム)に対する反対を国是ともしてきたことから、彼らのつながりはまさしく「抵抗の枢軸」、反イスラエル抵抗戦線のネットワークということができよう。
イランに近い組織ほど行動は抑制
だが、メディアがしばしば前提とするように、イランがこうしたイスラーム主義反イスラエル非国家主体を統括し、ガザ戦争を契機にイラン対米、イスラエルの代理戦争の駒にしている、という見方は決して正しくない。
イランとの関係は、ネットワーク内の諸勢力それぞれに大きく異なっている。それが歴史的にも長く、思想的にも最も近い組織は、レバノンのヒズブッラーであろう。ヒズブッラーの設立は1982年、イスラエルによるレバノン侵攻を契機としてのことであったが、1979年のイラン革命を受けて、ホメイニー思想およびイスラーム革命との発想に感化された政治勢力が各地で設立、拡大した年だった。イランにおいてもそれらを統括するような傘上組織を設置するなど、革命政権初期の「革命の輸出」を支えるネットワークづくりがなされていた。ヒズブッラーがその流れのなかにあったことは確かである。
ここで注視できるのは、ヒズブッラーはイランと最も近い存在であるからこそ、極力戦線を拡大しないよう強く抑制が効いている、ということである。ガザ戦争勃発の翌日にはレバノン南部からイスラエル北部にミサイルが撃ち込まれ、その後10月半ばには散発的にイスラエル軍との間にミサイル攻撃が行われているが、11月以降ことし1月末までの間、驚くほど戦闘の音は聞こえていない。
ヒズブッラーによる抑制は、イラクにおける親イラン組織にも共有されている。特に現在イラク政権の中核を担う政党「バドル組織」は、フセイン政権時代、イラン亡命中の反フセイン・シーア派イスラーム主義勢力を一堂に会して成立した傘組織「イラク・イスラーム革命最高評議会」(1982年成立)の軍事部門として出発したもので、その幹部のほとんどがイラン亡命経験を持つ。現在イラクで反イスラエル・反米行動を展開する「イラク・イスラーム抵抗運動」は、主としてこのバドル組織と密接な関係を持つ組織の連合体であり、特に「イラク・ヒズブッラー部隊」は、バドル組織とともにイラン・イスラーム革命防衛隊の指導や協力を受けてきた。
「イラク・イスラーム抵抗運動」は、ガザ戦争開始から1カ月弱を経たころからイスラエルに対する攻撃行動を積極化し、エイラート港やアシュドット港、ハイファなどイスラエルの海岸沿いの諸地域にドローン攻撃を仕掛けるのみならず、イラク(アイン・アサド基地、クルディスタン主要施設)やシリア国内の米軍組織を頻繁に攻撃、12月後半から現在に至るまで攻撃を激化させている。とりわけ2月2日にヨルダン領内の米軍施設を攻撃して米軍に3人の犠牲者を出したことは、米軍による激しい反撃を招くこととなった。
イラクでは反米・反イスラエル行動は燃えさかっているようにみえるが、実はさらに細部を見ていくと「イラク・イスラーム抵抗運動」の構成組織の間でも温度差がある。連合体を取り仕切る立場にある「イラク・ヒズブッラー部隊」は、イランに最も近いことから、基本的には戦闘を激化させず対米報復攻撃は控える立場をとっている。同様に、イラクの政権内にいて、イランと最も関係の深いバドル組織は、議会などを通じた合法的手段の活動を模索している。その反面、連合体内でもイランと距離を置くサドル派に出自元を持つAAH(アサイブ・アフル・ハック)などは、イラク国内の米軍駐留に対して武力排除もあるとの姿勢をとる。
「親イラン勢力」とひとくくりにされながらもイランの統制が効かない勢力の典型例として、イエメンのフーシ派がある。2015年にイエメンの実権を握り、前政権派との間で激しい内戦を9年にわたり続けているが、20年ごろから両者は断続的に停戦するようになった。バイデン米政権は、この史上最悪の人道的危機をもたらす内戦に終止符を打つことを公約のひとつにしており、22年以降に和解交渉が進んできた。フーシ派はイスラーム教シーア派の一種であるザイド派の武装組織で、イラン革命防衛隊の協力を得ているといわれるものの、シーア派本流のレバノン、イラク、イランの間にあるような人脈、学閥的つながりはない。
こうした勢力は、パレスチナへの支援というよりも、自国内外での自派勢力のプレゼンスをアピールすること、自国内での米軍の圧力を排除することなどといった、ローカルなインタレストに基づいて行動することを重要視する。その意味では、ガザ戦争が「抵抗の枢軸」勢力拡大を招いたというよりは、ガザ戦争を契機に、敵対する勢力との力関係を有利に導くための軍事行動をとる諸勢力が各地で出現しているという見方の方が実態に近い。
挑発はむしろイスラエルから?
その一方で、イランはといえば、そうしたローカルな同盟勢力の行動に引きずられてイスラエルおよび米国から直接攻撃を受けることは絶対回避したい、との姿勢がはっきりしている。シリアやイラクでの活動拠点が攻撃されるたび、イラン政府高官が「黙っていない」と報復の意志を示している一方で、2月1日には革命防衛隊幹部のシリア派遣縮小を決定している。むしろ、ヒズブッラーや革命防衛隊のシリア拠点を攻撃し、挑発しているのはイスラエルだ。ガザでの戦闘に落としどころが見えない中、その非人道性に批判が高まっていることの矛先をイランと「抵抗の枢軸」に向けようとしているものと思われる。
現在は、域内の諸国家主体のいずれもが、いかにして事態をエスカレートさせないか、自国の国益に差しさわりが出ないように行動するかに専念する一方で、非国家主体がイスラエルに対する反感の高まりを利用して自勢力の地歩拡大のための不規則行動を頻発させる機会が増えている。過去の戦争を見ても、国家主体の自制の一方で、ローカルな緊張状態から予想もつかない戦端が開かれるケースは少なくない。そのリスクの高まりを抑えるためには、非国家主体にこうした契機を提供しているガザ戦争を、一刻も早く終結させるしか手はない。
バナー写真:レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラの戦闘員=2023年11月4日、レバノン・ベイルート(AFP=時事)