足並み乱れる各国、鍵は長期的なアプローチに―欧州から見たガザ紛争
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ロシア・ウクライナ戦争は、ウクライナに甚大な被害を与えるとともに、これまでにない結束を欧州にもたらすことにもなった。ロシアの軍事的脅威を前にして、欧州27カ国が集まる欧州連合(EU)や英国、ノルウェーなど各国の団結と連帯意識は、侵攻開始から2年近くを経ても、大枠では揺らいでいない。ハンガリーがウクライナ批判を繰り返すなど多少の脱線や確執があるとはいえ、欧州が一致して危機に立ち向かう態勢は、曲がりなりにも維持されている。
それだけに、昨年突如勃発したイスラエルとイスラム主義勢力ハマスとの軍事衝突では、欧州各国の足並みの乱れが、逆に目立つ。どちらの立場を支持するか、それほどの危機感を抱くか。各国の世論は分裂し、それぞれの政府の対応も定まらない。
欧州は今後、この紛争からどのような影響を受けるのか、欧州にとって打つ手はあるのか。インタビューと論考をもとに考えた。
被害者が加害者に
2023年10月7日、ハマスがイスラエル領内に奇襲攻撃をかけ、多数の民間人を殺害するとともに、人質を取った。EU首相にあたる欧州委員長ウルズラ・フォンデアライエンがエルサレムを訪問し、イスラエルの立場に寄り添う姿勢を見せたのは、その6日後である。
後に大いに批判されることになった彼女の行動だが、この時点ではそれなりの根拠に基づいていた。イスラエルは明らかに被害者であり、従って欧州の共感と支持を受けるべき正当性を保っていたからである。
軍事力や経済力といったパワーを源泉として繰り広げられる米中ロや中東諸国の外交とは異なり、欧州は規則や人権を外交の一つの基準として位置づけている。建前であると同時に、そのようなルールを確立させることで自らの活動の枠を拡大し、ひいては自分たちに利益を呼び込むのが、欧州の長年の戦略でもあった。フォンデアライエンの訪問の背後には、このような思惑があった。
しかし、その後イスラエルは過剰に反撃し、パレスチナ側に多数の犠牲者が出るに至ったことで、イスラエルは一転して加害者の立場に入れ替わった。イスラエル軍の攻撃の下ですみかを追われ、逃げ惑い、命を奪われたパレスチナ側こそが、人道的な弱者となったのである。その構図は24年に入っても変わることなく、ガザは人道危機の様相を強めている。
ウクライナの場合と同様に、近年急速に普及したスマホとSNSを通じて、現地の生々しい映像が世界に広がり、人々の関心と同情をかき立てた。フォンデアライエン訪問の意味するところも正反対となり、イスラエル非難のデモが欧州各国で吹き荒れた。各国首脳の発言にもブレが目立ち、欧州の分裂ぶりは顕著になった。
最大の課題はやはりウクライナ
もっとも、切迫感の面から見ると、欧州にとってウクライナとガザの違いは歴然としている。ロシア・ウクライナ戦争はこれまでのところ、その軍事的規模においても影響の度合いにおいても21世紀最大の出来事であり、国際秩序を左右する岐路ともなり得る。欧州にとっては、自らの安全保障に直接関係し、民主主義や「法の支配」など長年築いてきた価値観を脅かされかねない案件である。
イスラエル・ハマス戦争は、そうではない。衝撃的であり、憂慮すべき出来事ではあるが、基本的にはこれまで何度も繰り返されてきた地域紛争であり、自身への影響も間接的なものにとどまる。懸念されるのは中東全体への拡散で、実際にも紅海での船舶航行に大きな影響が出ている一方で、紛争の背後に陣取る主要アクターの米国とイランにはいずれも、エスカレーションを避けたい意識が働いているとみられる(ただ、紛争が偶発的に拡大する恐れは残る)。
だからこそ、ウクライナに関しては一致する欧州各国の立場も、ここでは違いが表面化しやすい。
「ウクライナの場合、ロシアからの魔手をはねのける点で、欧州各国は揺らぎはありませんでした。いかにして、ロシアがウクライナで戦争を継続できないようにするかが、欧州の戦略の中核にある。その基本は、ハンガリー首相オルバンのようにロシアへの親しみを示す人物でも変わりません。でも、ガザの場合は違う。国によって立場も異なれば、重要性の受け止め方もそれぞれです。旧東欧諸国はロシアの脅威をより重要視するのに対し、欧州も南に行くほどパレスチナ問題に敏感になります」
ブリュッセルのEU専門サイト「ユーロアクティブ」の安全保障専門記者オレリー・ピュネ(27)はこう説明する(※1)。欧州では、キプロスのようにガザの対岸に位置する国から、北欧諸国などはるか彼方の国まで、地理的関係一つを取っても一様ではない。イスラエルと歴史上特殊な関係を維持するドイツ、欧州最大のイスラム人口を抱えるフランスなど、国々の特性も無視できない。
懸念は難民とテロ
ガザの紛争が直接及ぼしかねない影響として多くの欧州の国が懸念するのは、一つは難民であり、もう一つはテロであろう。
前者については、シリアなどからの多数の難民が徒歩で大陸を北上した2015年の「欧州難民危機」が、人々の記憶にまだ残る。移民の受け入れを巡ってEU加盟国同士の対立が深まっただけでなく、中期的には各国での右翼ポピュリズムの台頭を招き、内政の混乱に結びついた。その再現に対する懸念は強く、ギリシャの移民相ディミトリス・カイリディスは、「警戒心を高め、入国管理を厳格にしなければならない」と警告した(※2)。
ガザからは、エジプト、トルコを経てギリシャのレスボス島などに渡る密航ルートが、今回の戦争が始まる以前から開拓されていた。22年にはすでに、ギリシャへのパレスチナ人難民が増え始め、23年に入るとギリシャ島しょ部の難民の最多に当たる20%余りをパレスチナ人が占めるようになっていた(※3)。その数は今後急増する可能性が捨て切れない。EUは24年に欧州議会選を控えており、対応次第では移民難民問題が大きくクローズアップされる可能性も残る。
後者については、23年12月にパリのエッフェル塔近くでイスラム過激派とみられる男がドイツ人旅行者を刺殺するなど、ガザ情勢を口実としたテロや未遂事件がうかがえるが、いずれも個人的な動機のものにとどまっている。15年から16年にかけて「シャルリー・エブド襲撃事件」「パリ同時多発テロ」といった組織的なテロが相次いだ際には、テロが欧州全体への危機として認識された。そのような状況に至りそうな気配は、24年2月現在うかがえない。大規模テロを準備するには、武器の入手やテロリストの訓練などのための強固な組織と、アルカイダや「イスラム国」などの支援母体が不可欠だが、この種のネットワークは前回の一連のテロを機にいったん壊滅状態に追い込まれたと考えられる。
ただ、それからすでに数年あまりが経ち、イスラム過激派によるネットワークの再構築が水面下でどこまで進んだのか、不明な点も少なくない。過激派の動向に詳しいフランス国際関係研究所(ifri)研究部長のマルク・エケル(42)によると、欧州のイスラム過激派を支えるジハード主義と、ハマスに代表されるイスラム・ナショナリズムとは、イデオロギー的にむしろ対立関係にあり、両者がすぐさま連動するとは考えにくい。「むしろ、過激派がライバル心を刺激されて活発化する可能性は考えられる。過剰反応も過小評価もすることなく、しっかり警戒する必要はある」と話す(※4)。
将来への目標と手順を定めよ
欧州と中東との関係は、欧州が中東から影響を受けるばかりの一方通行ではない。地理的に隣接し、古代から交流が盛んだった両地域は、互いに影響を及ぼし合う一つの政治世界、経済圏を形成してきた歴史を持つ。ガザの混乱は欧州にとって、直接の影響が限定的だとはいえ、対岸の火事として眺めるわけにもいかない。長引けば、エネルギー確保に影響する恐れも生じる。火の粉が降りかからぬよう縮こまるばかりでなく、積極的に関与を深め、問題解決に導こうとする姿勢が欠かせない。
一方で、この地域への欧州の影響力は、近年大幅に減少している。これについて、地中海政治の専門家エミリアーノ・アレッサンドリと欧州議会議員ドメネク・ルイスが米中東研究所(MEI)に寄せた共同論考は「欧州が力を失った主な原因は、イスラエルやパレスチナ、その他の国との関係をパワーゲームが支配するようになったことにある。欧州の伝統的な主張である包括的、包含的でバランスのとれたアプローチが、(現地にとって)魅力と映らなくなったのだ」と指摘する(※5)。以前は経済的に相互に依存もしていたイスラエルとパレスチナの関係が、力を背景とした抑圧や対立に覆われるようになったのである。
しかし、中長期的に見ると、欧州がこの地域で存在感を発揮し、和平や安定に寄与する余地は十分あると、同論考は主張する。1990年代に「誠実な仲介者」としての立場を保っていた米国は、もはやそのような役割を担い得ず、2024年の米大統領選を控えてさらに動きにくくなっている。こうして破壊され、ますます双方が先鋭化するイスラエルとパレスチナとの関係を再興し、外交的対話に導く営みは、欧州に期待されるからである。
これを実現させるには、民間交流の活性化や双方の若手の人材育成など、将来に向けた基盤固めの作業が欠かせない。欧州にとって恐らく今求められるのは、将来への目標を明確に定め、長期にわたるその手順を整理することだろう。この際、各国の多少の意見の違いや足並みの乱れを、過度に悲観する必要はない。
政府レベルの動きに頼らず、学界やシンクタンク、NGOといった組織や個人の取り組みを強化する努力も必要だろう。彼らの動きをEUと加盟国政府が支え、交渉や対話の糸口をつかむことができれば、この地域と欧州との新たな関係構築への道が見えてくるかもしれない。(文中敬称略)
バナー写真:イスラエルのガザ侵攻に抗議し、フランス・パリから欧州連合(EU)本部のブリュッセルに向けて行進するデモ隊=2024年1月20日、パリ(©Cristian Leyva/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
(※1) ^ 2023年11月17日ブリュッセルでのインタビューによる
(※2) ^ Karolina Tagaris “EU faces risk of new influx of migrants amid Gaza conflict - Greek minister”, reuters.com/, 2023.10.24.
(※3) ^ Marina Rafenberg, “Avant la guerre, une filière d’émigration des Gazaouis vers l’Europe en plein essor”, lemonde.fr, 2023.11.29.
(※4) ^ 2023年11月16日パリでのインタビューによる
(※5) ^ Emiliano Alessandri, Domènec Ruiz Devesa, The EU and the Israel-Hamas war: A narrow but important niche, Middle East Institute, mei.edu, 2023.11.14.