日本とASEAN関係50周年

内向く「地域大国」:経済成長第一のインドネシアの外交戦略

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東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の中でも、事実上の盟主と目される大国インドネシア。しかし、2023年の議長国として期待を受けながら、地域が抱える政治的な「難題の解決」に地域大国としてリーダーシップを示す姿勢はみられなかった。

議長国インドネシアへの高い期待

2023年はインドネシアがASEAN(東南アジア諸国連合)議長国としてその存在感を発揮し、国際的にその信用を低下させつつあるASEANへの期待を回復させる絶好の機会であった。前年の22年にインドネシアはG20議長国として、ウクライナ戦争をめぐる意見対立や米中対立などからG20の枠組みが機能不全になることが危惧される中、米中両首脳の出席そして共同声明の発表を実現する外交手腕を発揮した。こうした成果からインドネシアは地域大国として一定の評価を得たことで、ASEANが抱える難題の解決に地域内外からの期待を受けていた。

具体的には、クーデター後のミャンマー問題や、南シナ海における「行動規範(COC)」の締結についてである。こうした加盟国間を分断するような政治課題について、ASEANを分断することなく解決の糸口を見出せるとすれば、過去の歴史に照らしても、それは事実上の盟主たるインドネシアが議長国を務める23年こそが最大のチャンスであった。ところが、ジョコ大統領はこれら地域の政治課題を自らの議長国期に解決すべき課題としてその政治資源を投入することはなかった。

議長国として設定したASEAN首脳会議のテーマは「ASEAN Matters:Epicentrum of Growth(ASEANは重要:成長の中心)」であった。この選択は、22年の外交的成果で得たインドネシアのブランドを維持するためにも、期待値と目標値をコントロールし、最終的な成功を演出するリスクマネージメントの帰結であった。23年のASEANサミットの一連の会議では、首脳会議以上にGala Dinnerの演出が強調されたのもまた、成功演出重視の外交政策ゆえであった。

「リスク回避」に徹したジョコ外交

インドネシア外交に高い期待値を抱いた立場から評価すれば、インドネシアは議長国でありながらASEANが抱える政治的なイシューから「逃げた」と言えよう。10年に一度の機会にもかかわらず、難題解決に向き合うことを避けたことは、インドネシアがいよいよ自他ともに認める地域大国としての国際的地歩を重ねるきっかけとなるはずであったがゆえに、逸失機会の大きさを指摘せざるを得ない。

もっとも、テーマ設定を好意的に解釈すれば、そもそも解決できない政治課題に焦点が当たることで、かえってASEANが持つ国際的信⽤が失墜するリスクを最小化することに努めた極めて懸命な外交的判断ともいえる。「ASEAN Doesnʼt Matter」というレッテルが貼られないよう、そして政治課題が経済成長の枷にならないよう、議長国の面子を保つという目的に照らせば、満点の解であろう。

ただ、米中の対東南アジア政策が、ASEANの中心性を放棄し、二国間、ミニラテラリズム重視にと振れている中で、最終的にASEANという枠組みの合理性を担保できるのはASEAN加盟国しかなく、グローバルガバナンスが機能不全に陥り、地域紛争のエスカレーションを止める手段を失った現下の国際情勢にあって、地域の平和、安定を保つためにASEANという地域枠組みはますますその戦略的な重要性が高まる。

2023年インドネシアに求められたのは、そのための盟主としての、多様な地政学的利益をもつ東南アジア各国のASEANへの政治的な信頼醸成へのコミットメントをけん引することである。それは21年ミャンマーのクーデター後、当時の議長国ブルネイに代わり、ジョコ大統領が地域の盟主として強いイニシアティヴを発揮し、ミン・アウン・フライン国軍司令官をジャカルタに呼び寄せたような姿であった。

ではなぜ、そのような政治的なイニシアティヴをインドネシアはとらなかったのか、その答えを知るためには、われわれが米国や中国の外交政策を分析するのと同様に、多様な国内アクターの利益調整の場となる国内政治の重要性にその原因を求める必要があると考える。

国内経済の損得が最優先

インドネシアのジョコ政権は、その政権の正当性、そしてレガシー作りのために経済成長にとりわけ注力してきた。なかでも、2017年に策定した国家成長戦略であるVisi Indonesia Emas 2045(2045年黄金のインドネシア・ヴィジョン)では、年率5−6%の経済成長を遂げ、45年には、人口3億強、一人当たりGDPが2万9000ドルで世界第4位の経済大国となり、中間層の罠を抜け出し高所得国の仲間入りを果たすという目標を掲げ、政策的な動員を進めてきた。

とりわけインフラの整備と人材育成には政治的資源を集中的に投入し、外交戦略はこの国内長期戦略を実現するために位置付けられてきたといっても過言ではない。具体的にはとりわけインフラ開発、産業高度化、輸出拡大のため、海外直接投資誘致や海外市場でのIPO(株式新規上場)成功に外交戦略の要諦が置かれた。したがって、ジョコ政権の外交戦略上の優先度は、必然的に投資が期待できる相手との関係におかれ、まず米国と中国、次に日本といった経済規模で大きな国との二国間関係となった。サウジアラビア国王がインドネシアを訪問した際に、三顧の礼を尽くして出迎えたものの、投資額が少ないと見るや否や憤りをみせ、またジョコ大統領が大統領就任以来一度も国連総会に出席していないことからも、インドネシアの外交戦略の成否は安全保障や価値の共有以上に、国内経済に対する損得計算によって評価されてきたことは明白といえよう。

コロナ禍で鈍化した経済成長

この傾向は、コロナ禍に端を発した経済成長の鈍化でかえって強化されたといえる。コロナ禍前に設定された上記の 2045ヴィジョン戦略においては、年率5.1%の成長で、2038年に中所得国の罠を抜け出すベースシナリオを基に長期目標が設定された。ただ、コロナ禍に見舞われた20年のマイナス成長を経て、⻑期⽬標達成には年率7%の成長が求められるようになり、その実現性⾒通しは悪化している。

長期の経済成長を支えるためにも、新首都移転で官民双方の投資を喚起し、電気自動車用のバッテリー製造の国際拠点を目指す産業政策を立てて民間投資を呼び掛けている。ただ、その持続性には疑問が付き、現時点ではコロナ禍およびウクライナ戦争後に高騰した石炭などの資源輸出で短期的に外貨を稼いでいる状況である。したがって、2045年までに先進国の仲間入りをするという⽬標達成は現在の年率5%未満の成⻑スピードでは実現困難な⾒通しであり、⼀部のインドネシアのエコノミストは、⽬標となっているIndonesia Emas (⻩⾦のインドネシア)の⼀⽂字もじってIndonesia Cemas(⼼配なインドネシア)になりつつあると懸念する声が広がってきている。

外交も「投資誘致」の場に

こうした懸念が募る中にあって、大統領としては投資誘致最優先の外交戦略の手綱をゆるめるどころか、さらに積極的に投資誘致外交に注力することとなっている。その意向は主要な海外歴訪日程にも如実に表れていた。22年に米国―ASEAN特別サミット出席のため、ジョコ大統領が米ワシントンを訪問した際も、バイデン大統領との首脳会議以上に、スペースX・テスラ社長のイーロン・マスク氏など米財界との会談を主たる成果として大統領府公式ウェブサイトで喧伝した。23年10月に一帯一路サミット出席のため北京を訪問した際も、繰り返し新首都やニッケル産業の下流化への投資を呼び掛けていることをアピールした。

23年9月のASEANサミットの際には、本会議以上にASEAN Indo Pacific Forum(AIPF)の成功に力を尽くし、グリーン・インフラ、持続可能なファイナンス・スキーム、そして、デジタル・トランスフォーメーションへの投資を参加者に呼び掛けた。インドネシアはASEANサミットをいわば投資機会のアリーナへと位置付け、さらには「インド太平洋」という概念を、全世界の政府、企業による「投資機会に開かれた」概念として戦略的に再定義した。これは、日本や米国が意図した「地政学的に開かれた」空間としての位置付けに対するインドネシア流の回答であった。

以上のジョコ政権下の外交に照らしてみれば、日本とASEANがインドネシアの外交戦略の中でもつ位置付けは明らかであろう。インドネシアが高所得国へ向かう「成長戦略」に黄信号が点る中、より加速的な投資、経済協力が急務であり、それも高成長が長期的、持続的な維持できるよう具体的な政策協力を欲している。これらの国家戦略上のリクエストに少しでも応えるプロジェクトや政策が日本やASEANにどれほど存在するかが、インドネシアからみた外交関係上の重要度を規定するということにつながる。

以上の分析は、インドネシアが社会政策や安全保障政策に無関心であるということ主張するものではない。あくまでも相対的にみて、現在のインドネシア外交において優先的に達成すべき目標とは、民主主義や人権といった政治的価値や、地域秩序の安定といった地域全体の利益より、国単位での経済的利得の有無であるという政治的決断が外交を規定していることを主張するものであり、その流れはジョコ政権の間は継続するだろうことが予測できる。

大統領選に注目

もっとも、インドネシアは東南アジアの中でもいわば最も自由で公正な選挙が実施されてきた国であり、24年は10年ぶりの政権交代の時期を迎える。次期大統領によっては、10年前と同様にインドネシアの外交戦略によって達成されるべき国益の定義は継続されるか、もしくは大幅に変化する可能性も秘めている。

インドネシア政府は現状、自国の大国化を目指す意思や、その関心を表立って強調していない。米国や中国をはじめ世界の大国が自国経済を第一とする政策をとる現実において、そのことは不思議なことではない。ただ、ポイントは他の大国と同様にその意思の有無に関わらず、人口、経済規模においてはこの地域で圧倒的な大きさを誇るがゆえに、その国内政治の動向は、いわば地域秩序を左右する基礎条件を形成することにある。したがって、インドネシアを地域大国として認める日本、ASEANにとっては、インドネシアの大国化への意思の有無に関わらず、まずはインドネシアの国内政治の動向を刮目することが重要となる。

バナー写真:ASEAN首脳会議のガラディナーで岸田文雄首相夫妻を迎えるインドネシアのジョコ・ウィドド大統領とイリアナ大統領夫人=2023年9月6日ジャカルタ(ロイター=共同)

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