日本の新たな半導体戦略

新たなコンセプトで先端ロジック半導体製造へ:ラピダスの小池淳義社長に聞く(前編)

経済・ビジネス 政治・外交

2022年8月に設立された半導体製造の新会社ラピダス。次世代先端ロジック半導体の開発・量産を目指し、北海道千歳市に立地を決めて始動している。nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院大学教授)が、小池淳義社長にインタビューした。

小池 淳義 KOIKE Atsuyoshi

Rapidus(ラピダス)株式会社社長。1952年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。東北大学で工学博士号取得。日立製作所を経て、2002年にトレセンティテクノロジーズ社長に。サンディスク社長、ウエスタンデジタルジャパン社長などを歴任し、2022年8月にラピダスを設立し現職。著書に『人工知能が人間を超える シンギュラリティの衝撃』(PHP研究所、2017年)

次世代GAA技術の半導体を

竹中 2022年8月のラピダス設立後、11月には米IBMから回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1)の技術供与を受ける連携を発表した。欧州の半導体研究機関imecとも提携し、27年の生産開始を目標としている。ラピダスの設立経緯について教えてほしい。

小池 IBMとのつながりはもともと、2001年の米中枢同時テロ直後、ニューヨーク州がオールバニに先端ロジック半導体の研究拠点をつくろうとしたことに始まる。IBMが各国のさまざまな装置メーカー、材料メーカーに声をかけてコンソーシアムをつくった。日本の企業ももちろん参加した。特に積極的だったのがラピダス会長の東が当時いた東京エレクトロンだった。

ここには当初、TSMC(台湾)もサムスン(韓国)も参加していた。ソニーや東芝もだ。しかし、時の経過とともに参加企業は減っていった。一方で、インテルのように最近になって参加を決定した企業もある。

ここで研究・開発が進んだ次世代のGAA(Gate All Around)技術に、IBMがなぜ執念を燃やすのか。それは自らのビジネスの命であるスーパーコンピューターに、GAAのロジック半導体が必要だからだ。今後、これを製造するメーカーに関して、IBMとしてよりパートナーを増やす必要があると感じたのだろう。世界を見渡して、どこが提携先になるのかと検討し、それは日本しかないとの結論になったのだと思う。

トレセンティの苦い教訓

竹中 IBMから東哲郎会長に電話があり、今回の事業の話が持ち上がったのはいつか。

小池 2020年の夏だ。その後、東からの要請を受け、経産省の方と一緒に会談を行った。私は当時、ウエスタンデジタルジャパン(フラッシュメモリーなどを開発・生産する米ウエスタンデジタルの日本法人。キオクシアのジョイントベンチャー相手)の社長をしていた。コロナ禍で大変な時だった。

私は日立製作所の技術者として半導体一筋にやってきたが、2000年にトレセンティというファウンドリの会社をUMC(台湾)と作った。ロジック半導体の製造会社だ。当時はTSMCとUMCはほぼ同規模の会社だった。ウェハー径200ミリの時代に、300ミリの大口径に挑戦し、新たなビジネスにつなげたいとの意欲を持っていた。まだ、日本の半導体が世界に取り残される前の時代だ。

この事業は成功した。一貫生産という新しい、世界標準の納期の半分以下で生産できることを実証した。米国のある大手顧客は「全量、あなたのところに発注したい」とまで言ってくれた。しかし、それには「トレセンティが日立から独立すること」という条件がついた。その顧客は半導体の設計・開発をメインの事業としており、日立製作所とライバル関係にあったからだ。先方が出した条件は、至極当然のものだった。ファウンドリ・ビジネスは、どの顧客に対しても中立的でなければならないからだ。

トレセンティは日立製作所60%、UMC40%で始まった企業だ。私は、ビジネスが軌道に乗ったら当然独立するものだと思っていたが、当時の日立幹部の答えは「ノー」だった。私はここで「役割が終わった」と思い、同社を離れることになった。

もう20年前の話だが、自分の中に「日本がロジック半導体で世界に遅れたのは、トレセンティの事業がうまくいかなかったから」という責任感のようなものもあったのだろう。

これまでの15、16年はメモリーの分野で一生懸命やって、(ウエスタンデジタルが)キオクシアと組んでようやくサムスンと肩を並べるぐらいになった。これはこれで、大変なことだった。次はロジックの分野を何とかしなければいけないという思いがあったからか、東の要請に「それは、できないでしょ」とはすぐには言えなかった。

ラピダス、米IBM両社の提携を発表した記者会見を終え、撮影に応じる(左から)「ラピダス」の東哲郎会長、小池淳義社長、米IBMのダリオ・ギル上級副社長ら=2022年12月13日、東京都千代田区(時事)
ラピダス、米IBM両社の提携を発表した記者会見を終え、撮影に応じる(左から)「ラピダス」の東哲郎会長、小池淳義社長、米IBMのダリオ・ギル上級副社長ら=2022年12月13日、東京都千代田区(時事)

製造部門を理解した設計支援を

竹中 ラピダスは最先端ロジック半導体の大量生産を目指すのではなく、顧客の企業ニーズに応じて一定の量を生産する方針だという。これは、具体的にはどういうことか伺いたい。

小池 今盛んに取り上げられているAIチップ。ここで重要なポイントは、汎用のGPUから専用のAIチップに変わっていくということだ。モバイルから自動車からあらゆるものにAIチップが必要になり、巨大なマーケットが出てくるのだが、一社がそれを独占して製造するのを顧客は求めなくなっている。ラピダスは、TSMCがアップル向けの半導体を生産するような、工場丸ごと一つの顧客のために使うというようなことはしない。中規模の量を求める顧客のニーズに対応する。

竹中 設計についてお伺いしたい。グーグルも半導体チップの設計を手掛けていると思う。つまり自らのソフトを速く動かそうとするとそれに最適なチップを自ら設計したいというのが現在のトレンドだと理解している。アップルも、以前はインテルを長らく使っていたのが自社設計のチップに移行している。つまり、ラピダスとしてはアップルのような巨大企業ではないが、それでもチップの設計はしたいという企業を顧客にするということか。その際、それらの半導体の設計にはどこまでかかわっていくのか。

小池 コアとなっている設計部分には入っていかないが、コストの削減や開発期間の短縮につながるような設計支援は手掛けていく。ここは非常に大事な部分だ。現状の半導体製造プロセスで私が問題だと思っているのは、半導体の設計部門の技術者は製造過程のことをあまり知らないことだ。設計部門と製造部門はほぼ分断されている。本来は、製造部門のことをよく分かっている技術者が設計部門にフィードバックをかけなければいけない。

DTCO(Design Technology Co-optimization、設計とテクノロジーの協調最適化)という言葉を業界でよく使うが、私はそうではなく、むしろDMCO(Design Manufacturing Co-optimization)なのだと強調している。実は、この部分にこそ日本の強みがある。製造技術の高さという強みを生かす設計者と手を組んで、生産の効率化を図っていく。

顧客に中立的な立場で

竹中 一部の識者は、現在40ナノのロジック半導体を作る能力しかない国が最先端の回路線幅2ナノの半導体を作るのは無理だ、と厳しい見方を示している。小池社長らは「全く大丈夫」という考えを示されているが、その根拠について説明してほしい。

小池 現在一般的なCMOSというロジック半導体で、FinFETという構造がある。これに対し、2ナノの半導体は全く違う、GAAというテクノロジーを使って製造される。FinFETというテクノロジーで、日本は完全に出遅れた。もし、FinFETのステップを踏まなければGAAに到達しないのなら、それは膨大な時間とコストがかかるだろう。しかし、両者は全く違うテクノロジーなので、FinFETはスキップできる。GAAは先に話した、米IBMがコンソーシアムで開発したテクノロジーで、パートナーを広げて日本でも製造してくれる会社を求めた。それでラピダスを設立したという流れだ。

2ナノの最先端半導体で競っていく相手は、おそらくインテルとサムスンの2社になるだろう。この中で、チップビジネスを手掛けないラピダスは最も純粋なファウンドリ(受託製造会社)、つまり顧客にとって中立的立場でビジネスに臨むことができる。

(2023年7月25日)

(後編に続く)

まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁

バナー写真:インタビューに応じるラピダスの小池淳義社長=2023年7月25日、東京・麹町(撮影・花井智子)

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