大転換した日本の安全保障政策

神保謙氏インタビュー(後編):スタンドオフ防衛能力で幅広い対米防衛協力が可能に

政治・外交

nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院大学教授)による神保謙・慶応義塾大学教授(国際安全保障論)へのインタビュー。後編は「反撃能力」「スタンドオフ防衛能力」「防衛費大幅増」の意味と、その戦略的な目的などについて。

神保 謙 JIMBO Ken

慶應義塾大学総合政策学部教授、公益財団法人国際文化会館常務理事、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は国際安全保障論、アジア太平洋の安全保障、日本の外交・安全保障。1974年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了(政策・メディア博士)。同大学講師、准教授を経て2008年から現職。

(前編はこちら)

反撃能力とは「長射程攻撃能力」

竹中 今回、日本は反撃能力を保有し、「スタンドオフ防衛能力の強化」に5兆円を費やすと表明した。この意味と評価について伺いたい。

神保 反撃能力の定義について政府は複雑な説明をしていて、しかも定義が2つある。一つは「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からのさらなる武力攻撃を防ぐため、我が国からの有効な反撃を相手に与える能力、すなわち反撃能力」だと。これは日本に対するミサイル攻撃への対処の延長にあり、これまで議論されてきた対北朝鮮の文脈で捉えられる。

次の段落にある定義はもっと広く、「武力行使の三要件に基づき…必要最小限の自衛の措置として相手の領域においてわが国が有効な反撃を与えることを可能とするスタンドオフ防衛能力」。これは北朝鮮にも中国にも通用するし、ミサイル発射施設だけでなく、より広い目標を想定している。さらに安倍政権で採択された「武力行使の三要件」は、限定的な集団的自衛権の行使を含む考え方なので、日米共同作戦の中で反撃能力を位置付けることができるようになっている。

ただ、「相手の領域において」と書いてあるが、策源地は相手の領域内とは限らず、公海上だったり、さらにサイバー・宇宙空間もあり得る。限定的な集団的自衛権の行使を考えられるのであれば、日本の同盟国が遠方で攻撃をされた場合の、自衛隊による支援攻撃も含み得る。日本に対するミサイル攻撃はあくまで1つの事例に過ぎないはずだ。このあたりは、3文書は概念論的に不確かな書き方をしている。

このような不確かな定義が示された理由は、3文書策定の経緯において自民党の提言が「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」という考え方を示したこと、また与党内調整において反撃能力が先制攻撃とならないように文言の調整を重ねたことによるもの、と考えられる。いわば政治的な概念規定である。

安全保障論からの概念規定でより重要なのは、防衛力整備計画の別表に示された「より先進的なスタンド・オフ・ミサイル」の運用だ。これは自衛隊の長射程攻撃能力(縦深攻撃能力)で、自衛隊の交戦能力の地理概念を拡大させる。この広域交戦能力・縦深攻撃能力をどのように活かしていくかが、これからの防衛戦略の柱となる。このように考えると反撃能力で政府が掲げた定義とは異なる、以下のような概念整理が必要となる。

自衛隊の広域交戦能力が目指すべき目的は3つある。第1は、日本が独自の紛争エスカレーション管理能力を持つことだ。日本に対する複合的な脅威に対して、長射程攻撃を導入することにより日本独自で対応できる領域を増やすことである。グレーゾーン事態からのエスカレーション管理など、本格的紛争に発展して米軍が介入するまでの段階において、日本の防衛力が果たすべき役割は多い。こうした能力の拡充は、日本の戦略的自律性を向上させ、抑止ギャップを埋める効果をもたらす。

第2は日米同盟の任務・役割を統合化することだ。米軍のプレゼンスと紛争介入能力は地域抑止の要であり続ける。中国が接近阻止・地域拒否(A2/AD)能力を高めても、米軍が戦域内作戦(in-theater operation)を遂行できるように、同盟国である日本が支援する必要がある。日本の縦深攻撃能力は、米軍の作戦を脅威圏外から支援する能力を付加することができる。

第3はミサイル防衛能力の補完としての位置付けだ。北朝鮮が日本を射程に含む多種多様なミサイルに対抗するためには、まずは統合ミサイル防空の基盤となるミサイル防衛システムの拡充が必要となる。しかし、ミサイル防衛の能力を十分に発揮するためにも、さらにはミサイル防衛が十分に機能しない状況に対応するためにも、政府の定義でいう反撃能力を位置付けることは重要だ。その場合、北朝鮮の移動式ミサイルランチャーを叩くことは極めて困難だが、北朝鮮の地上固定目標を攻撃することによって、北朝鮮の作戦遂行に負荷を与え、飛来するミサイルの総数を減らすことは可能かもしれない。こうした作戦の効果は真剣に追求すべきだ。

こうした反撃能力は、日本単独よりも米国や韓国との共同作戦において、より大きな効果を持つ。日米韓がバラバラに対応していては、肝心のエスカレーション管理を難しくさせるばかりか、同盟国間の相互不信の火種となる。むしろ米国の打撃力と韓国のキルチェーンと、日本の反撃能力を連動させることを模索すべきである。日米韓の打撃能力を組み合わせることは、抑止力や紛争管理能力を向上させるばかりでなく、3カ国の政策調整、作戦計画の共有、紛争介入の意思決定を共有することに結びつく。

防衛費「2%」目標はあくまで目安

竹中 防衛費大幅増、特にGDP(国内総生産)2%への引き上げと、その使い方についてどのように考えているか。

神保 日本の防衛関係費は今後5年間で43兆円が計上されることになる。これはGDP比2%はあくまで2022年を基準とした数字で、日本が実質経済成長がプラスである限りにおいて、2027年に対GDP比2%は達成できない。もちろん重要なのは防衛力の中身であり、2%目標はあくまで目安ととらえるべきだ。

神保謙・慶応義塾大学教授
神保謙・慶応義塾大学教授

総額の増えた防衛費をどれだけスマートに使えるかに、われわれは目を光らせる必要がある。その意味で、防衛省・自衛隊が注力すべき7分野を明示したことは、国民の理解の増進に役立っている。とりわけ今後5年間は、現有装備品を活用しながら、将来の中核分野への投資を行う期間となる。前者はこれまで十分とはいえなかった継戦能力、持続性・強靭性、機動展開能力を高めることがこれにあたる。また後者はスタンドオフ防衛能力、統合防空ミサイル防衛能力の構築に必要な装備品の調達、サイバー・宇宙領域や兵器の無人化、AI(人工知能)など技術革新に対する投資となる。各年度の概算要求で、こうした領域に投資がなされているか、しっかりと見定める必要がある。

大きく変わった日米の役割分担

竹中 政府は、従来はいわゆる「日本は『盾』、米国は『矛』」と説明してきた日米安保の役割分担について「基本的な分担は変わらない」と言っている。これについて、どのように考えるか。

神保 「基本的な分担」の定義にもよるが、中身は大きく変わっている。日本政府は国民の理解を促すためにも、より踏み込んで説明するべきだと思う。少なくとも、米軍と自衛隊が一緒に戦える領域は増えている。自衛隊による米軍のアセット防護(グレーゾーン事態等において、自衛隊と共同で警戒監視に当たる米艦船などを自衛隊が防護すること)や、限定的な集団的自衛権の行使容認など(ともに2014年)、随分と自衛隊の役割は変化をしている。

さらに先述の広域交戦・縦深攻撃能力を含めると、米軍が第一列島線の中で戦いやすい環境をつくるために日本が支援攻撃を想定したり、自衛隊の戦闘機と米軍の爆撃機が共同訓練をしたりと、かつてと役割分担は大きく変化をしている。

「同志国」の軍事インフラ整備を支援

竹中 国家安全保障戦略の中でもう一つ、新たに打ち出されたのが「政府安全保障能力強化支援」(OSA)。政府開発援助(ODA)とは別に、同志国の安全保障上に必要な資機材の供与、インフラ整備など行う無償資金協力の枠組みだ。防衛装備品も対象に含むとしている。

神保 ここも大きな転換だ。同志国に対する安全保障上必要な資機材の供与もさることながら、もっとも重要なのは軍事にかかわるインフラ整備となるだろう。その最大の焦点はフィリピンだ。米国とフィリピンが2014年に締結した防衛協力強化協定(EDCA)は、米軍がフィリピン国内の5基地を使用できるという協定。これは反米色の強かったドゥテルテ政権でほとんど進捗が停止した状態だったが、マルコス大統領就任で再始動し、EDCAに基づいて米軍が使用可能なフィリピン国内の基地は5カ所から9カ所に増大した。しかし、その基地の整備費用やインフラ投資には巨額の資金が必要で、ここに日本のOSAが寄与する余地は大きい。

竹中 もう一つ、台湾について伺いたい。国家安全保障戦略の中では「価値観を共有するパートナーであり、大切な友人である」と高い期待を込めた記述をしている。これをどのように受け止めるべきか。

神保 日本の安全保障戦略において「台湾が重視されている」ことを示すことは、中国が台湾有事の際に日米を切り離せるという思い込みを阻止する、またはそういうことが可能だと思わせない、というメッセージとして、大変重要だと思う。有事になったとき、日本がどのような行動をとるのかどうか、それは不確定な部分が多い。しかし、平時の原則として「台湾が重要だ」と言い続けることは、政治的にも大きな意味がある。

国際秩序・抑止力の面で独りよがりにならない認識を

竹中 おおむね評価の高い今回の「国家安全保障戦略」だが、国際安全保障論を研究する専門家の立場から、あえて注文をつける点などあれば聞かせてほしい。

神保 国際秩序の認識の仕方とか、何点か指摘したいことはある。例えば、国際社会は普遍的価値を有する国々と、そうでない国々に分かれていて、「途上国はその中で揺れ動いている」というような記述がある。この認識はいただけない。途上国はそのような受動的なアクターではない。このような視点で安全保障戦略をつくると、「途上国をどのように引き込むか」というアプローチになり、日本がODAなりで「支援したい」としても、相手は警戒するだろう。

また、地域戦略が(今回の文書には)ないと感じる。以前は広域の安全保障協力と領域別の協力などを重視する姿勢がみられたが、今回はあまり記述されていない。日本が安全保障の地域秩序や地域における抑止体制をどのように作るのか。今回の防衛戦略は日本が抑止力を強化すれば、インド太平洋における抑止が高まる、というトーンで書いている。

例えば、国家防衛戦略の8ページ。ここは先に説明した「拒否的抑止力」を説明している部分なのだが、「さらに、我が国に対する侵攻を阻止・排除できる防衛力を我が国が保有できれば、同盟国たる米国の能力と相まって、我が国への侵攻のみならず、インド太平洋地域における力による一方的な現状変更やその試みを抑止でき」る、との記述がある。これは独りよがりな認識で、論理的整合性も不十分だ。なぜ日本が抑止力を持つと、米国と相まってインド太平洋全体の抑止が可能になるのか。意地悪くいえば、インド・パキスタン紛争とか中印国境の紛争を抑止できるのか。こうした論点がカバーできないとすれば、他の枠組みを併用した地域戦略を策定すべき、ということになる。

(2023年5月12日)
まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁

バナー写真:竹中治堅nippon.com編集企画委員長(左)と神保謙・慶応義塾大学教授=2023年5月12日、東京・六本木

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