木原誠二官房副長官に聞く(後編):「自由で開かれたインド太平洋」の新たな展開とは
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FOIPが目指すのは「分断」でなく「包摂」
竹中 国家安全保障戦略では、日本の外交戦略である「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)がかなり前面に出る形で記載されていると感じる。これはFOIPが日本の安全保障戦略の一環となったと理解していいのか。
木原 広義には安全保障は「外交プラス防衛」で成り立っており、したがって、FOIPに安全保障における意味があることは否定しないが、むしろ、FOIPというのは外交努力の面がメインを占めているものだと理解していただきたい。安全保障の枠組みそのものを作るためのものではない。例えば、(FOIPの枠組みで)日本とインドが軍事・防衛面で何か組むわけではないし、ASEAN(東南アジア諸国連合)とも同じだ。クアッド(日米豪印の4カ国連携枠組み)ですら安全保障の枠組みではないわけだから。
竹中 ただ米国とはもちろん、日本はオーストラリアやインドとも防衛分野での協力は現実的に進めている。
木原 それはFOIPの中とは違う。そのようにFOIPをとらえると、ASEANが抜けてしまう。ASEAN諸国にとって、どこかの安全保障の枠組みに組み込まれるというのは、最も嫌なことだ。対中国で。外交と安全保障は一体不可分で、明確には切り分けられないが、FOIPのメインが外交的な枠組みにあることは間違いない。その目的は「外交を通じて望ましい国際環境をつくり、同志国をできるだけ作ってFOIPのビジョンの下で協力していく」ことだ。だからこそ今回、FOIPをバージョンアップしている。そこで強調しているのは「対等なパートナーシップ」であり、「極をつくらない」「イコールパートナーである」「人を重視する」などの点だ。
今回、岸田首相が発表した「自由で開かれたインド太平洋のための新たなプラン」というのは、安全保障上の一つの大きな極や塊を自分たちの同志国と作ろうなどという「分断を招くもの」にはなっていない。むしろFOIPは、いま分断が進んでいる国際社会で「分断をさせないためのビジョン」として打ち出しているものだ。
国際的な基盤となったFOIP
竹中 この「新たなプラン」だが、岸田首相は昨年6月のシンガポールでのアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)でFOIPの“バージョンアップ”を表明し、ことし3月のインド訪問時に発表した。「平和の原則と繁栄のルール」など4つの柱を掲げ、具体的に取り組むとする51の事例が列挙されている。安全保障分野では「海上保安機関間の協力」「防衛装備・技術協力の推進」などがある。また、気候変動への対応、保健分野の国際対処など、ほぼすべての省庁が関わることになる。外務省が主導でこのプランを作ったとすれば、かなり調整が大変だったのではと感じる。
木原 このように考えてみていただくと分かりやすいのではないか。例えば岸田首相がFOIPの首脳たち、インドやフィリピン、インドネシアなどの首相らと会談するときには、あらゆる分野の協力案件が議題に入っている。防衛協力もあればグリーン分野も入っている。外務省が日常的にやっている仕事と大きくかけ離れているものではなく、その面ではそんなに難しさがあったとは思わない。
「インド太平洋」というのは2007年の第一次安倍政権の時に概念が示され、第二次政権の16年にビジョンとして提示された。それ以来、安倍政権、菅政権、岸田政権と、インド太平洋のどの首脳との間であっても、また欧州諸国などとの外交においても、常に(政策課題として)環境問題があり、インフラの連結性の問題などがある。日本の外交はこの51項目に継続的に関係している。その積み重ねだから。逆に言えば、FOIPというものはそれだけ日本外交、安全保障政策の基盤になっているということだ。
さらに言えば、FOIPは既に国際的な基盤ともなっている。ASEANも自分たちの「アウトルック」を通じてインド太平洋戦略を出しているし、韓国も、米国も打ち出している。日本主導で立ち上げたこのインド太平洋という連結性のプログラムというのは、もう世界標準になっている。
「4つの柱」を立てた新プラン
竹中 日本の外交戦略として今では当たり前のように語られる、その「インド太平洋」。その政策の中身を今回「ブラッシュアップ」した背景や狙いについて伺いたい。
木原 2016年に安倍首相がこの「インド太平洋」を打ち出した時に比べ、世界はより分断している状況だ。それゆえに、FOIPという「協調」のビジョンを改めて打ち出す必要がある。また、当時と比べるとさらに「グローバル・サウス」が力を増しているわけで、その意見が尊重されるようなビジョンにする必要がある。だからこそ、今回はイコールパートナーとして進めるとか、「極」を作らないで包摂的にやるとか、そういったところにフォーカスを当てている。
包括性、多様性という従来から尊重しているものを、それを「法の支配」をベースにルール作りをしていきましょうとか、平和の枠組みとして活用しましょうとか、そのようなことも盛り込まれている。この辺りは、ウクライナ侵攻があったからという背景もあるかもしれない。
竹中 個別政策として挙げられている51件のリストがあるが、この中で重要だなとか、これは新しいなと考えるものを教えてほしい。
木原 まず、この51項目を「4つの柱」に分類してまとめている。「平和の原則と繁栄のルール」「インド太平洋流の課題対処」「多層的な連結性」「『海』から『空』へ拡がる安全保障・安全利用の取組」というものだ。これは以前にはなかったもので、新たに柱立てを追加した。
個別政策の中でも新しいものはたくさんある。例えば、「ベンガル湾からインド北東部を繋ぐ産業バリューチェーンの構築」。IPEF(インド太平洋経済枠組み)は米バイデン政権が提唱した構想なので「IPEFにおけるパートナー間の連携強化」という項目も新しい動き。「『空』の安全利用の推進」という項目もこれまでなかった。「経済強靭性」というのは、経済安全保障概念の重要性を各国と共有していく取組だが、これも盛り込んだ。「『アジア・ゼロエミッション共同体』構想の推進等」というのも、新しく、かつ、大きなポテンシャルを秘めた取り組みだ。
ツールとしてのODA活用
竹中 また同じ時期に、政府開発援助(ODA)の枠組みとは別に、新しくOSA(政府安全保障能力強化支援)という政策が創設された。「同志国の安全保障上のニーズに応え、資機材の供与やインフラの整備等を行う」という方針を打ち出している。これは、新たな防衛協力のツールとなるものだ。また、要請型でなく、日本から提案する形でのODAを新たに展開すると決めている。
木原 今回のブラッシュアップは「3層構造」で考えられている。1つ目は「理念」としての包摂性、多用性、開放性といった部分に「イコールパートナーシップ」や「人への重視」といったものを加えている。2つ目は、それを踏まえてどの分野で政策協力を強化するか、柱立てをして明確化した。3つ目はツールとしてのODAの活用を打ち出したということだ。
個別の政策はもちろん、プロジェクトベースなので51項目に限らず、今後も増え続けていく。目新しさがあるとすれば、やはりGX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた取り組みだ。世界の排出量の半分以上を占めるアジアのGX実現が重要であり、各国の実情に応じた手法で脱炭素化に向けた取り組みが進められるよう焦点を当てている。また食料安全保障、エネルギーはウクライナ侵攻をきっかけにより重視されるようになった。「海」だけでなく「空」(航空分野)での協力を広げることも、今回日本が表明した新たな取り組みとなる。
(2023年5月10日)
まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁
バナー写真:竹中治堅nippon.com編集企画委員長(左)と木原誠二官房副長官=2023年5月10日、東京・永田町(撮影・花井智子)