習近平経済は「改革開放」路線に戻るのか、それとも社会主義色を強めるのか
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統制的傾向その1:経済への影響を顧みない政策の数々
習近平政権の統制的な傾向は、第一に、経済に対する影響を顧慮しない政策を次々と打ち出したことだ。それらは以下の四つに分類できる。
(1)プラットフォーム企業たたき
2021年以降、アリババ、テンセント、ディディ、美団など中国のプラットフォーム企業が金融規制や独禁法の違反、情報セキュリティー対策不備といった名目で次々と罰金や制裁処分を受けた。その結果、これらの企業は業績も株価も大幅に下落、人員整理を余儀なくされた。
(2)営利教育事業の禁止
21年7月、政府が「子育て費用の高騰」を理由に、「学習塾は新設禁止、既存の塾も非営利化させ、授業料を規制する」と発表した。突然の発表に上場教育会社の株価は暴落、存亡の淵に立たされた。
(3)芸能・娯楽産業への規制強化
21年9月、テレビやインターネットの番組の低俗化を正し、道徳的で党や国を愛する健全な精神文化を培養する、との理由から、番組内容や出演者に対する規制が強化された。また、青少年のゲーム依存症対策として、プレー時間の制限、ユーザーの実名登録の強化などの措置も取られた。
(4)その他の「反経済的」な政策
経済への影響を顧慮しない政策は他にもあった。20年から始まった不動産企業に対する金融引き締めは、マクロ経済の大幅な下振れや地方政府の歳入急減を招いた。昨年、経済・社会に多大の損害を及ぼしたゼロコロナ政策もその一例だろう。
相次ぐ修正・緩和はなぜ起きたか
ところが、以上のような政策はその後、立て続けに修正・撤回された。ゼロコロナ政策の突然の廃止は、言うまでもない。不動産に対する過激な引き締めも2021年秋に見直しが始まった。プラットフォーム産業の締め上げも22年3月から「健全な発展を図る」方向転換が始まった。営利教育事業の禁止も、昨年12月に国務院が「規律ある民営教育事業の発展を支持する」と、方針を転換した。
こうした修正・撤回がなぜ立て続けに起きるのか。とみに「権力集中」が指摘される習近平国家主席であるが、気が変わりやすい性格なのだろうか。いや、そうではないだろう。すべての政策を習氏自ら決めているはずはない。
一つ仮説を立てるなら、政権や共産党の内部にも保守的な人々と経済を重視する人々の両方がいて、政策は両派のときどきの力関係で変動しているのではないか。20年から21年にかけて中国が初期のコロナ禍を封じ込め、経済もいち早く回復させた頃には「中国のやり方が一番優れている」という考え方が盛行し、保守派の声が強くなって上記のような政策が打ち出された。その後、経済情勢が悪化したため、経済重視、改革志向の人々の声が強くなり、「弊害の大きい」政策が修正・撤回された、と私はみている。
昨年12月の中央経済工作会議では、「対外開放のレベルを引き上げて外資利用に力を入れる」「CPTPP(環太平洋パートナーシップ)などへの参加を積極的に進める」「国有企業と民営企業の平等取り扱い要求に応えていく」「プラットフォーム企業が経済発展を先導し、雇用を創出し、国際競争でも活躍することを支持する」との一項が盛り込まれた。
こうした「改革開放再起動」とも受け取れるシグナルを出したことで、世間では「23年には、13年の三中全会のように改革開放が再宣言されるのでは」と期待する向きもある。
果たしてそうなるかどうか。また、そうなったとしても、どの程度実のある「再起動」になるかは今後の経済情勢次第だが、「苦しい時の外資・民営企業頼み」は中国共産党が難局を打開するためによく使う手である。13年に打ち出された、改革志向の強い三中全会改革もその後は空文化している。前例から判断すると、今後も経済情勢が好転すれば保守派の声が再び強まり、反経済的な政策が打ち出される可能性は否定できない。
統制的傾向その2:民営企業に対する資本的支配
2013年の三中全会改革では、「混合所有制(国有企業と民営企業が共存する経済体制)を積極的に発展させる」という考え方も打ち出された。これには(1)国有企業の経営に民営企業が参画する(2)民営企業に国家、国有企業が参画する――の双方向があるが、実際には後者の事例がはるかに上回っている。
習近平政権の統制的な傾向の二つ目は、この「混合所有制の推進」を名目とした民営企業に対する資本的支配の強化だ。
格付け大手のフィッチ・レーティングスによると、中国の国有企業によるA株(上海証券取引所、深セン証券取引所に上場されている中国企業の株式のうち、人民元建てで取引されているもの)上場民営企業の買収は、17年に6社、18年に18社だったのが、19年および20年には50社に上った。18年頃から増加した買収の多くは、業績の悪化や資金繰り難に陥った民営企業が地元政府傘下の投資基金などに買収された事例という。
最近は、研究開発力の強化や戦略産業の育成を目的とした各地域の民営企業に対する投資も増えており、その中にはベンチャー投資の形態も含まれる。国有資産監督管理委の発表によると、20年には1月から8月までの間に中央直轄国有企業が全国で6000社以上の民営企業に投資し、投資額の合計は4000億元に上ったという。
経営困難に陥った重要企業の救済や産業育成のために政府が民間企業に投資することは、中国以外でも行われている。しかし、中国が特異なのは、経済全体に占める国有企業の比重の大きさと民営企業の買収事例の多さだ。
A株上場企業全体の4社に1社、時価総額では実に約5割、売上高の約3分の2、利益の約4分の3を国有企業で占めている。さらに、有望な民営企業の多くが「資金調達や補助金獲得、許認可取得の上で有利」なことを理由に、政府系の投資を受け入れていることを考え合わせると、事は国の経済支配力というマクロな経済構造に関わる問題になってくる。
国がアリババやティックトックのようなプラットフォーム企業の「特殊管理株」を取得して取締役を派遣し始めたことは、国による企業支配の最新事例である。特殊管理株とは、1%程度の持分だが重要な議決事項について否決権を有する優先株(「黄金株」とも称される)のことだ。
先に述べたように、政府が金融規制や独禁法の違反、情報セキュリティー対策不備といった名目でプラットフォーム企業を厳しく締め上げたのは、海外市場に上場し創業者が支配権を持つ私営プラットフォーム企業が巨大な社会的影響を有するに至ったことに、共産党が強い危惧を覚えたためだ。
共産党はこうした締め付けによって事実上、これら企業の生殺与奪の権限を得たが、特殊管理株の取得によって、名実ともに企業の支配権を掌中にした。最近になって「プラットフォ-ム企業が経済発展を先導し、国際競争で活躍することを支持する」方向に転じたのも、すでに「我が物にした」からなのだろう。
統制的傾向その3:党組織を通じた企業統制の強化
習近平政権の統制的な傾向の三つ目は、共産党組織を通じた民営企業に対する統制強化だ。
中国共産党は2020年に「民営経済の規模は拡大を続けており、民営経済人の価値観や訴求する利益も日を追って多様化しているため、民営経済に対する管理・統制(「統一戦線工作」と呼ぶ)も新たな形勢と任務に直面している」との認識を明らかにしている。
この認識に基づいて進められているのが、民営企業や外資企業に党支部を設け、さらには経営への参画を促す指導だ。その実態は明らかでないが、17年に共産党が明らかにしたところによると、非国有企業の7割に党支部が設置されており、外資企業も合弁企業を中心に、全体の7割にあたる約7万4000社が党支部を設置していたという。最近では、国内業務への参入を認められた外資金融機関が党支部を設置することを求められているという。
「大きな政府」は世界的潮流だが…
すでに述べたように、中国は2020年以降のいっとき「中国のやり方が一番優れている」との昂揚感に覆われて不賢明な政策を次々と打ち出したが、経済情勢が悪化して「憑(つ)き物」が落ちると、これらの政策は撤回された。
一方で、共産党による指導・統制の強化は、習近平国家主席が強い信念のもと進めていることで、習氏がトップであり続ける限り変わることは考えにくい。22年末の中央経済工作会議で「改革開放再起動」のシグナルを打ち出したといっても、この一点が変わらない限り、いっときの便法以上のものにはならないだろう。なぜなら、「改革開放」の根本は、「経済は市場に委ねる」覚悟をするかどうかに尽きるだからだ。
ただ、中国政府の経済介入強化に関しては、いま世界中で起きていることにも留意する必要がある。
1980年代に始まった「小さな政府」という世界的潮流は、40年の歳月を経て今や完全に逆転した。習近平氏は「共同富裕(皆が共に豊かになること)」に強いこだわりを持つと言われるが、根底にあるのは「資産格差を中心に拡大する貧富格差への危惧」であり、これも世界的なトレンドと合致している。
中国が特異なのは「大きな政府(党)」が経済介入にとどまらず、「党・政・軍・民・学の各方面、東・西・南・北と中央の一切を党が領導する」ところまで行ってしまうことだ。それで国がうまく運営していけるのか。イエスマンで固めた3期目習近平政権の人事を見るにつけ危惧を覚えさせられる。ゼロコロナ政策の撤回を巡るドタバタぶりが中国の将来を暗示するものでないことを願うばかりだ。
バナー写真:公式訪問先のサウジアラビアで、出迎えた同国首相のムハンマド皇太子と笑顔で握手を交わす中国の習近平国家主席。習氏のサウジ訪問は、経済面を中心に戦略的な関係を強化する狙いがあるとされる(2022年12月8日、サウジアラビア・リヤド)AFP=時事