ロシアのウクライナ侵攻

プーチンが最も恐れているもの

国際・海外

米国のインターネットサイトThe Journal of Democracy に2022年2月22日に公開された標記の論文(原題はWhat Putin Fears Most)を翻訳し、日本語版読者の皆さんにお届けする。

侵攻の真の狙いは「民主化の阻止」

驚くべきことに、8年にもわたるロシアの容赦ない圧力にもかかわらず、ウクライナの民主主義は持ちこたえた。その逆である。プーチンによる併合やドンバス地方における戦争の支援の後にウクライナ国民は、今や自国の歴史上のどの時期よりも、民族的、言語的、地域的分裂を越えて団結している。2019年の大統領選では、ゼレンスキー氏が全ての地域で支援を集め、地滑り的勝利を得た。驚くことではないが、プーチンの起こした戦争はNATO加盟に対するウクライナ国民の支持を増大させた。

プーチンはここに至り、ウクライナの民主化を終わらせるための新たな戦略を決断した。つまり大規模な軍事侵攻だ。プーチンはその目的を「NATO拡大の阻止」だと主張する。しかし、それは虚構に過ぎない。ウクライナは将来のNATO加盟を熱望しているかもしれない(それはウクライナ憲法にも書かれている)が、近年は加盟に向けた動きは一歩も進んでいない。NATOの指導者たちは門戸開放の原則は変わらないとする一方で、今日のウクライナに参加の資格はないと明確に述べている。プーチンが現在主張する開戦の理由は、彼自身による「発明」というほかない。

プーチンは、ウクライナの民主主義をさらに直接的に弱体化させるため、NATO拡大を名目としたこの危機をでっち上げた。既にウクライナ国境へのロシア軍動員により、ウクライナ経済は大きな損害を受けている。そして、ゼレンスキーがこの危機にどう対処したかをめぐり、ウクライナの政党間での新たな分裂をあおっている。大連立あるいは挙国一致内閣を発足させるべきだったとの声もあれば、侵攻への準備が不十分だったとの批判もある。

また、ゼレンスキーは欧米との団結が最も必要とされている時に、ロシアによる侵略の可能性についてバイデン米大統領と議論することで、彼の外交経験のなさ示したとしたと非難する声も出ている。主張する者もいる。要するに、プーチンが兵力を動員するだけでも、ウクライナ民主主義の弱体化に向けた彼の戦争は、既にいくつかの初期の成功を達成しているのだ。

逆説的だが、ロシアによる「力の行使」は、短期的にはウクライナの民主化への動きを強化することにつながるかもしれない。ドネツクとルハンスク地域(国際的にはウクライナの主権領土として認知されている)にロシア軍を派遣してウクライナを侵略するというプーチンの決定はウクライナ人を団結させ、ゼレンスキーの指導者としての人気は高まった。しかし、長期的にウクライナの民主主義が生き残れるかどうかは予断を許さない。プーチンの好戦的なレトリックは、攻撃が始まったばかりであることを示唆している。

電撃戦による侵略、キエフの急速な包囲により、ゼレンスキー政権が権力を追われる可能性がある。そして銃を突き付けられた状況下での新たな選挙で、プーチンが望む政権が誕生するかもしれない。これらは第2次大戦後の東欧諸国で、ソ連の戦車の影で起きたことと同じだ。結果がどうなるのかはまだ分からない。だが、プーチンの狙いがどこにあるのかははっきりしている。

プーチンはNATO拡大を好まないだろうが、それを本気で恐れてはいないだろう。ロシアは欧州最大の陸軍力を保持しており、この20年間にふんだんな資金を投じた結果、能力も向上している。NATOは防衛的な同盟である。先にソ連やロシアを攻撃したことはないし、将来攻撃することもない。プーチンはそのことを知っている。しかしプーチンは、ウクライナで成功した民主主義に脅かされている。彼は、成功し、繁栄し、民主的なウクライナが国境に存在していることに耐えられない。特に、ウクライナ国民が経済的にも繁栄を始めればなおさらである。それはクレムリン自身の体制の安定を損ない、独裁的な国家指導についてこれまで説明されている理由そのものが問われることになる。彼がロシア国民の意思がに国の将来を導くことを許さないように、同じ歴史と文化をともにするウクライナ国民がそのために投票し、繁栄し、独立し、自由な未来を選び取ることを許すことができない

緊張緩和の可能性は遠いが、さらなる交渉、また制裁への恐れが理論的には、今後数日、あるいは数週間の、ロシア軍のドンバス地方を越えた地域への侵攻を回避できるかもしれない。だが、プーチンがルハンスクとドネツクであれ、ハリコフ、オデッサ、キエフ、あるいはリヴィウであれ、どこで最終的に進軍停止を命じようとも、それが終わりではない。プーチン政権が存続する限り、またはその後も専制政治が続く限り、クレムリンはウクライナに限らず、ジョージア、モルドバ、アルメニアといった近隣国の民主化の動きに対抗し続けるだろう。悲しいことに、ジョージ・ケナンの1947年のフォーリン・アフェーアズの論考「ソ連の行動の源泉」(X論文)の内容はいまだに真理を突いている。

「クレムリンがイデオロギーによって、自らの目的を性急に実現するように求められているわけではない…、ここでは慎重さ、周到さ、柔軟性、策謀が優れた資質とされ…、タイムテーブルに縛られていないために、そのような退却が必要になってもパニックに陥ったりはしない。その政治行動は、目的に向かって、動けるならばどこでも絶えず動いていくような柔軟な流れである」(※1)

プーチンの長期的な戦略について幻想を持つべきではない。長期的な戦略とはウクライナとその周辺国の民主化拡大を、なんとしても阻止するということだ。

バナー写真:ベルギー・ブリュッセルの欧州連合本部ビル(ベルレモン)の前で「プーチンの石油を止めろ」とのスローガンを掲げて抗議する活動家とウクライナの若者ら=2022年3月22日 © Nicolas Landemard/Le Pictorium/Cover Images

編集部注:原文はhttps://www.journalofdemocracy.org/what-putin-fears-most/

翻訳はニッポンドットコム編集部の石井雅仁、監訳はニッポンドットコム編集企画委員会委員長の竹中治堅(政策研究大学院大学教授)が担当した。

The Journal of Democracyは米ジョンズホプキンズ大学出版局が運営。この論文の日本語への翻訳とウェブ掲載について、ニッポンドットコムはThe Journal of Democracy編集部の了承を得ている。

(※1) ^ 編集部注:この部分の翻訳は『フォーリン・アフェアーズ傑作選1922-1999 アメリカとアジアの出会い(上)』(朝日新聞社、2001年)から引用した。

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