岸田新政権の課題

林芳正外相に聞く(前編):「同盟重視」のバイデン政権下で日米同盟の強化急ぐ

政治・外交

nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院教授)が林芳正外相にインタビューし、岸田政権の外交方針の根幹について聞いた。前編は、日米同盟全般に関するやり取りをまとめた。

林 芳正 HAYASHI Yoshimasa

外相、衆院議員(自民党所属、山口3区)。1961年生まれ。東京大学法学部卒。米ハーバード大学ケネディスクール終了(MPA)。三井物産勤務、父の林義郎元蔵相秘書などを経て、1995年の参院選で初当選。参院当選5回、衆院は当選1回(2021年11月)。これまで防衛相、農水相、文科相などを歴任。21年11月から現職。

大きく速い世界の変化に対応

竹中 岸田外交の基本方針として、首相は「新時代リアリズム外交」、林外相は通常国会冒頭の外交演説で「低重心の姿勢」「3つの覚悟を持って」というキーワードで表現している。その意味を具体的に説明してほしい。

 大前提として、(世界の)変化が大きく速いという現実がある。「時代を画する変化」と言える。冷戦終結後の一時期、過度に国際政治の行方を楽観視する見方が出てきたこともあったが、実際はそうはならず、これまでの平和と安定を支えてきた普遍的な価値とか国際秩序への挑戦が厳しさを増してきている。

また、経済的な要因が安全保障を大きく左右するということにもなってきた。こういう背景があって、その現状認識の中でわれわれとしては、先輩方のたゆまぬ努力によって積み重ねられてきた外交的アセット、すなわち「日本に対する信頼」というものを基礎に、岸田内閣では、その「3つの覚悟」(普遍的価値を守り抜く覚悟、日本の平和と安定を守り抜く覚悟、人類に貢献し、国際社会を主導する覚悟)でリアリズム外交を展開する。その外務大臣としての私は「低重心の姿勢」でフロンティアを切り開いていく。

竹中 「リアリズム」が指す意味をどう考えているのか。

 岸田総理の言葉なので必ずしも私の解釈でいいのか分からないが、やはり常々大平総理や池田総理がおっしゃったこと、書かれたことを読んでいると。大平総理は「永遠の漸進主義」ということを言っていて、理想を掲げながらも「この時点で何ができるのか」ということを常に考えてやってきたと。これは外交だけでなく内政もそうかもしれないが、リアリズムという言葉の中には「現実的に判断していく」ということが含まれているのではないか。

「低重心の姿勢」についてだが、これはテニスのプレーを連想してのことだ。早いサーブに対応するには、腰を落として準備する。これによりタメをつくることで、瞬発力にもつながる。逆に、重心が高くなると足をすくわれかねないという面もある。世界の速い変化に対応し、新しいフロンティアを切り開くための心構えだ。

日米同盟:「できることは自分で」

竹中 「日米同盟の強化」を強調し、それが「インド太平洋地域の平和と繁栄の礎である」と話されている。具体的にはどのような形で同盟強化が果たされていくのか。

 今の国際社会の状況を踏まえ、「自分でできることは自分でやる」。つまり政権交代した安倍政権以降はそのような方向性のもとで、安全保障法制をつくり上げてきた。法整備だけでなく、防衛費についても必要な額をしっかり確保していく。こういうことをやりながら、首脳・閣僚レベルをはじめあらゆるレベルで意思疎通を深めていくということだろう。

「自分でできることは自分でやる」ということは、防衛力の増強とともに外交面にも当てはまる。かつて、私が国会議員になった頃は日米同盟での日本は「ジュニアパートナー」との言い方をされていた。米国が圧倒的なスーパーパワーだった時代から、米国の相対的な力は低下している。時代の流れを考える必要がある。バイデン政権は「同盟重視」の外交姿勢だと言われている。この好機を生かして、日米同盟の強化が必要だ。

2021年11月11日のG7/日米外相会談であいさつを交わす林芳正外相(左)とブリンケン米国務長官=英リバプール[外務省提供] (時事)
2021年12月11日のG7/日米外相会談であいさつを交わす林芳正外相(左)とブリンケン米国務長官=英リバプール[外務省提供] (時事)

経済安全保障政策の今後

竹中 経済安全保障を重視するというのも岸田政権が打ち出した大きな方針だ。戦略的な技術・物資供給について同盟国・同志国と協力していく際、例えば米国とどのような交渉をして協力の範囲・体制を組んでいくことになるのか。

 自民党は3年前から(新国際秩序創造戦略本部を立ち上げて)取り組んでいて、私は甘利明座長のもとで副座長だった。山際さん(山際大志郎経済財政・再生相)がその幹事長で、小林さん(小林鷹之経済安保相)が事務局長だったという経緯がある。昨年5月には「中間とりまとめ」(「経済財政運営と改革の基本方針2021」に向けた提言)という、極めて最終とりまとめに近い文書をまとめた。その中で「戦略的自律性と戦略的不可欠性」を保持する基盤整備が必要だとし、この国会に法案を提出する段階になっている。

まずは法制、「経済財政運営と改革の基本方針2021」に向けた提言にもあるように基本法を整備し、その上でサプライチェーンの強靭(きょうじん)化とか、基幹インフラの信頼性強化などに取り組むことになる。今の時点で、米国と具体的に「何が」というところまでは至っていないのではないか。ただ、戦略的不可欠性の面で言えるのは、「日本とはちゃんと、仲良くしておかないとまずいよね」と他の国に思ってもらえるような科学技術力、産業競争力を維持していかなければならない。経済安全保障という面だけでなく、国力を強くしていかなければならないと思う。守る手立てをつくっても、守るべきものがだんだんなくなっていくのではいけない。

まず新技術、高度技術研究の強化という大前提があって、それを秘密特許制度などでしっかり守っていく。そこから先は同盟国・同志国の間で、各国の制度の基準をハーモナイズすることが望ましいと考えている。例えば日米間では昨年の日米首脳会談で、「日米競争力・強靭性(コア)パートナーシップ」を立ち上げた。これはデジタル等の重要技術の競争力強化やイノベーションの推進、サプライチェーンの強靭化などに取り組むという合意だ。新しい基本法のもとで、こういった既存の取り組みをコーディネートしながら、オーストラリアや欧州といった同志国とも連携をとっていきたい。

経済枠組みに関する日米連携

竹中 米国のキャサリン・タイ通商代表がインド太平洋地域の同盟国と友好国と新たな経済的枠組みを立ち上げる考えを示しているが、日本政府としてどのような枠組みを想定しているのか。これは経済安全保障と関係しているのか。また、日本は米国にTPP復帰を働き掛けていくのか。

林 タイ通商代表とは昨年11月に会っている。そこでも議論させていただいたが、米国のインド太平洋地域での経済秩序の維持発展に向けた積極的なコミットメントを示すということだ。この姿勢は歓迎する。この枠組みの下でデジタルとかインフラ、サプライチェーンの強靭化などの例示はしてきているが、まだ「例えば」という段階で、今後もう少し具体的な提案があると受け止めている。経済安全保障の観点から、こちらからの提案もあるのではと考える。

TPP復帰の働き掛けについては、あらゆるレベルで一貫して働き掛けている。タイ通商代表との会談の際にも、私がかつて農水大臣としてどれだけ苦労したかということから始まって(笑)、かなりいろんな話をした。レモンド商務長官にもブリンケン国務長官にも申し上げている。この働き掛けは今後も続けていかなければいけない。

(2022年1月19日)

後編に続く

まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁

バナー写真:インタビューに答える林芳正外相=2022年1月19日、東京・霞ヶ関(撮影・花井智子)

外交 自民党 外務省 岸田政権