岸田新政権の課題

「経済」と「新型コロナ」で問われるかじ取り:岸田新政権がスタート

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新型コロナ対策をめぐり、国内世論の求めに寄り添わない政策を進めて短命に終わった菅政権。岸田新首相はその反省に立って何を目指すのか。各種政策の注目点を解説する。

9月の自民党総裁選で勝利した岸田文雄元外相が、10月4日に第100代となる内閣総理大臣に就任した。菅義偉内閣はこの日総辞職し、在任期間1年の短命に終わった。

長期政権となった小泉純一郎政権(2001-06年)の後、日本では12年12月まで6年以上にわたって短命政権が続いた。その大きな理由は、この多くの期間で与党勢力が参議院で過半数を割り、首相の政権運営が難しかったためである。

現在、参議院では自民党と公明党が過半数を確保しており、「ねじれ」という構造的要因はない。菅政権が短命となったのは、首相の政権運営方法に問題があったためである。新型コロナ危機への対応で世論の動向に寄り添わない政策を続け、国民の支持が離れて失速した。

岸田首相が長期に政権を維持したければ、今回の衆院選で自公の過半数を確保した上で、22年夏の参院選に勝利しなければならない。そのことを念頭に置きながら、本稿では岸田内閣が発足した経緯やその特徴についてまず議論し、手掛けようとしている主要な政策を紹介したい。

菅首相の急失速

菅内閣が退陣を余儀なくされた直接的な契機は、内閣支持率が低迷し、9月に自民党総裁選が予定される中、首相の地元の横浜市で8月22日に行われた市長選で小此木八郎前国家公安委員長が落選したことである。小此木氏は菅首相の側近で、菅首相は、側近の小此木氏を全面的に支援した。このため、今秋には必ず行われる衆院選で首相が自民党の顔となって勝利に導くことができるのか、党内に不安が広がった。そうした中、岸田文雄元外相が執行部への任期制限導入を柱とする党改革を訴えて総裁選に出馬する意向を正式に表明する。

菅首相は早期解散を検討する一方、二階俊博幹事長の交代を柱とする執行部人事の刷新を図るが、いずれも実現できずに求心力を失い、9月3日に総裁選に出馬しないことを明らかにし、実質的に退陣を表明した。

世論と真逆で進んだコロナ対策

菅内閣は2020年9月の発足時、朝日新聞の世論調査で65%という高い支持率を誇った(※1)。新しい政策も次々と打ち出し、デジタル庁創設に向けた取り組みを開始したり、10月の所信表明演説では2050年までに温暖化ガスの排出量をゼロにすることを表明したりした。共同通信の10月の世論調査によれば、58.2%の回答者がデジタル庁新設に「期待する」と回答し、読売新聞の11月の調査によれば温暖化ガスをゼロとする方針を76%の人が「評価する」と答えた(※2)

しかし、その後、新型コロナウイルスの感染症が拡大する中で、首相は世論が期待する政策を実施せず、国民からの支持を失っていく。ここでは3つの事例を挙げたい。

最初の事例は「Go To トラベル」事業である。これはもともと、感染が終息した後の経済回復を後押しするため、旅行代金や宿泊代金を国の負担で割引するものであった。コロナ危機は完全に終息したわけではなかったが、安倍晋三内閣は第一波が収まった7月に東京都を除く地域でこの政策を開始した。菅内閣は、10月1日に東京都を対象地域に加えた。

10月上旬から第3波の感染拡大が到来したのに伴い、世論はこの政策に疑問を示すようになる。例えば11月14日、15日に実施した朝日新聞の世論調査では51%が反対と、37%の賛成を上回った(※3)。しかし、首相は一部都市を対象地域から除外したものの事業全体の継続にこだわり、ようやく12月14日に28日からの政策の全面的停止を決定する。感染の拡大と事業の継続が影響し、12月21日に朝日新聞が発表した世論調査で内閣支持率は前月の56%から39%に急落した(※4)

2番目の例は第3波における緊急事態宣言の発令である。12月28日に読売新聞が発表した世論調査では、66%が宣言発出を求めていた(※5)。しかし、首相は当初消極的で、年明けに東京都と神奈川、埼玉、千葉三県の知事のアピールを受け、ようやく1月7日に宣言を発出した。

3番目の例は東京五輪・パラリンピックの開催である。感染拡大の第3波は3月上旬に収まったが、同月中旬には第4波となる拡大が再び始まる。第4波の期間中、多くの世論調査で、過半数の回答者が開催に反対していた。共同通信の5月の調査によれば開催に59.7%の回答者が反対、無観客あるいは観客数を制限した開催支持の37.8%を上回った。朝日新聞の調査では、中止あるいは延期を求める回答者が83%に上った(※6)。同じ朝日の調査で、内閣支持率は33%に低下している。しかし、菅首相は五輪開催の方針を維持した。

首相は五輪を開催すれば支持率が上向くと考えていたのかもしれない。だが、結果は期待に沿うものではなかった。五輪閉会翌日の8月9日に報じられた世論調査で、内閣支持率は28%にまで落ち込んだ(※7)

岸田氏が勝利した党総裁選

総裁選には岸田氏のほか、河野太郎ワクチン担当相、高市早苗元総務相、野田聖子元総務相が出馬した。岸田氏は第一回投票で議員票146, 党員票110を獲得し、1位となる。世論や一般党員の間で人気があった河野氏は、党員票では4割以上の169票を獲得したものの、議員票は86票にとどまり、1票差で2位となった。高市氏は議員票114、党員票74、合わせて188票。野田氏議員票34、党員票29の計63票だった。決選投票では岸田氏が257票を獲得し、170票の河野氏を制した。

岸田氏が勝利を収めた主な理由は①2020年9月の前回総裁選以降も準備を進めてきたために、まとまった政策を示すことができたこと、②政権を担った場合に岸田氏を支える一定の議員が確実におり、22年の参議院議員選挙まで安定的に政権運営を期待できると多くの自民党議員が考えたこと、③現在の自民党の中で力を持つ麻生太郎財務相や甘利明元経済財政担当相が岸田氏を支持し、高市氏を支援した安倍元首相も最終的には岸田政権誕生を望んでいた―ことが挙げられる。

「新しい資本主義」実現掲げる

それでは岸田首相はどのような政策を手がけるのか。総裁選で発表した内容や10月8日の所信信表明演説、首相の記者会見での発言などを参考にしながら、考察する。

首相はまず、コロナ危機で影響を受けた人々を支援するために経済対策を策定することを再三表明している。また、3つの重要な政策課題として、新型コロナ感染症対策、経済政策、外交・安全保障に取り組むことを強調している。

新型コロナ対応では「最悪の事態を想定した危機管理」を原則とし、3回目のワクチン接種を年内に開始し、電子的なワクチンパスポートや無料PCR検査の拡大を進めると説明してきた。また、人流の抑制や医療資源確保に向けて国や地方の権限を強化し、危機対応の司令塔機能を強化するための法律改正を行う方針を示している。

経済政策の分野では、首相は「新しい資本主義の実現」を目指すことを繰り返し表明してきた。成長の成果を適切に分配し、次の成長につなげる「成長と分配の好循環」を作り出すことも強調している。

首相は成長を促すための政策として、①科学技術立国、②経済安全保障、③デジタル田園都市構想などを掲げてきた。分配政策の柱として①企業に従業員や取引先に配慮する経営を一層促すこと、②中間層拡大のため、子育て世代の住居費・教育費の支援を拡充すること、③公定価格の引き上げにより、看護や介護、保育分野で働く人の収入を向上させることなどを打ち出してきた。

岸田内閣は10月15日に「新しい資本主義実現本部」と「新しい資本主義実現会議」を設置することを閣議決定した。本部長や議長は岸田首相が務める。実現会議には川邊健太郎Zホールディングズ社長や柳川範之東京大学教授などがメンバーとして参加する。

経済安全保障を重要視

外交・安全保障の分野では、基本的に安倍・菅両政権の政策を継続する方針だ。民主主義や人権、法の支配などの普遍的価値を守るため、米国やオーストラリア、インドなどと連携し、「自由で開かれたインド太平洋」の推進を続ける。安全保障環境の変化に対応して国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備を改定する方針を明らかにし、海上保安能力やミサイル防衛能力の強化を図っていく意向も示している。

ワクチン接種の広がりもあって、新型コロナウイルス感染症の状況は改善に転じている。このため、現在、経済政策の内容に関心が高まっている。主に注目される政策課題は次の二つである。

一つは経済安全保障である。これまでの首相の発言から、岸田政権が次の二つを重視していることは明らかである。戦略物資・技術について国内生産拠点の整備を含め、日本の産業の維持・発展に支障の内容の形で強固なサプライチェーンを構築すること。もう一つは輸出管理を含め、重要な技術・物資の対外流出管理を強化することである。

岸田首相は今回、小林鷹史氏を経済安保担当相に、山際大志郎氏を経済財政担当相にそれぞれ任命した。岸田氏が政調会長だった2020年6月に立ち上げた自民党の「新国際秩序創造戦略本部」で、座長を務めたのが甘利幹事長、小林氏と山際氏が事務局長と幹事長として議論を支えた。甘利明幹事長は経済安全保障の問題に早くから関心を持ち、党内議論をこれまで進めてきた。総裁選では、今回政調会長に就任した高市氏も経済安全保障包括法の制定を訴えた。岸田政権では小林、山際両大臣、自民党内では甘利幹事長、高市政調会長が経済安全保障の議論をリードすると予想できる。

「改革」を志向するのか

もう一つ注目されるのは、岸田首相が規制緩和をはじめとして、どれだけ日本経済のあり方の改革を手掛けようとしているのかという点だ。首相は総裁選以来「新自由主義からの転換」を掲げてきた。9月の総裁選に際しては、自らの経済政策を説明する記者会見で「一言で言うならば小泉改革以降の新自由主義的政策、これを転換する」と言い切り、新自由主義的政策は「富める者と富まざるもの、持てるものと持たざる者の格差分断を生んできました」と評価している。

一方、所信表明演説では「改革」という言葉に首相は言及しなかった。このため、改革姿勢を明確にしないことに、一部で批判も出ている(※8)。こうした評価を意識したのか、10月14日に首相はデジタル臨時行政調査会を発足させることを改めて表明し、デジタル改革、規制改革、行政改革を進めると明言した。

読売新聞が新内閣発足直後10月4日、5日に実施した世論調査で、回答者が内閣に最も期待する項目として挙げたのが「景気と雇用」「新型コロナウイルス対策」だった。(※9) 岸田新政権の行方は、この二つの課題に取り組む際、国民からの支持を維持できるかどうかにかかっている。

バナー写真:国会で第100代首相に指名され、官邸に入る自民党の岸田文雄総裁=2021年10月4日午後、東京・永田町(時事)

(※1) ^ 『朝日新聞』2020年9月18日

(※2) ^ 『共同通信』2020年10月18日、『読売新聞』2020年11月10日

(※3) ^ 『朝日新聞』2020年11月17日

(※4) ^ 『朝日新聞』2020年12月21日

(※5) ^ 『読売新聞』2020年12月28日

(※6) ^ 『共同通信』2021年5月16日、『朝日新聞』2021年5月17日

(※7) ^ 『朝日新聞』2021年8月9日

(※8) ^ 『日本経済新聞』2021年10月9日

(※9) ^ 『読売新聞』2021年10月6日

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