台湾有事阻止のために日米で万全の抑止力を:防衛力増強など新たな政策が必要
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4月16日、菅義偉首相は、バイデン新米大統領がホワイトハウスに迎え入れた最初の外国人首脳となった。大統領は、中国という戦略的競争相手と対峙するために最も重要な同盟国の首脳を選んだ。それが日本の菅首相だった。
日米共同声明では、「台湾海峡の平和と安定」「両岸問題の平和的解決」という文字が躍った。半世紀ぶりのことである。
50年前の「台湾問題」と中ソ対立
1969年11月21日、ワシントンを訪問した佐藤栄作首相は、日米共同声明において、台湾地域の平和と安全が日本の安全にとって極めて重要だと述べた。当時、中華民国(台湾)は、米国の同盟国であった。戦後、日本は、大日本帝国から分離された朝鮮半島南部と台湾島の防衛を、日本に拠点を置く米軍に委ね、日本の周辺地域が力の真空となることを防いだ。それが吉田茂首相によって生まれ、岸信介首相が改訂した日米同盟による地域安全保障の構想であった。佐藤首相が朝鮮半島のみならず台湾に言及することは論理的であった。
同じ1969年、中国は極東シベリアのウスリー川にあるダマンスキー島に人民解放軍を突撃させた。愛琿条約(1858年)、そして第二次アヘン戦争後の北京条約(1860年)で、ロシアはアムール川以北とウスリー川以東の広大な土地を大清帝国から裂き取っていた。ウラジオストクの建設はこの時に始まる。さらにロシアは、国境となった両河川中の島々のほとんどを占領していた。
後発の共産国家としてスターリンの風下に立ち、ソ連を上目遣いに見ていた毛沢東は、スターリンの死後、後を襲って西側と「雪解け」を演出したフルシチョフに対して公然と反抗するようになった。揚げ句の果てがダマンスキー島攻撃である。
ロシアは、近代的なロシア軍を大規模に動員した。数では毛沢東の人民解放軍が圧倒していたが、先に工業化を進めた近代的なロシア軍は強大であり、かつ、ロシア軍には米国と張り合うほどの核兵器があった。中国は貧しく混乱していた。当時のロシアは、「大躍進」運動で2000万の中国人を餓死させ、文化大革命で権力闘争のただ中にあった毛沢東が勝てるような相手ではなかった。モンゴルのチタから北京までわずかな距離である。ロシア軍が中国を蹂躙(じゅうりん)することも考えねばならなかった。
ロシアの反攻を危惧した中国は、西側に転がり込んで日米の戦略的パートナーとなった。当時の中国には、台湾問題よりもソ連の方が差し迫った脅威であった。米中国交正常化、日中国交正常化が実現した。その結果、台湾は中国の正統政府としての地位を失った。ロシアに全神経を集中する中国に、台湾を侵攻する余力があろうはずはなかった。こうして中台戦争の危険も去り、台湾は日米同盟の関心対象ではなくなった。
李登輝の台湾と「ミサイル危機」
台湾問題が急浮上するのは、1990年代、李登輝総統が台湾の民主化に踏み切り、「私は台湾人である」と連呼して初めての総選挙に臨んだ時である。台湾に新しいアイデンティティが芽生え始めた。それが中国共産党を恐怖させた。
現在の中国は満州族が支配し、ウイグル人、チベット人、モンゴル人、漢人が連合していた大清帝国を下敷きにしている。19世紀以前には、中国という国名さえなかった。近代的な中国人としての民族意識は、日本の明治時代を通じてゆっくりと倒壊した大清帝国の中で育まれてきたのである。大清帝国には満漢蒙回蔵と呼ばれた多くの民族が含まれていた。大清帝国を下敷きにして中国という民族国家を作ることは至難の業であった。
中国共産党は、「共産中国」人という新しい国民的アイデンティティを創出することに失敗した。そもそも無神論で、かつ、暴力を肯定して革命と独裁を信奉する共産主義は民族的アイデンティティの核になれない。人の心の芯に座ることが出来ない。キリスト教の愛と啓蒙思想の自由を心の芯に据えた米国人は、全く異なる歴史を持つ3億の移民を「アメリカ人」という強烈なアイデンティティでまとめ上げている。これに対し、ソ連もユーゴスラビアも、最後は破裂して多数の少数民族が飛び出した。
90年代に鄧小平の指導の下に改革開放に舵を切った中国は、共産主義イデオロギーを捨て、新しく愛国主義を共産党の正統性に据えて、再び国家統合を果たさねばならなかった。中国共産党は、台湾人が自分たちは台湾人だと叫ぶのを聞いて、チベットやウイグルや内モンゴルに思いをはせながら、中国がバラバラに分裂するかもしれないと恐怖したであろう。
中国は演習と称して台湾沖に多数のミサイルを撃ちこんだ。米国は空母機動部隊の派遣をもってこれに応えた。未だ国力の小さかった中国は、深い屈辱をのみ込んで引き下がった。
中国共産党の正統性に必要な「台湾回復」
あれから20年以上が経つ。今や、中国の経済規模は米国の4分の3に迫った。2030年までには経済規模で米国を抜くと言われている。中国の軍事費は未だ米国の4分の1だが、いずれ米国に追いつくであろう。その大きさは現時点でさえ、日英仏独伊加といった米国を除く先進工業民主主義国家(G7)の防衛費の総額に匹敵するのである。東アジア地域における軍事的均衡は、どんどん中国に有利に傾きつつある。
1990年代、鄧小平は、イデオロギーとしての魅力の枯渇した共産主義に代えて、中国共産党による建国神話を持ち出した。中国共産党は150年にわたって中国を蹂躙した日欧米の帝国主義勢力と駆逐し、蒋介石を台湾に追いやって中華人民共和国を建設し、今日の繁栄を築いたという神話である。中国人は、幼いころから国民教育を通じて150年の屈辱の歴史を繰り返し教え込まれ、愛国主義を燃え上がらせた。
官製の愛国主義は、中国が世界第2位の経済大国となった今日、毒となった。中国人は力による一方的な拡張主義に陶酔するようになった。今、中国人は、大清帝国の版図を回復し、かつての朝貢国に対する影響力を回復することを当然と考えるようになっている。その中国にとって、国共内戦の怨敵蒋介石が逃げ込み、また、日清戦争の後に日本に奪われた台湾を取り戻すことは当然の権利であり、また、台湾の回復こそが共産党の正統性を担保するためにますます必要となっている。
台湾の蔡英文総統は、バランスの取れた外交で現状維持を目指しているが、中国は容赦しないであろう。共産党独裁の中国が、台湾住民の自由意思を尊重することはない。台湾住民の幸せな暮らしも尊重されない。毛沢東と並ぶレガシーを求める習近平主席には、台湾進攻の意図も能力もある。問題はタイミングだけである。
菅総理とバイデン大統領の共同声明に、台湾海峡の平和と安定という文字が躍るのは、この厳しい戦略的現実があるからである。
台湾有事は日本有事
台湾有事は日本有事である。重要影響事態だの存立危機事態だのと、いつもの法律論がかしましいが、そんな悠長なことを言っていられる事態ではない。北朝鮮の南側には60万人の軍隊を持ち、世界10指に入る経済力を誇る大国韓国が控えている。朝鮮有事になっても、日本への攻撃は弾道ミサイルに限られる。しかし、台湾有事はそうはいかない。台湾は与那国島からわずか100キロの距離にある。晴れた日には水平線に巨大な台湾島が姿を見せる。
時速数千キロの戦闘機が飛び回る現代戦の戦域は広い。台湾有事が開始されれば、中国はすべての台湾の海底ケーブルを遮断し、台湾を海上封鎖し、台湾島周辺に広大な戦闘区域を設けて他国の軍艦、軍用機はもとより、商船、民航機でさえ武力で侵入を拒否するであろう。そこには与那国、西表、宮古、石垣、尖閣といった麗しい島々が含まれ得る。日本の先島諸島は物理的に巻き込まれるのである。
台湾有事が起きれば、中国は、台湾の一部と主張する尖閣の奪取に動くであろう。航空優勢、海上優勢が失われれば、中国兵による先島諸島の保障占領もあり得ないことではない。陸上自衛隊が、近年、与那国島、宮古島、石垣島に基地を開いているのは、二度と沖縄に戦火を被らせないという決死の覚悟の現れである。
北東アジアで米国が頼れるのは日本だけ
令和の厳しい戦略的現実を前に、自由で開かれたインド太平洋構想は日米で共有され、クワッド首脳会談(オンライン)、日米「2+2」会合、そして、日米首脳会談と立て続けに重要な会談が開かれた。日米同盟強化に向けた外交の滑り出しは順調だ。日米外交当局の努力の賜物である。
だが、これからは、その肉付けが問われる。米国と肩を並べた中国を、国内の分裂に苦しむ米国が本当に抑止できるのか。北東アジアに北大西洋条約機構(NATO)はない。韓国の文在寅左翼政権は、台湾に背を向けるであろう。オーストラリアは南半球だ。頼みの米陸軍第I軍も米海兵隊第一遠征軍も一万キロ離れた太平洋の彼方である。しかも、中国は、第一列島線の内側に絶対に米軍を入れまいとしてA2AD(接近阻止・領域拒否)構想の実現に余念がない。極超音速対艦中距離ミサイルも登場してきた。不安材料は多い。
北東アジアで米国が頼れるのは、実は同盟国の日本だけである。日米同盟が中心となって北東アジアに台湾有事阻止のための万全の抑止力を組み上げなければならない。米軍来援前に短期間で台湾を落とせると中国軍が過信すれば、台湾有事は勃発し得る。日本の責任は重いが、それは台湾防衛のためだけではない。先島を始めとする日本の防衛のためでもある。
中国の人口は既に減少に転じている。早晩、それは労働人口に跳ね返る。中国の昇竜の勢いは永遠ではない。今後30年しないうちに、新常態と呼ばれる中国経済の成長にも陰りが出る。中国は米国の経済規模を抜くが、日本や英国、欧州、オーストラリア、韓国、インドなどを合わせた西側全体の経済を抜く日は来ない。中国の人口を早晩上回ると言われているインド人の平均年齢は中国人より10歳も若い。すでにインドは、日本の半分の経済規模にまで成長している。中国は世界大の覇権国家にはなれない。アジアの覇権国家にしかなれない。西側が団結すれば未だ中国の関与は可能である。
西太平洋の自由主義社会を支える上で、もっとも大きな圧力がかかる竜骨が、日米同盟である。防衛力増強、防衛予算拡充、経済安全保障政策の実施など、平成とは非連続な令和の安全保障政策が必要である。なさねばならないことは目白押しである。今、日本は、ようやくその入り口に立っただけである。未だ巨大化を続ける中国を前に残された時間は少ない。
バナー写真:2021年4月16日、米ホワイトハウスでマスクをして記者会見場へ向かう菅義偉首相(左)とバイデン米大統領(AFP=時事)