米中対立激化の行方を読む(下): 大統領選の結果次第で変わるシナリオ
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対中国で「タフさを競い合う」米大統領選
川島 民主党の大統領候補、バイデン氏の対中国政策をどう考えるか。
佐橋 対アジア政策、外国政策全般で理論的な中枢を担っているのはジェイク・サリバン氏(編集部注:オバマ政権で国務省政策企画本部長、バイデン副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めた)だと思う。彼の諸論文やバイデン氏の名前で発表されているフォーリン・アフェアーズ誌論文(2020年3月号)などから、多少の手掛かりは得られる。
民主主義、人権という面を重視していくのは間違いない。フォーリン・アフェアーズ論文では「グローバル民主主義サミット」を提起し、それと対照的な形で中国を意識している。今の米国の雰囲気は、トランプ氏とバイデン氏の「どちらが中国にタフなのか」というアピール合戦になっている。こういった中で、バイデン氏は「自分こそ経験を持っていて、タフになれるんだ」「時に習近平とディールしてしまったトランプとは違うんだ」ということを強調しようとしている。
細かく見ると、バイデン氏は良くも悪くも「外交の力を信じている」ことが読み取れる。中国とも外交を重要視するし、同盟国と協調して外交圧力をかけていくことも重要視する。グローバルな問題、例えば気候変動や環境問題、貿易ルールの形成といった分野では中国と直接外交をし、人権、民主主義の問題では他国と協力して中国に圧力をかけるというアプローチになるだろう。
もしバイデン政権が誕生すれば、トランプ流の貿易戦争はなくなる。また、不用意な「中国共産党批判」もなくなるだろう。他方で、ハイテク分野の輸出管理、投資規制などの方向性は変わらないのではないか。バイデン氏になった方が、中国にとってはむしろ厳しいという見方もある。2016年の大統領選挙で中国が恐れたのは、人権問題を重視していたヒラリー・クリントン候補だったことも思い出して欲しい。
そして、民主党では新政権の高官の多くはトランプ政権と異なり、政権入り経験者になるだろう。すぐに仕事ができる、ということだ。
中国への圧力は「同盟国との協調」通じ
川島 民主党は気候変動や環境問題、地球温暖化といった課題に強い関心を持つが、これらを前に進めるには中国と交渉し、折り合っていく必要があるのではないだろうか。そのため、もしバイデン氏が政権を握ったら、米国はトランプ政権の対中政策を修正し、中国との協調を選んでいかざるを得ないのではという見方もある。
佐橋 気候変動やアフリカの開発といったグローバルな問題では、中国との関係はオバマ政権と同じような形で、協調も選択肢から排除せずに進んでいくのだろうと思う。新型コロナ対策など、グローバルな保健・衛生問題でも協調すべき点は協調する。ただ、この中でも「ウイルスの起源問題」とか、「WHO(世界保健機関)をめぐる問題」とか、中国に対して軟弱だと見られかねない点のかじ取りは難しいものになるだろう。中国と協調する点、同盟国と協調して中国に圧力をかけていく点との両方が出てくるだろう。
川島 ある意味でオバマ政権の路線に戻るようにも見えてしまう。オバマ政権の時代はサイバー問題でも南シナ海でも、中国は米国の理解とかなり違う行動を取っていったものの、中国をengageすることはもちろん、shapeすることも難しかった。また、トランプ政権になってからは、テクノロジーをめぐる問題が両国対立で前面に出てきている。それに関連して、サプライチェーンの問題もある。テクノロジーの問題は、安全保障や覇権維持などの面で中国に「圧力をかける」部分と、グローバル・アジェンダとして協調してもいい部分が共存している。つまり、テクノロジー問題は、軍事安全保障と経済の双方に関わっていて、どちらかで米中対立、どちらかで米中協調などと単純化できず、非常に複雑な対応が迫られる分野でもある。民主党はこの点をどうクリアするのだろうか。
佐橋 オバマ政権時の「教訓」というのは確実に民主党に残っていて、当時政権にいた高官が後に書いた論文などでも「自分たちは間違っていた」という整理はしていると感じる。この5、6年で、米国の中国に対する「不信の構造」というのは、かなり出来上がっている。だから、オバマ政権と「アプローチが似ている」ということにとどまるのではないか。もう中国を「根本から変える」というのは期待できないかもしれないが「中国の目の前の行動を変えさせる」と、関与政策に戻るのではなく、より賢明なアプローチで中国との競争を行うと、そのような政策方針になるのだろう。
川島 そのような米国の意図をどの程度中国が受け止めるのかは未知数だ。中国がengageやshapeという米国の伝統的な対中政策を米国の思惑通り受け止めていたかも、もはや疑わしいからだ。目下、中国にとっては「中国の核心的利益」に米国が触れてくるのかどうかが最大の関心事だ。台湾とウイグル、チベットの問題というのは中国にとって非常に大きい問題で、さらに現在は香港の問題まである。このあたりに米国が関与してくると、両国関係はとても折り合えないということになる。それは「新型大国関係」という言葉は使えないということと同義であり、中国が対米政策を転換する可能性を意味する。バイデン氏が大統領になった場合、これらの問題にどのような対処をすると考えるか。特に台湾についてはどうか。
佐橋 香港、ウイグルの問題は「人権」の問題であり、事態は深刻化しているので、民主党政権になったとしてもアプローチをそう簡単に変えるという話ではない。一方で、台湾は中国の政治的、経済的な影響力と対峙する前線ともみられてきた。この4年間で、台湾をめぐる問題はワシントンでも強く意識され、民主主義の角度からも重要視されるようになった。しかし、それでも民主党はトランプ政権が行っていたほどに蜜月ぶりをアピールするようなやり方は、台湾に対してはとらないのではないかと思う。
川島 米国と現在「蜜月状態」にある台湾に対して、中国はこれから台湾企業にさまざまな圧力をかけてくるだろうし、軍事レベルでも領空侵犯など強い揺さぶりをかけている。もしバイデン政権が台湾と一定の距離を取ったとしても、中国は台湾に対して軍事的な圧力を強めていくだろう。東アジアの今後の安全保障環境が懸念される。台湾は蔡英文政権が今後4年間続くわけだが、米大統領選の結果によって対応を迫られるだろうし、米中対立で高度技術のデカップリングが進むことになると、台湾の半導体業界などが「板挟み」になることも考えられる。
佐橋 その通りだ。ファーウェイが設計した半導体の製造を台湾TSMC社が担えなくなるように、米国の輸出管理は強化された。このように中国経済への依存を減らすように米政府が働きかける展開は当面変わらない。それが東アジアのサプライチェーンに及ぼす影響は、日本や韓国にも大きくなってくるだろう。
民主党政権なら「グローバル課題への対処」に変化も
川島 ここで、話を少し違う角度からしてみたい。米中関係を見ていく上で、先ほど議論になったグローバル・アジェンダの問題は、非常に重要だと思う。今回、トランプ氏はWHO(世界保健機関)を脱退する意向を示すなどして大騒ぎになったが、さまざまな国際機関で中国、そして新興国が重要な役割を担ってきているというのは前々から言われている。米大統領選でもしバイデン氏が勝利した場合、民主党はトランプ政権とは違い、グローバル・アジェンダには米国としてしっかりと関与していくということになるのだと思う。
そこは米中両国の協調の場になる一方で、米国は以前のようにこの分野でイニシアチブを発揮するため、どのような方策をとるのか。民主党内ではどのような議論がされているのだろうか。中国は現在、この分野で資金を出し、人材を出し、アフリカなどの途上国に対しては各国別に具体的に関与するということをやっている。
佐橋 そこは、トランプ氏との違いを際立たせる分野として、まず同盟国との協調、国際社会との協調を進めるだろう。後者で中核となるのは国際組織と国際法の重視だ。WHOに対しては、政府だけでなく多額の資金を拠出する民間の財団を含め、「元通り以上」の関与をしてもおかしくはない。民主党政権となれば法とルールに則ったアプローチに戻ることになる。
トランプ氏再選なら「貿易戦争復活」も
川島 「バイデン氏が大統領になったら」という仮定の話をかなり長くしてしまったが、しかし、新型コロナや人種差別デモなど米国内がこれほど混乱する中でも、トランプ大統領は一定の支持率を維持している。そうした意味で、再選される可能性も十分あるわけだが、そうなると2期目のトランプ大統領は米中対立の「イデオロギー化」をさらに進めると予想するか。
佐橋 大統領選挙の行方は、まだ分からない。今後大きく変わってくる要素として、一つは経済の指標がある。秋には戻ってくるかもしれない。また、民主党が「自滅する」ことも考えられる。バイデン氏の失言とか…。そこで副大統領候補選びが重要になる。(トランプ氏の)岩盤支持層は確かにあまり揺らいではいないが、宗教保守層の支持は弱まっているとも言われ、ここは不安要素かもしれない。
トランプ氏が再選された場合の米中関係だが、2期目はこれまでの延長線上でかなり厳しい。その上、貿易戦争が復活する可能性もある。こうなると、米国の同盟国の間でも、トランプ流の対中アプローチに付いていくことが難しい国が多くでてくるのではと懸念される。
川島 中国の状況を言うと、2021年が大事な年だということを先に話したが、22年は習近平氏の任期が終わる年になる。習近平政権が続くのかどうかも含め、21年22年は非常に重要な時期となる。この時の米中関係かどうかというのは、中国の国内政治の面でもかなりの決定的要因になる可能性がある。米国のカレンダーと中国のそれとは若干違う。その点も頭に置く必要があるだろう。
日本は「先進国間の団結」強める動きを
川島 さて、その米中対立の激化に伴う日本の立ち位置についても考えてみたい。新型コロナウイルスの感染爆発で、オーストラリアと中国との関係は大幅に悪化した。欧州諸国と中国との関係も、まだら状だが全体としてやや悪くなっている。先進国の多くが非常に厳しい視線を中国に向ける中、日本は若干違うアプローチをとっている。米国の同盟国の中で日本は今回どのようにみられているのか、また米国自身が日本をどう見ているのか、この点についてはどう考えるか。
佐橋 まず「日本の立ち位置はこうあるべきだ」という点から話す。一つには、自由主義、民主主義が秩序の中心にあるように動くべきだ、ということであり、中国のリーダーシップには慎重であるべきだ。他方で、繁栄を支える安定の実現が重要とも考えるべきだろう。つまり、自由主義という目標と安定という目標のすり合わせの中に日本の戦略なり、外交政策が立案されることがよい。それでは、どういうアプローチがいいのかというと、批判のための批判ではなく、その時その時のベストを考えながら中国を意識した「先進国協調」であり、ルール形成を進めることだ。その観点に立てば、G7にプラスして民主主義の新興国を加えるのはいいことだ。
私は5月28日のファイブ・アイズからニュージーランドを除いた4カ国(米国、英国、カナダ、オーストラリア)による中国批判声明に日本が乗らなかったということは、それほど否定的に解釈される話ではないと思う。一番重要なのはG7で、容易ではないがその団結が重要だ。そこに民主的な新興国が加わって、協調の中でルールをつくったり外交圧力をかけていくことがいい。そうなると、中国も対応せざるを得なくなる。そうなれば日本だけが報復的な行為の標的にされることもなくなるだろう。G7に韓国、インド、オーストラリアという、このあたりの枠組みが重要になる。
川島 中国は、その横の連携を断ち切りたい。今は中国とオーストラリアとの関係は最悪で、日本はまあまあいい、ドイツはやっと中国に近寄ってきたと、先進国がまだ一枚岩になっていないように見えているのだろう。米国とその同盟国の関係とその連携、それを断ち切る方向の中国とのせめぎあいが今後、2020年の後半に出てくるのだろう。
佐橋 日本は、その先進国間の団結を強める外交を目指すべきだ。まだそれを進める力はある。米国、または英国の外交戦略に乗るだけではダメで、これまで培ってきた諸外国との「幅の広い関係」を活用し、包み込んでいく。そういったアプローチが必要だ。
企画・構成:ニッポンドットコム編集部(対談は2020年6月10日にビデオ会議で行った)
バナー写真:新型コロナウイルスの感染者が再び増加している中国・北京で、防護服を着用してスポーツセンターでウイルス検査に当たる医療従事者ら=2020年6月15日(ロイター/アフロ)