人類の天敵「ウイルス」

人類の天敵「ウイルス」(1):果てしない「軍拡競争」

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新型コロナウイルス感染症が世界で拡大しているのを受け、世界保健機関(WHO)事務局長は3月11日(日本時間12日未明)、「パンデミック」(感染症の世界的大流行)を表明した。40億年前の「生命の誕生」の頃に出現したウイルスは、マスクを素通りするほど小さい。だが、最も原始的な微生物であるウイルスが、地球で最強の人類を繰り返し襲いかかり、無数の犠牲者を出してきた。ウイルスこそ、人類にとって唯一の天敵である。両者の果てしない戦いを、連載で見つめていく。

40億年前に出現したウイルス

人間は昔から感染症(以前は伝染病とも言った)を恐れ、医学を発達させ、また公衆衛生を向上させてきた。すると、ウイルスら微生物も、薬剤に対する耐性を身に付け、対抗してくる。人間が免疫力を高めれば、ウイルスはさらに強い毒性を持ってくる。人間がワクチンを開発すれば、その裏をかくようにウイルスは「新型」を繰り出してくる。

「まさに軍拡競争ですよ」。環境ジャーナリストで、「感染症の世界史」(洋泉社刊)の著書もある石弘之さん(79)は指摘する。

石 弘之氏:環境ジャーナリスト・環境学者。朝日新聞記者を経て、国連環境計画上級顧問、東京大学と北海道大学の大学院教授、ザンビア大使などを歴任。『地球環境報告』(岩波書店)、『私の地球遍歴―環境破壊の現場を求めて』(講談社)など著書が多い。
石 弘之氏:環境ジャーナリスト・環境学者。朝日新聞記者を経て、国連環境計画上級顧問、東京大学と北海道大学の大学院教授、ザンビア大使などを歴任。『地球環境報告』(岩波書店)、『私の地球遍歴―環境破壊の現場を求めて』(講談社)など著書が多い。nippon.comではシリーズ「日本の自然:破壊と再生の半世紀」を連載。

「私たちは、過去に繰り返された感染症の大流行から生き残った『幸運な先祖』の子孫。そして、ウイルスもなんと40億年前の太古から変幻自在に姿を変えて生き続けてきた『幸運な先祖』の子孫ですから」

こう説明する石さんによると、ウイルスには何千万種類あるが、問題のコロナウイルスは紀元前8000年ぐらいに原型ができた。その後、じっとしていたか、こっそりと感染を起こしていたかは不明だが、野生動物や家畜に潜んでいたと思われる。2002年から翌年にかけ、SARS(重症急性呼吸器症候群。中国が発生源)となって人間を襲った。世界で感染者8000人超、死者774人を出した。

次に12年、MERS(中東呼吸器症候群。サウジアラビアで確認され、韓国などに広がり、世界で感染者約2500人、死者858人)に姿を変えて襲ってきた。「SARSはハクビシン、MERSはラクダが仲介したと推定されている。ラクダは全く想像できなった」と石さん。

巧妙に変身した「新型コロナ」

「1万分の1ミリ」と言われるコロナウイルスと、人間との関わりが明らかになったのは1960年代。当初はかぜの原因となるウイルスの一種と見られ、さほど注目されることはなかった。石さんは、「わずか60年で、コロナウイルスは次々と遺伝子を変えて、巧妙に進化している」とみる。

SARS、MERSに続いて3回目の変身で登場したのが、今回の「新型コロナウイルス」。2002年のSARSウイルスは感染者がほとんど重症化して肺炎を発症したので、すぐ感染が分かり、対策をとれた。しかし、今回の新型はすぐに見つからないよう、軽症や無症状の感染者を大勢つくって、封じ込めを困難にさせている。さらに、無症状感染者にも感染力を持たせる、恐るべき“工夫”までして、感染拡大を続けているのだ。

ウイルスら微生物にとって、人間ら哺乳動物の体内は温度が一定で、栄養分も豊富な恵まれた環境だ。だから、なんとかして人間に潜り込み、繁殖して、子孫を作りたい。

石さんは、両者の競争をこう例える。「投手(ウイルス)が打者(人間)の弱点を探し、色々な球種を繰り出して打者を打ち取ろうとする。これに対し、打者は打ち返そうと頑張る」

今風にいえば、コンピューターへの侵入を図るハッカーとの戦いだ。人間の細胞は、パスワードでカギを閉めてウイルスを侵入させないようにしているが、ハッカー(ウイルス)はあらゆる手段を使ってパスワードを見つけ、侵入しようとする。ウイルスは猛烈な勢いで変異をつくり出し、たまたまその中でカギ穴に合うカギを見つけ出したやつが侵入してくるから、人間はかなわない。でも、人間側はまたカギ穴をふさいで侵入させないようにする。その競争です」

新型コロナウイルスとの戦いの決着を、石さんはこう予測する。「今はパンデミックでウイルスに負けているが、たぶん1年以内には収束すると思う。そして、また10年後か20年後に姿を変えて、やってくるでしょう」

東京五輪・パラリンピックについては、「パンデミック宣言が出て、これまでの例だと終息宣言するまで半年から1年ぐらいかかっている。もし、日本が感染患者をゼロにしても、パンデミック宣言が出ている中で、世界の人々が集う五輪・パラリンピックが開けるものなのか…」と首をひねる。

新型コロナウイルスの感染が広がるイタリア北部・ロンバルディア州のブレシアで防護服姿の医師に手を引かれる患者の高齢女性。イタリアでは3月12日、新型ウイルスの感染者数が1万5113人、死者数が1016人となった。死者が千人を超えたのは、今回の震源地である中国に次いでイタリアが2番目(撮影:Luca Bruno/AP/アフロ)
新型コロナウイルスの感染が広がるイタリア北部・ロンバルディア州のブレシアで、防護服姿の医師に手を引かれる患者の高齢女性。イタリアでは3月12日、新型ウイルスの感染者数が1万5113人、死者数が1016人となった。死者が千人を超えたのは、今回の震源地である中国に次いでイタリアが2カ国目(撮影:Luca Bruno/AP/アフロ)

シルクロードで悪病の東西交流

ウイルスによる感染症は、人類の歴史に大きく関わってきた。40億年前に現れたウイルスより、はるかに遅れて20万年前にアフリカで誕生した現世人類の祖先は、12万5000年前ごろにアフリカ大陸を出る。その後、6万~5万年前に各大陸に広がっていく。

なぜ、彼らは移動を始めたのか。食料を求めて、あるいは気候や環境の変動に追われたのか。「アフリカで動物からの感染症を逃れるためだったという説もある」と石さんは指摘する。多くの人が病気で死んだので、そこを脱出するため、移動が始まったとも考えられるのだ。

ユーラシア大陸の東西を通る「シルクロード」は交易路として知られるが、人の往来と共に病気も運ばれて、悪病の東西交流となってしまった。東から西にはペストが、西から東には天然痘や麻疹(はしか)。双方で、新しい感染症に免疫がなかったので、大流行となった。

人の移動には意図しないお供がいた。ネズミやゴキブリ、ノミ、寄生虫などで、多くの細菌やウイルスも一緒に移っていった。これが感染症を広める要因になった。このため、交易で栄えたはずの漢と、古代ローマで人口が激減。両帝国が衰退する一因にもなった。

コロンブスによる15世紀末の新大陸到達後も、病気の交流が起きた。スペインの征服者が欧州の病気を新大陸に持ち込んだ。特に天然痘や麻疹が猛威を振るい、多くの先住民が亡くなった。反対に新大陸からは梅毒が伝わり、またたく間に欧州全土に広がった。

ウイルスが第1次世界大戦を止めた

全世界に流行したパンデミックの第1号で、感染症の歴史の中でも最も悲惨だったのは、第1次世界大戦のさなかの1918年に発生した「スペインかぜ」だった。震源地とみられる米カンザス州の基地で兵士がバタバタと死んだ。欧州の戦地に送られた米兵の中に感染者がいたので、たちまちインフルエンザが欧州全域に流行した。さらに、欧州からの船が寄港したアフリカ大陸に飛び火。そして、インフルエンザウイルスは港から港へ、また鉄道などで内陸部にも運ばれた。発達してきた交通網に乗って、感染が世界中に広がっていった。

1918年から全世界で流行した「スペインかぜ」の震源地とみられる米カンザス州の陸軍基地キャンプ・ファンストンに設けられた臨時病院(Science Photo Library/アフロ)
1918年から全世界で流行した「スペインかぜ」の震源地とみられる米カンザス州の陸軍基地キャンプ・ファンストンに設けられた臨時病棟(Science Photo Library/アフロ)

「人の居住地域で流行を免れたのは南太平洋のニューギニアや、アマゾン川河口の中の島などしかなかったと言われているぐらい、地球を総なめした。今の新型コロナウイルスは高齢者が感染しやすいが、スペインかぜは20~40歳代の若者に感染者が多いという特徴があった」と石さんは説明する。

第1次世界大戦で、狭い塹壕(ざんごう)にすし詰め状態で戦っていた兵士にもウイルスは襲いかかり、病人や病死者が続出。このため、各国軍の兵士は闘争力を失い、また徴兵世代にも患者、死者が多かったので、戦争継続が困難となり、大戦の終結が早まった。

ウイルスが戦争を止めたとは、皮肉の話だ。しかし、スペインかぜで亡くなったのは、諸説あるが世界で推定1億人を超える(うち日本内地は約45万人)とも言われ、大戦の戦死者約1600万人の数倍にもなった。まさにウイルスは戦争よりも多くの人を殺す、人類にとって唯一の天敵なのである。

バナー写真:新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(NIAID-RML/AP/アフロ)

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