袋小路の日韓と北東アジアの安全保障:戦略的思考で歩み寄りを
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危機に直面するタイミングでの対立激化
歴史家は将来、現在の日韓のあつれきを振り返ってどのような評価を下すだろうか。おそらく東アジアの危機が高まる中で、ソウル、ワシントン、東京のそれぞれが戦略的なミスを重ね、そこでどうすべきか困った両国がぶつかり合ったとみるのではないか。2019年の夏から秋にかけ、日米・米韓同盟への脅威が高まった。中国とロシアは日本と韓国の防空識別圏(ADIS)上空で初の共同爆撃機訓練を実施した。韓国はこうした露骨な威圧行動に連携して対抗するのではなく、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄すると発表した。
一方、北朝鮮は核兵器能力の増強と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)のテストを続けた。それは本来なら、日米韓の緊密に連携した圧力と抑止の対抗措置を促すはずのものだった。だが、韓国と日本はごくささやかな防衛交流でさえ行うことができず、米韓軍事演習も2018年のシンガポールでの北朝鮮との合意によって実施できないでいた。
そして、そこにはドナルド・トランプ米大統領の存在がある。彼は韓国に対し、米軍駐留経費負担(「特別措置協定」と呼ばれる)を12月までに何と5倍に増やすよう要求した。これは大統領がツイッターで突然、韓国からの米軍撤退を公言するのではないかという恐怖を高めた。そして、ワシントンを訪れた日本と韓国の当局者は、日本自身の安全保障にとって不可欠なこの前方防衛線を維持すべく、ワシントンの同盟勢力と力を合わせて努力するのではなく、両国間の対立でそれぞれの立場を支持してくれるよう米側に働き掛けることに主として力を注いだ。
こうした状況になった責任は誰にあるのだろうか? それは2つのレベルで考える必要がある。つまり戦術レベルと戦略レベルである。戦術レベルでは、米国だけでなくオーストラリアや英国といった他の同盟諸国の政府の中にも、主として韓国の文在寅大統領に責任があるという点で幅広いコンセンサスがある。
私はホワイトハウスや戦略国際問題研究所(CSIS)にいた間、何度か文在寅氏と話をしたことがあり、個人的には彼が生来の反日派とは思っていない。だが、現在の青瓦台は進歩派の人々であふれており、彼らは財閥や外務省、米韓同盟、対日関係など、韓国における全ての保守派支配構造を弱体化させることを目指している。
韓国の進歩派の保守派組織への全面的な攻撃姿勢はある意味、民主党の鳩山政権下で小沢一郎氏が行った、経団連や外務省、日米同盟など標的にした攻撃に似たものがある。
韓国がもたらした関係悪化
文在寅大統領は、4つの面で日韓関係の危機をもたらした。第1の打撃は、1965年の日韓国交正常化条約で韓国政府が全ての賠償請求権を放棄したにもかかわらず、原告が三菱重工などの日本企業を訴えることができると判断した韓国最高裁の決定についてだ。
韓国当局は、条約は韓国国民の権利を侵害していると主張。また、この訴訟における前最高裁長官の捜査や、韓国の左派の人々が条約を結んだ朴正熙政権が非合法で、非民主的だったと見なしていることもあり、事態は複雑化した。
国際世論は、帝国主義の犠牲者としての韓国に一定の幅広い同情心を抱いているかもしれない。だが、それでも政府が外交協定をこれほど簡単に覆すことができるという主張は支持しないだろう。実際、米国やオランダなどの国々では、日本企業に戦時賠償を求めた訴訟の全てにおいて、裁判所は原告の訴えを退けている。各国の政府は訴訟の中で、「そのような賠償は全て日本との平和条約によって放棄している」と意見書を出している。
文政権はそうした意見書を準備せず、最高裁は既に1965年条約が国民の権利を侵害していると判断していると論じた。その議論は事実に反しているわけではないものの、韓国政府はもっと明確な立場を示すことができたはずだ。
第2の打撃は、2018年末におきたレーダー照射事件だ。事件は日本の海上自衛隊のP1哨戒機と韓国海軍の駆逐艦の間で起き、両国政府とも、相手側が事実を曲げて事件を伝えていると主張している。米政府はこの問題で、事件を調査したり仲介に乗り出したりするというより、関わるのを避けようという姿勢が強い。だが、事件とそれに伴うソウルと東京の非難合戦は、関係悪化を一段と進めた。
文政権による第3の打撃は、日韓GSOMIAの停止決定だった。この措置はトランプ政権から初めて強い反応を引き出し、ランディ・シュライバー国防次官補らの高官が決定を撤回するよう韓国に求めた。米国がこうした今までにない強い反応を示したのは、GSOMIAが直接米国の安全保障上の利益に影響するからであり、米国防長官が韓国国防相から、GSOMIAは日韓の政治トラブルの影響を受けないと伝えられていたからだった。その直後、青瓦台は国防省の方針を覆して協定停止を強行した。
米当局はGSOMIA破棄について、情報共有の運用に否定的影響をもたらすとの立場を明確にしてきた。なぜなら、米当局はそうなれば、日本と韓国の間の軍事情報伝達を日米韓3国情報共有協定(TISA)を通じて行わなければならないからである。それは面倒でリスクの大きいやり方であり、時間がかかりすぎてミサイル発射などの緊急時に反応するには間に合わない。また、北朝鮮の魚雷あるいはミサイルが韓国船に向かっているのを日本の自衛隊が探知し、米軍部隊が周辺にいなくて情報中継役を務められないといった場合などを想定すると、ほとんど役に立たないことが分かるだろう。
そして第4の打撃は、2015年に安倍首相と当時の朴槿恵大統領の間で結ばれた慰安婦問題に関する合意からの離脱を文在寅大統領が示唆したことだ。しかし4つの中では、最高裁の決定が最も危険かつ最も厄介なのものとなっている。
日本側の動き(とりわけ一部技術について輸出管理の「ホワイト国」から韓国を除外するという決定)は実際の違反に基づいており、国際的ルールにも則っている。ただ、決定のタイミングについては別の話だ。「韓国側の措置とは全く関係ない」という日本の主張を信じる当局者は、ワシントンには1人もいない。
こうした全ての理由から、戦術レベルで言えば、現在の日韓関係悪化の責任は主として韓国政府側にあるというのがコンセンサスとなっている。実際、文政権は日本との対決で劣勢に立たされており、政治・経済・外交面で立場が弱まっている。
フリーハンドを得る中国
では戦略レベルでは、どう考えるべきだろうか?
日本は、外交・経済・政治面での衝突においては韓国に勝利するかもしれない。しかし、アジアで最も重要視すべきなのは中国との戦略的競争であり、そして現在の日韓対立の最終的勝者は明らかに中国である。
中国はアジアにおけるヘゲモニーと、米国が持つ2国間同盟網の弱体化を目指している。それは2014年4月に提唱された習近平のビジョン(アジア人によって=つまり米国ではなく中国によって=安全保障が管理されるアジア)に直結するものだ。
逆に言えば、中国の南シナ海におけるグレーゾーン威圧行動をめぐって、米国や日本ができる最も効果的な方法は、そうした威圧行動が米国のアジアにおける2国間同盟網を刺激し、集団安全保障組織の形成に向かう可能性を示すことだ。その警告シグナルは日米豪印の4カ国グループによってある程度伝えられているが、中国は戦略的に最もセンシティブな地域である朝鮮半島で勝利を収めつつあると考えている。
同じことは北朝鮮の核の脅威についても言える。この問題で北朝鮮に自由にさせないよう中国に圧力をかける最も効果的なメカニズムは、日米韓の防衛協力を強化することだ。だが、中国は今、そのことを心配しておらず、当然ながらその結果、中国の対北朝鮮制裁の履行は不十分なものとなっている。
日本の姿勢が誤っているというのではない。しかし、朝鮮半島に対するヘゲモニーを目指す中国の長期的野心を考えると、日本の対韓政策が現状のままでいいとはとても言えない。日本政府は今問題となっている個々の対立点で原則的立場を維持しつつ、韓国人に善意のシグナルを送り、日本にとっての米韓同盟の重要性をはっきり口にし、あるいは開発や女性のエンパワーメント、次世代ネットワーク「5G」の技術研究といった面での協力強化に向け、政治分野の対立を今ほど強調しないようにすることが可能なはずだ。
5G技術では、もしNECとサムスンが先端協力を続ければ、ファーウェイの技術を使うことなく、より強力なシステムをつくり出せるだろう。軍指導部や財閥、保守派政治家たちを含め、多くの韓国人が現状を残念に感じていることを日本は思い出し、これら勢力を後押しする必要がある。
自民党の有力指導者の間では、この問題で最善の手は関係を凍結し、文在寅大統領が政権の座を去るのをただ待つことだという考えがある。日本がイラン、ロシア、さらには北朝鮮(いずれも国際社会と日本の安全保障に、民主主義の韓国よりずっと大きな難題をもたらしている)との無条件対話に向けてを手を変え品を変えて提案していることを考えると、韓国にはなぜこうした立場をとっているのかを理解するのは難しい。意見対立にもかかわらず、関係の維持・改善に投資するという同じ知恵を、その気になれば韓国にも適用するできるはずだ。
「受け身」でいられる状況にはない
ワシントンの専門家は概して、トランプ政権が日韓関係のさらなる悪化を防ぐため、ソウルにGSOMIAを停止しないよう最近求めた以上の措置にほとんど関心を示していないことにショックを受けている。国務、国防両省のキャリア当局者は、日韓に介入するよう自分たちのボスを説得することができないでいる。それはおそらく、トランプ大統領自身が国外で米国の利益を推進する際に、同盟国とチームを組もうという気がないことを反映している(彼は明らかに、各国をばらばらにし、個々の国に取引をめぐって圧力をかけるのを好んでいる)。
またトランプ政権内部には、進歩派と言われる文在寅政権に対するイデオロギー上の反感と、日本の保守政権への共感もある。私はそうした感情がよく理解できる。なぜなら、私のボスだったジョージ・W・ブッシュは、小泉純一郎首相とは緊密な信頼関係を、韓国の盧武鉉大統領とはイデオロギー的にぎくしゃくした関係を持ったからだ。だが、ブッシュ大統領は米国の地政学的利益から、韓国を味方に付けておく必要があることを理解しており、彼は自分を抑えて盧大統領の対北朝鮮姿勢のぐらつきや度重なる日米批判を我慢した。
そして、韓国は今、われわれの味方に付いている。韓国国民の対中世論は、北朝鮮の高まるミサイル脅威から韓国を守る高高度防衛ミサイル(THAAD)システムの配備をめぐって、中国が韓国企業をボイコットしたことで悪化している。韓国国民は大多数が米国との同盟を支持している。そして韓国は民主的規範へのコミットメントを日米と共有している。
文在寅氏が大統領である限り、あるいは少なくとも2020年4月の国会議員選挙まで、日本としては韓国との間で物事を前に進めようがないということなのかもしれない。だが、それは私には、中国と北朝鮮が韓国を中立化させ、彼らそれぞれが持つ全火力を日米同盟に集中させることを目指している時に、驚くほど受け身の姿勢だと思える。中国と北朝鮮は文在寅が去るまで、時間をかけようとはしていない。それゆえ、日本も米国もゆっくりしていてはならない。
急がなければならない別の要因として、トランプ大統領が明らかに朝鮮半島から米軍を撤退させたいと考えていること、そして韓国との特別措置協定交渉がうまくいっておらず、既に危険なことに、金正恩氏との3回目の首脳会談でトランプ氏は平和を達成し、半島から米軍部隊を撤退させると宣言していることがある。在韓米軍の撤退は、日本に破滅的結果をもたらす。米議会の圧倒的多数はそうなれば、大統領に反対するだろう。だが、もし日本と韓国が1つの声で話すようになれば、米議会もことを運ぶのはずっと容易になるだろう。
「落としどころ」は探せば出てくる
日韓のよりよい関係構築を目指して深くコミットしている両国の企業、軍、外交関係のリーダーらと話をすると、新たな「落とし所」を探ることへのひそかな支持を多く耳にする。ただ、ほとんどの人はそれを公然と口にする用意ができていない。その落とし所は3つの要素を持つことになろう。うち2つには米国が関係してくる。
第1に、日米韓は3カ国による輸出管理会合を開き、韓国のホワイト国リスト全面復帰を可能にする措置を支援する。これは理論的には2国間ベースでも可能ではあるものの、政治的には米国の参加が有益だろう。第2に、日米韓は高官レベルの3国情報政策会議を開き、GSOMIAをより良いものに修正し、11月半ばのデッドラインを越えて協定を維持できるよう、韓国の顔が立つような方策を見出す。
第3に、韓国は戦時徴用問題を総合的に検討する賢人会議を設置する(韓国の著名な元外交官、魏聖洛が提案している)。それは国民感情の熱が冷める時間を稼ぎ、日本資産の原告への配分を止める根拠を韓国の裁判所に与えるだろう。賢人会議は最終的に、韓国の政府と民間セクターが、日本の自発的基金とともに、原告のために資金を拠出する枠組みを提案するのが好ましい(韓国の民間セクターの多くは資金拠出を支持している)。日本の自発的基金は日本の個人や基金、企業が両国間の理解増進のため、望むなら拠出できる形にする。
ただ、私はソウルあるいは東京で、近いうちにこれを進めようと提案するリスクをとる政治指導者がいるとは思わない。
今の段階でできる最善の手は「後回し作戦」によって、日本資産の配分という極めて大きな打撃を与える次のステップ(そうしたエスカレーションは日本の報復とさらなるエスカレーションを招くに違いない)を少なくとも先送りすることかもしれない。だが、受け身の姿勢が選択肢であってはならない。
原文英語。バナー写真:国連総会出席を機会に米ニューヨークのホテルで会談する安倍晋三首相(左)と韓国の文在寅大統領=2018年9月25日(聯合/アフロ)