米中“新冷戦”

特集・米中“新冷戦”(1)狙い撃ちされる中国の地技学的台頭:テクノヘゲモニー論再考

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米中対立の様相は、かつての米露対立とは異なり、軍事と経済、そして情報通信技術のという各分野での覇権争いが相互に絡み合う点にある。

2019年2月半ば、ドイツのミュンヘンで55回目となるミュンヘン安全保障会議が開かれた。日本の防衛省によると、この会議は「欧米における安全保障会議の中で最も権威ある民間主催の国際会議の一つ」とされている。

もともとは冷戦時代のドイツと米国の二国間対話として小さく始まったが、今では会場に入りきれないぐらい多くの人が世界各国から詰めかけ、各国の首脳・閣僚がこぞって参加する大きな会議になっている。今年は米議会から52人もの現役議員が参加した。長年、常連として参加していた故ジョン・マケイン米上院議員を記念した賞も創設された。

実はミュンヘンは地政学と縁が深い。1923年11月、ドイツのミュンヘンでアドルフ・ヒトラーらはミュンヘン一揆と呼ばれるクーデター未遂事件を起こした。逮捕されたヒトラーは、ランツベルク刑務所の中でカール・ハウスホーファーと出会う。ハウスホーファーは日本に滞在したことがあり、それを元に博士論文を執筆、地政学の創始者の一人となった。ハウスホーファーの生存圏の考え方を、ヒトラーは自分の思考に取り入れた。現在のミュンヘンには、ナチスの足跡をたどる「第三帝国ツアー(※1)」という観光ツアーもある。

そして、2019年の会議はまさに地政学的な対立を反映した場となった。

米中のつばぜり合い

会議2日目の午前、メイン会場のステージに立ったのは米国のマイク・ペンス副大統領だった。ドナルド・トランプ大統領の娘イヴァンカ・トランプもミュンヘンを訪問していたが、大統領の名代となったのはペンス氏である。

もともと冷戦時代に米独対話として始まったミュンヘン安全保障会議は、北大西洋条約機構(NATO)とソ連/ロシアの対立が焦点であった。実際、NATOの事務総長もスピーチを行い、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相もスピーチを行っている。

しかし、今年の会議では、ペンス副大統領が中国批判を強く行ったことが印象的であった。米中間の貿易摩擦だけではなく、中国の情報技術(IT)メーカーであるファーウェイ(華為技術)の問題にも踏み込んだ。同社や中国の通信企業は「中国の法律で北京の巨大なセキュリティ組織にデータを提供するよう要求されている」と批判したのだ。そして、米国の重要インフラストラクチャを守るとともに、米国のセキュリティ・パートナーとなる国々も同様にそうした企業を拒否するよう呼びかけた(※2)

ファーウェイの創業者である任正非は中国人民解放軍とのつながりが強く、同社は中国政府、中国共産党、そして人民解放軍の要求に従わざるを得ないと米国政府は見ている。そして、任正非の娘であり、ファーウェイの最高財務責任者(CFO)である孟晩舟が、米政府の求めによって12月1日にカナダで拘束されている。直接の容疑は、イランへの経済制裁に違反してファーウェイが取引を行ったことについて偽証したという点にあるとされているが、米中の貿易摩擦・経済摩擦に関連していると見る向きが強い。

ペンス副大統領は、自らの演説が終わると、質問を受け付けることなく会場を後にした。そしてその直後にステージに上がったのは、中国の楊潔篪・前外相であった。楊は中国政治のトップ7である中国共産党中央政治局常務委員会には入っていないが、中央政治局員であり、中共中央外事工領導弁公室主任でもある。このポストは、中国政府の外交部長(外相)より格上であり、実質的な外交政策の責任者である。楊は駐米大使も務めた米国通の中国政治家として知られている。

しかし、ペンスの厳しい発言の後、楊も反論せざるを得なかった。手元のテキストを読み上げながら、「ファーウェイはヨーロッパ諸国にとても密接に協力している会社であり、第4の産業革命のためにみんなで協力しなくてはならない。中国の法律は企業にバックドアを作らせ、情報を集めることは求めていない(※3)」と述べた。

この楊の発言を疑問視する声は強い。国防法や国防動員法、サイバーセキュリティ法などを使えば、中国共産党、中国政府、そして人民解放軍は中国の民間企業を通じた情報収集は可能だと見られている。筆者が話を聞いた米政府の元高官は、「中国政府が米国内の中国人やその家族に対して強圧的に情報提供を迫っている実態を把握している」として、圧力を受けた中国人や中国企業は情報提供を断ることはできないだろうと見ている。これまで起きていないからといって、今後も起きないとは限らないというのが米政府の根強い疑念である。「韜光養晦」に努めていた中国が、習近平国家主席の指導の下で牙を見せ始め、トランプ大統領の虎の尾を踏んだという指摘もしばしば聞かれる。

ペンス副大統領の警告

ペンス副大統領が中国を批判するのは初めてではない。2018年10月4日にはワシントンDCのハドソン研究所で演説を行い、中国共産党は自由で公正な貿易に反する一連の政策を採用しており、知的財産の窃盗や産業への補助金も含まれるとした。そして、中国でビジネスをする代わりにトレード・シークレットを渡すように米国企業は強制され、経営権を奪われることもある。さらには、最新鋭の軍事技術の設計図を含めて米国の技術の大規模な窃盗を中国のセキュリティ機関が背後で操っていると指摘した。そうした窃盗を北京がやめない限り、対抗措置を執り続けると宣言した(※4)

ファーウェイの孟晩舟CFOが逮捕されたのは、このペンス演説から2カ月後だった。

技術覇権をめぐる争い

地政学(geo-politics)は第二次世界大戦の頃から使われている言葉だが、近年では地経学(geo-economics)や地技学(geo-technologyないしgeo-science and technology)という言葉も使われるようになっている。

米中対立は、米露対立とは様相が違う。米露はかつて米ソとして冷戦を戦った間柄だが、対共産圏輸出統制委員会(COCOM)などを通じて技術的な移転が制限され、米ソの間の経済的な相互依存関係は低く、現在の米露間もそうである。特に現在はウクライナをめぐって経済制裁が行われている。ロシアは経済制裁の解除を求めているが、米国との経済関係というよりは欧州との経済関係に基づいている。

しかし、中国の発展は、同じ共産国でありながら、米国からの寛大な支援によって支えられてきた。米国内には、中国が共産主義でありながらも、いずれは民主化し、米国が望む大国になるだろうという心情的な親中派が少なからずいた。中国がソ連と対立したことも大きい。だからこそリチャード・ニクソン政権は1972年に電撃的に米中和解を進めた。ところが、経済的に発展した中国は民主化を進めず、軍事的な拡張を目指し、ついには米国の覇権に挑戦する意図を隠さなくなってきた。

現在の米中摩擦は、かつての日米経済摩擦とも異なる。確かに米国は経済的に台頭する日本を1980年代から90年代にかけて徹底的に叩いた。しかし、日本には軍事的拡張の意図はなく、日米の軍事的な同盟は堅持された。中国は経済的にも軍事的にも挑戦しようとしている。それも米国の技術を不正な形で盗みながらそうしようとしている。トランプ政権はそう認識している。

技術と国際政治との関係では、かつて薬師寺泰蔵がテクノヘゲモニー(技術覇権)論を展開した。国家は技術によって台頭する。その際、国家は先行する技術大国から技術をエミュレーションする。エミュレーションとは単に模倣するのではなく、競争的な環境の中で模倣しながら、何かオリジナルなものを加えることで、先行する技術大国を乗り越えるとする議論である。

テクノヘゲモニー論の視点から見れば、現在の米中はクリティカル・ポイントにさしかかっている。いずれ人口増が頭打ちになり、高齢化社会に進むことが明らかな中国は、今のうちにできるだけ高みに登っておかなくてはならない。そのためには人工知能(AI)をはじめとする新たな技術において米国を凌駕する優位を築かなくてはならない。それに対して米国は、技術覇権国の地位を明け渡さないために中国への技術移転を徹底的に封じ込め、中国の技術的台頭を食い止めなくてはならない。

地政学、地経学、そして地技学の論理がスパイラルのように絡み合いながら国際政治を動かしている。それが現在の米中摩擦の本質である。

バナー写真:中国・北京の家電小売店の店頭に掲げられた、華為技術(ファーウェイ)のロゴマーク。写真に写り込んだ影は、中国外交部(外務省)の建物=2019年1月29日(AP/アフロ)

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