日本の財政・健全化への課題

なぜ日本の消費税率はOECD平均を下回っているのか?

経済・ビジネス

現在の日本の消費税率(8%)は、他の先進諸国と比べてもかなり低い。その理由は、戦後長く続いた大蔵省(現・財務省)の「所得税中心主義」、そして一般消費税導入・税率引き上げを目指した歴代政権が選挙に負け続けたことが挙げられる。

三党合意・税率引き上げ延期と官邸主導の時代

「アベノミクスの成功を確かなものにするため、消費税率の10%への引き上げを18カ月延期する。国民に信を問う」。2014年11月、安倍晋三首相は衆院を解散した。

租税政策における政府に対する党の機関の優位は、度々問題とされてきた。09年、民主党は政権の座につくと、党税調を廃止して政府税調に一本化した。その民主党政権は当初、消費税率引き上げに消極的だった。しかし、リーマンショック後に税収が急速に落ち込む中、方針転換を余儀なくされた。

社会保障の強化を名目にすれば有権者の理解が得られると考えた菅直人首相は、消費税率の引き上げに着手。11年に経済財政担当大臣に起用した与謝野馨が財務省のバックアップを受け、15年度までに段階的に10%に引き上げる案をまとめ、それに菅がお墨付きを与えると言う官邸主導の形で進めた。続く野田佳彦首相も、ガス抜きの場として党税調を復活させたものの、官邸主導で税制改革を推し進めた。

こうした動きに、自民党の党税調幹部たちも同調した。自民党税調は党内を取りまとめ、民主党案を容認し、最終的に「14年4月から8%、15年10月から10%」とする案で民主・自民・公明の三党合意に至り、消費税増税法案は12年8月に可決、成立した。

その年、自民党は政権に復帰。12月に発足した第二次安倍内閣では、官邸スタッフに経産官僚が重用された。アベノミクスを掲げる安倍は増税による景気の腰折れを懸念し、三党合意の履行に積極的な姿勢を見せなかった。

14年4月からの引き上げも、経済産業省の求める法人税改革と抱き合わせる形で、ようやく了承された。財務省が官邸や経産省と折衝し、党税調は蚊帳の外に置かれた。この時、財務省は8%に引き上げてもGDPのプラス成長が見込まれるという予測を安倍に報告していた。しかし、実際はマイナス成長となった。

安倍は財務省への不信感を募らせ、14年11月の引き上げ延期、衆院解散につながっていく。総選挙の結果、与党はほぼ現有議席を維持した。さらに安倍は16年6月にも税率引き上げを再度2年半延期する方針を表明した。

これらの増税延期は官邸と経産官僚が主導したと言われている。財務省、党税調は政策決定過程から外された(※4)。17年の総選挙でこそ、安倍は予定通りの引き上げを宣言したものの、2%引き上げで生じる5兆円強の増収分の半分程度を子育て支援などに充てることを公約に掲げた。借金を返済する予定だった増収分が政策経費に回る。財務省が目指す財政再建は遠ざかる。

消費税と今後の日本政治

取引高税の失敗とシャウプ勧告は、官僚主導の時代に一般消費税の導入を遅らせた。所得中心主義から宗旨替えした主税官僚たちは、税率引き上げは個別消費税よりも一般消費税の方が政治的に容易だと考えた。しかし、一般消費税に前のめりになった歴代政権は選挙に負け続けた。このことから、相当な覚悟がないと消費税には手を出せないという空気が政界では支配的となった。族議員の全盛期、安定した選挙地盤を有する者が多かったインナーたちは、ときに有権者にとって厳しい決断を下した。しかし官邸主導の時代には、与党党首としての首相は党勢全体を考えて判断しなければならない。

とはいえ、2017年の総選挙で安倍政権が、使途の組み替えはあっても正面から消費税率の引き上げを掲げて勝利したのは日本政治では画期的である。永田町の風向きも変わるかもしれない。

一方で、自民党内での党税調の影響力低下に代わり、存在感を強く持ち始めたのが連立相手の公明党である。安倍は10%引き上げ時に軽減税率の導入を決定するなど、公明党に配慮した。公明党は支持基盤である低所得者層への配慮から、消費税制を見つめる傾向にある。自公連立政権が続く限り、公明党の動向も注視するべきだろう。

いずれにせよ、消費税を巡る意思決定の重心の位置の変化は、日本政治全体の重心の変化を反映する。すなわち、中央省庁(官僚)から党(族議員)へ、党から官邸(首相)へ。消費税制の今後は官邸の主人が握ることになる。このパラダイムに乗る限り、それが誰であれ。

参考文献

  • 石弘光『現代税制改革史 終戦からバブル崩壊まで』東洋経済新報社(2008年)
  • 泉美之松・忠佐市・平田敬一郎(編)『昭和税制の回顧と展望 上巻』大蔵財務協会(1979年)
  • 加藤淳子『税制改革と官僚制』東京大学出版会(1997年)
  • 上川龍之進『小泉改革の政治学: 小泉純一郎は本当に「強い首相」だったのか』東洋経済新報社(2010年)
  • 岸宣仁『税の攻防』文藝春秋(1998年)
  • 木代泰之『自民党税制調査会』東洋経済新報社(1985年)
  • 清水真人『財務省と政治』中公新書(2015年)
  • 真渕勝『大蔵省統制の政治経済学』中央公論社(1994年)
バナー写真:2012年6月の「消費大増税採決に反対する超党派国民集会」で気勢を上げる(壇上右から)志位和夫共産党委員長、亀井静香前国民新党代表、民主党の鳩山由紀夫元首相ら=東京・永田町の憲政記念館。民主党は消費税増税法案の賛否を巡り、同7月に多数の離党者を出した(時事)

(※4) ^ 毎日新聞 2016年6月1日 東京朝刊

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