天皇退位

天皇退位は「緊急避難」、だが先例にも:御厨貴氏インタビュー

政治・外交

天皇陛下の退位を巡り、政府は退位を「一代限り」で可能とする特例法案を近く国会に提出する。この問題で安倍晋三首相に諮問され、議論の絞り込みを行ったのが政府の「有識者会議」(座長・今井敬経団連名誉会長、メンバー6人)。座長代理を務めた御厨貴氏に、これまでの経緯を聞いた。

御厨 貴 MIKURIYA Takashi

東京大学名誉教授。同大学先端科学研究センター客員教授。専門は日本政治史、オーラル・ヒストリー。1951年、東京生まれ。歴史研究の観点から関係者に直接聞き取りするオーラル・ヒストリーの手法を日本に持ち込み、政治家を中心に多くの調査を実施。2007年からTBSテレビの政治討論番組「時事放談」の司会を務めている。

「象徴としての務め」強調した退位のメッセージ

——天皇退位を巡る動きはメディアの先行報道と、昨年8月の陛下ご自身による「ビデオメッセージ」から始まった。天皇陛下の「お気持ち」を、どう受け止めたか。

印象的だったのは、普通の国事行為ではなく、「象徴としての務め」を陛下がさかんに強調されたことだ。考えてみれば東日本大震災、また熊本の地震でもそうだが、大災害が起こるたびに陛下は慰問の旅に出られる。そこで被災された人々と交流されている。第2次世界大戦の慰霊の旅も続けられている。そういう行為というのは「象徴」として、相当意識されているのだなと感じた。

その務めが高齢のため、もうやりきれない。だから、それを次の皇位継承者に譲りたいというメッセージだ。これは非常に感動的だが、同時に私がもう一つ感じたのは、今の陛下が皇太子殿下に、これを全部背負わせるのは「やや酷ではないのか」ということ。これは後の有識者会議の場でも、皆さんが言われていた。昭和天皇には昭和天皇の、今上陛下には今上陛下の生き方があるわけで、次までこれを縛っていいのかなというのは、今でも私は疑問としては持っている。

もう一つは、殯(もがり)=葬送儀礼=のことだ。天皇が亡くなった時に数年にわたり行われ、そこに大量の人を動員する。昭和天皇の時のご自身の経験もあり、これをそろそろ簡潔にしてはというメッセージだった。天皇である地位を退けば、大喪の礼のような仰々しいものはなくて済むと。これには「なるほど」と思わされた。

3番目だが、「国民に寄り添う」ということを強調された。その真意は、ある意味「旅する天皇」ということだ。宮中にいるだけでなく、積極的に外に出る。テレビの時代となり、陛下が外に出て国民と交流する姿こそが今の天皇にふさわしいのだという意向を示された。

摂政を置くか、退位を認めるか

——「お気持ち」の中に、退位のあり方についてのメッセージは含まれていたと感じたか。

「摂政はダメである」と、このメッセージは強く出ている。陛下がもしご不自由ならば「摂政を置かれたらいい」、国事に関していえば「臨時代行を置かれたらいい」という議論にすぐなる。憲法上、保証されているからだ。ただ、これは有識者会議の議論の中で気付いたことなのだが、摂政を置くことができるのは、陛下が人事不省、意識がなくなった時に限られる。摂政を置く要件を変更すればいいという議論もあるが、そうなると皇室典範を改正しなければならない。

そこで、有識者会議では「まずは、国事行為(編集部注:法律や条約の公布、国会の召集、大臣や官吏の任免、外国の大使、公使の接受など、憲法で天皇が行うと決められた形式的・儀礼的行為)を減らせないか」ということから議論した。これはなかなか難しい。次に公的行為、例えば慰霊の旅に出るなど、こちらの「象徴としての務め」に関してはどうか。これも宮内庁は「減らせるものは、ずいぶん減らした」ということだった。

そこで、われわれの議論の中で「摂政というのは無理だろう」と、また皇室典範の改正を考えるのだったら、退位ということも同時に議論すべきだという方向になった。「退位を認めるかどうか」。これがわれわれの会議の第1の論点となった。第2には、仮に退位を認めるならどういう認め方にするか。「一代限り」にするのか、あるいは(特別法でも)皇室典範と関連づけた中間的なものにするのか、または皇室典範を改正して、天皇が恒常的に退位できる制度にするのか、大体3つの考え方に分けることができた。

このプロセスの中で、憲法学者や宗教学者、皇室担当のジャーナリストなど、16人の方々にヒアリングをした。意見はさまざまだったが、私は「(退位に)賛成、反対は問題ではなく、各々がその結論を導き出した理由について着目し、議論の流れを“寄せて”いく」ことに気を配った。

ヒアリングを終えての議論では、やはり「摂政を置くのは無理」という結論になった。本人の意思を受けて摂政を置くというのは、それは政治行為になる。今の憲法上は許されない。退位についてだが、陛下の声を直接反映することは(憲法上)できないけれども、現に「退位したい」という意思があることははっきりしている。だから、これは認めざるを得ないという結論になった。

退位が先にくる皇位継承変更にはためらい

最終的に、われわれは「一代限り」という退位の仕方がいいと選択した。その理由だが、これまでの天皇の代替わりは本来、崩御が前提だった。亡くなって初めて皇位継承が行われるということだ。今回、恒常的に天皇が生前退位できるという法律を作るということになると、「崩御」の前に「退位」が来てしまう。

そうなった場合、(天皇が)高齢化すると、必ず(退位すべきなのかどうなのかという)「本人の意思」とか「周囲の恣意」が入る。退位を認めるかどうかの決定は、ものすごく危うくなる。「高齢条項を入れたらいい」という意見もあったが、「何歳で区切る」と一概に決めることは退位を強制することにつながるので、「まず無理だな」ということになった。

「早くやる(法制化に結び付ける)」ことが大事なポイントだというのも会議のコンセンサスで、やはり「一代限り」が最適という方向になった。

——皇室典範の条文の中に「退位」の規定は何もない。崩御だけが前提の皇位継承に、新しく退位を書き加えるのは「ハードルが高い、急には行けない」という理解でいいか。

もしそう(制度化)だとすると、第1に退位ありきで、退位しない天皇が崩御されるのが第2の場合ということになる。そうなると明治から150年間続けてきた皇統のあり方にも大きな変化を与えることになる。それを今の段階で早急に決めていいかどうかというのは、われわれの間にもややためらいがあった。まずは「緊急避難」「人道的な問題」として、特別法でいくのがいいという結論になった。

しかも次の天皇の将来の状況、そのまた次の天皇の状況にあてはまる要件を(法律に)書いていくのは非常に難しい。抽象化した法律では、恣意的に使われてしまう。加えて、退位の自由を認めるとするなら皇位継承を拒む自由も出てくる。そういう可能性をたくさん作ってしまうのは、今の時点でわれわれが議論するのは僭越(せんえつ)なのではと考えた。

「一代限り」でも、先例としての事実は残る

ここから先は私の個人的解釈だが、今回の結果で退位が実現した場合、いくら「一代限りの法律で決めました」と言っても、明らかに一つの事実として残る。今後は皇室の中でも政治家、国民の間でも「退位というのがあり得るのだ」「崩御、または退位」という認識になっていく。今回の「一代限り」の特別法は、ある意味で慣例法化していくだろう。

——有識者会議が今回の議論を行う上で、世論調査の動向などは意識したか。また、特に重視した点は何か。

メディアと対立してきた安倍政権にとっては異例なことだと思うが、今回に限っては「われわれは国民の、世論の動向を重視する」という姿勢。そのため、われわれも記者会見で「今後のプロセスで、どうぞ世論調査をしてください」と各種のメディアに呼び掛けた。この問題が公になった当初は、世論調査でも9割が「退位賛成」だった。

しかし、退位の在り方については「恒久法」を支持する人が多く、「一代限り」は当初は20%ぐらい。次第に「一代限り」を是認する割合が増えてきたのだが、これが10%、20%ぐらいに留まったままだったら、われわれも止まって考えざるを得なかったと思う。

もう一つ。ヒアリングした16人の専門家の意見は取捨選択せず、テーブルの上にすべて並べて議論した。「誰の」主張かというのは隠して、それぞれの主張そのものを並べてみて、主要な論点について意見をグループ分けし、整理することを重視した。

聞き手:石井 雅仁(ニッポンドットコム編集部)
インタビュー写真撮影:石原 敦志

バナー写真:ベトナム、タイ訪問を終え、帰国された天皇、皇后両陛下=2017年3月6日、東京・羽田空港(時事)

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