コーポレート・ガバナンス 東芝不正会計から学ぶべきこと
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組織的に実行、継続された不正会計
総合電機メーカーの東芝は不正な会計処理を行い、2009年3月期から14年4~12月期までの決算について税引き前損益で2248億円に上る減額修正を発表した。日本を代表する一流大企業で、しかもコーポレート・ガバナンスでは先進的な企業と目されてきた東芝が、なぜこのような不祥事を起こしたのか、驚かされる。
同社の不正会計問題を調査した弁護士や公認会計士による第三者委員会(委員長=上田広一弁護士、元東京高等検察庁検事長)は、7月20日付の調査報告書で指摘する。「経営トップらの関与等に基づいて、不適切な会計処理が多くのカンパニー(社内分社)において同時並行的かつ組織的に実行又は継続された」と。
しかし調査報告書は、経営トップらについて「関与」したという表現にとどめ、はっきり「指示」したかどうか明らかにしていない。7月21日に辞任した田中久雄前社長は記者会見で「不適切な会計処理を指示した認識はない」と発言。「利益のかさ上げや損失の先送りなどの不適切な会計処理がなされていたとの認識はない」とも言っている。
ガバナンス体制は「仏作って魂入れず」
関わったトップや幹部、社員の動機は、金銭的な利得などの明確な目的によるものではなさそうだ。裏金を作って自分のポケットに入れるとか、取引業者からリベートを得るなどが行われた形跡は、今のところ見られない。せいぜいトップらであれば世評を気にしたり、部下なら社内での保身を図ったりする程度のことしか推測できない。
動機も指揮命令関係もあいまいなまま、東芝は田中前社長の言う「140年の歴史の中で最大のブランドの毀損(きそん)」を招く不祥事を起こしたことになる。第三者委員会の調査報告書は、「上司の意向に逆らうことができない企業風土」を大きな問題点として挙げている。経営トップらが「当期利益至上主義」により、部下に収益改善を求めて強烈な圧力をかけ、それに逆らえない部下たちを「不適切な会計処理」に走らせたという見立てである。
トップの意向に応える形で、広範囲に組織的に行われた不正だけに、根が深い問題である。特定の不心得者の指示による不祥事ならば、原因は単純で、特異なケースとして片付けられる。しかし今回の東芝の問題は組織風土も絡んでおり、似通った体質の他の日本企業にも、決して無縁とはいえない。
では何が本質的な問題だったのか。東芝はコーポレート・ガバナンス体制の整備に前向きに取り組んできた。しかし無力だったわけである。「仏作って魂入れず」というほかない。形をいくら立派に整えても、トップ経営者の意識が低ければ機能しない。役員や社員が「長い物には巻かれろ」という姿勢ならば、歯止めは無い。
田中前社長らの引責辞任により、社長を兼務している室町正志会長は9月7日の記者会見で、今後の再発防止策について「形を整えても魂を入れなければ意味が無い。魂入れずにならないように最大限の努力をしたい」と語った。
トップの意向を優先させる会計ルール
不正会計の手口はどのようなものだったのか、第三者委員会の調査報告書によって、具体的に見て行こう。東芝には、正規の会計ルールよりも、トップの意向を優先する「事実上のルール」があったという。例えば電力関係のインフラ設備は、受注から完成まで時間がかかる。途中でコストアップなどにより採算割れが確実な場合には、発生主義の会計原則に基づいて、その決算期に予想損失額を引当金として計上するのが決まりである。
当該カンパニー(社内分社)の担当者は、見積もった損失を引当金として計上しなければならない。だが、事前にカンパニーや本社トップの承認を要するという「事実上のルール」がある。引当金を積むと、その期の業績にとってマイナスになるので、トップらは損失をカバーするように「チャレンジ」と称して業績改善を厳しく担当者に求めた。対応に苦慮した担当者はトップの意向をくんで、ルールを曲げて損失を先送りしてしのいだ。
社長の厳命「死に物狂いでやれ」
テレビ事業では「キャリーオーバー」と称する手法がとられた。例えば、広告費や物流費などの請求書を支払先に頼んで翌期に回してもらったり、翌期に予定する部品の値引きを前倒しで計上したりした。また海外現地法人に売る製品の価格に利益を過大に上乗せする手も使った。
パソコン事業では、自社ブランド製品の製造を委託しているメーカーとの部品取引を利用した。東芝は主要部品を委託先に有償で支給し、完成したパソコンを買い戻す。部品価格が他の競合メーカーに知られないように、委託先には実際より高い「マスキング価格」で売り、完成品はそれに加工賃などを乗せた価格で引き取る。
製造委託先へのマスキング価格と実際の調達価格の差額は、完成したパソコンを委託先から買い戻した時に相殺するので、本来、利益として計上すべきでない。しかし東芝は委託先に部品を有償支給した段階で、利益として処理していた。マスキング価格は年々上がり、5倍に達していた。部品を委託先に必要以上に抱えさせる押し込み販売をすれば、その期の利益を見かけ上増やせる。
09年1月、当時の西田厚聡(あつとし)社長はパソコン事業の業績改善を「死に物狂いでやれ」と厳命した。このままでは「事業を持っていても仕様がない」と事業撤退の可能性もにおわせて圧力をかけた。当該カンパニーは、部品の押し込み販売によって利益のかさ上げを図る結果になった。
帳尻合わせで繰り返された不正
次の佐々木則夫社長(当時)は、「基本的には、利益のかさ上げは減少させるべきと考えていた」(調査報告書)という。しかし12年9月に、パソコンと映像事業を担うカンパニーに「残り3日で120億円の営業利益の改善」を強く求めた。現場は不正な会計処理を強いられたも同然だ。
続く田中前社長も、13年9月、同カンパニーの業績悪化を改善するために、部品取引によって利益をかさ上げする案を、最高財務責任者(CFO)の副社長に「極秘の相談」として話している。
このほか半導体の在庫調整のやりくりによる会計操作もやっていた。こうして利益を一時的に高めても、見掛けだけで実質を伴わないので、後で帳尻を合わせなくてはならない。このため繰り返し継続的にやらざるを得ないはめに陥る。
問われる経営者の姿勢
03年4月施行の改正商法によって、社外取締役が過半数を占める監査、指名、報酬の3委員会を置く「委員会等設置会社」制度ができた時、東芝はすぐに採用した。その頃、日本では社外取締役を中心とする米国型制度に批判的な経営者が少なくなかった。米国でエンロンなどの巨額の会計不正事件が相次いだからだ。
当時の岡村正東芝社長は、03年4月6日付の日本経済新聞が掲載したインタビュー記事で、「倫理観が欠ければ、どんな制度を作っても機能しません」と答えている。今回その通りになったわけだが、岡村氏は「日本の会社は中央集権化しすぎている。社長に権限が集中しているから透明性を欠き、組織を硬直的にする大企業病がはびこる」とも指摘していた。
部下がボスにおもねるのは日本企業だけに限らないが、日本の伝統的な大企業は、新規学卒者を一括採用して定年まで雇用するので、同質的な組織風土が芽生え、上意下達の体質になりがちである。その中で長い昇進レースをへて、ピラミッド組織の頂点に登りつめた社長は、役員の人事権をはじめ全権を実質的に握る。
東京証券取引所は6月、上場会社に少なくとも2人以上の独立社外取締役の選任を求めるコーポレートガバナンス・コードを上場規則として施行した。会社法もたびたび改正され、経営者を監視監督する公的なルールは逐次強化されている。
しかし「コーポレートガバナンス・コードが完璧になれば、不正を防げるかといえば、経営者が意図的にやれば防げない。万能ではない」と、玉木林太郎・経済協力開発機構(OECD)事務次長は言う。東芝は社外取締役を増やすなどの再発防止策を講じる方針だが、肝心なのは経営者の姿勢である。
新たに東芝の社外取締役に加わるアサヒグループホールディングスの池田弘一元社長は「再生策を立てて実行するのは執行部だ。社外取締役はそれをモニターするのが役割。役員、社員が自らの問題として真剣に取り組まなくては駄目だ」とくぎを刺す。容易ではないが、トップ以下の自覚無くして、コーポレート・ガバナンスの確立はあり得ないことを東芝の問題は示している。(バナー写真=不正会計についての記者会見を終え、頭を下げる東芝の室町正志会長兼社長[左から2人目]と渡辺幸一財務部長[左端]、2015年9月7日/時事)