参院の「一票の格差」問題がなぜ重要なのか
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参議院議員選挙における「一票の格差」を是正するための議論がまったく進捗していない。参議院は格差是正に向け参議院の選挙制度を抜本的に改革するため、2013年9月に「選挙制度の改革に関する検討会」を設置、議論を行ってきた。しかしながら、5月29日、検討会は7回目の会合を開き、参議院の選挙制度改革について結論を出すことなく、議論をいったん打ち切ることを決めた。
nippon.comでは「一票の格差と参議院問題」と題して、参議院議員選挙における「一票の格差」の問題に考えるための特集を組んだ。本稿ではなぜこの問題が重要なのか議論したい。
参院選、一票の格差は4.77倍
参議院議員選挙で我々国民が投じる一票の価値には現在、住んでいる地域によって大きな差=いわゆる「一票の格差」がある。現在、最大の格差は北海道と鳥取県の間に存在する。北海道には約457万人の有権者がおり、4人の議員を選出する。一方、鳥取県は約48万人の有権者がおり、2人の議員を選んでいる。北海道では約144万人あたり1人の議員が、鳥取県では約24万人あたり1人の議員が選出されている。現在、一票の価値の格差は4.77倍となっている。
2013年7月の参議院議員選挙は、このように一票の価値に著しい格差が存在する中で実施された。この選挙に対しては日本国憲法第14条が定める平等原則に違反しており、無効であるという違憲訴訟が提起された。14年11月に最高裁判所は判決を出し、無効判決は下さなかったものの、「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった」という判断を示した。その上で、都道府県の単位で選挙区を設置する方法を改めるなど「現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置」によって、不平等の状態を改めることを求めた。
制度改革案、自民の反対で展望見えず
すでに最高裁は10年7月の参議院議員選挙に対して提訴された違憲訴訟に対して、同様の判断を示している。この選挙の際には神奈川県と鳥取県の間で最大5倍の格差が存在した。
この判決でも、最高裁は都道府県単位での選挙制度の見直すことで格差の価値を是正することを実質的に求めた。にもかかわらず、国会は弥縫的な是正策を講じたに過ぎなかった。すなわち、国会は12年11月に選挙区定数の配分を見直すために公職選挙法を改正し、福島県と岐阜県の定数を1議席ずつ減らし、2とする一方、神奈川県と大阪府の定数を1つ増やして、8に改めた(いわゆる「4増4減」)。格差是正は進まず、4.77倍の格差が残ることになった。ただ、この時、国会は最高裁の判断に配慮し、附則第3条に16年参議院議員選挙までに一票の格差の是正のため「選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、結論を得るものとする 」という文言を盛り込んだ。
この附則に基づいて、参議院は議論を進めてきた。しかしながら、結局、今日まで改革案をとりまとめることが出来ずにいる。背景には都道府県単位で選挙区を設置する現在の選挙制度を見直すことについて選挙区選出の自民党の参議院議員の間で根強い反対が存在するためである。
参院の「特殊な地位」と影響力
なぜ、参議院議員選挙における「一票の格差」が重要なのか。簡単に言えば、日本の政治過程において参議院が強い影響力を行使するからである。
この問題を考える前提として、考えなくてはならないのは日本の統治機構の中における参議院の位置付けと近年、参議院が日本政治の中で果たしてきた役割である。
日本の統治機構の下における参議院の特殊な地位から論じたい。一般に日本は議院内閣制を採用していると考えられている。議院内閣制の特徴は一般的に次の2つである。
内閣が議会の信認によることと、内閣が議会に対し解散権を持つこと。言い換えると、議院内閣制の下では、議会の多数派から支持を得られる議員が首相に就き、閣僚を選び、内閣を組織する。議会は内閣不信任決議案が可決できる一方、内閣は議会を解散できる。
議院内閣制の下では、行政府と立法府の存廃が相互の意向にかかっている。この結果、行政府の意思と立法府の意思は基本的に合致することが期待できる。内閣発足の段階で首相は自らの内閣に対する議会からの支持を期待することができる。その後、内閣が議会からの支持を失って総辞職すれば、新たに議会の多数派から支持を得られる議員が首相に就任し、内閣を組織することになる。また内閣が議会を解散した場合、新たに選ばれた議会の多数派から首相が選ばれることになる。
つまり、基本的に行政府は自らの政策に対し、立法府からの支持を期待することができる。議院内閣制は行政府と立法府の考えが一致しないことで国政が停滞することを避けるための仕組みと言うこともできる。
日本の場合、内閣と国会の間に議院内閣制は成立しているのであろうか。内閣と衆議院の間にこの関係は成立する。しかしながら、内閣と参議院の間にこの関係は認められない。日本国憲法の下で、参議院議員の多数派から支持を得られる議員が首相に就く仕組みは設けられていない。
衆院優位の原則、法案では弱く
確かに参議院は首相指名選挙を行う。だが、衆議院と参議院の首相指名選挙の結果が異なった場合に優先されるのは衆議院の議決である。参議院は内閣不信任決議案を提出る権限を有していない。一方、内閣は参議院を解散することはできず、参議院議員は6年間の任期が保障されている。
要するに内閣が参議院の多数派から支持を得られるという保障は憲法上設けられていない。それでは、内閣と参議院の意思が一致しない場合に、憲法はどのように国政の停滞を解消しようとしているのだろうか。
憲法は衆議院の参議院に対する優越を通じて、内閣と参議院の意見が異なった場合に国政が滞ることを防ごうとしていると解することができる。内閣と衆議院の意見は基本的に合致していると考えられるので、内閣は衆議院の優越を介して、自らの政策を最終的には実現できると考えられる。
ところが、実際の政治の運営上は、内閣と参議院の意思が異なる場合、衆議院の参議院に対する優越を介して、国政の停滞を解消することは難しい。
予算と条約の承認については衆議院と参議院の判断が異なった場合には最終的には衆議院の判断が優先されるので、大きな問題は生じない。ところが、法案については衆議院の参議院に対する優越は弱く、問題が生じる。
「3分の2」再可決と「60日ルール」
憲法の規定では衆議院と参議院の判断が違う場合、衆議院の議決通りに法案を成立させるためには衆議院議員が出席議員の3分の2以上の賛成を確保して再可決する必要がある。2つの問題がある。そもそも内閣にとって、衆議院で3分の2の支持勢力を確保することは難しい。確保できる場合にも内閣は別の課題に直面する。いわゆる60日ルールである。衆議院が法案を可決し、参議院に送付した場合、参議院が法案審議を進めないと、衆議院は参議院に法案を送ってから61日以上経たないと法案を再議決によって成立させることができない。有効性に期限がある法律を延長しようとする場合や、会期末が迫ってから法案の成立を図ろうとする場合、60日ルールが内閣にとって法案成立の大きな障害となる可能性がある。
法案に対する衆議院の参議院に対する優越が弱いため、内閣が参議院の過半数から支持を欠き、国会がいわゆる「ねじれ」の状態になった場合、政策を実現することに苦しむことになる。
2000年代では、07年7月から09年9月にかけて、また10年7月から13年7月まで「ねじれ」国会が出現した。以下の部分では2000年代に「ねじれ」国会の下、いかに参議院が内閣の政策立案を停滞させたのか議論する。
「ねじれ」で日銀総裁が空席に
まず参議院に苦しめられたのは自民・公明政権であった。07年7月から09年9月にかけて与党であった自民党や公明党は衆議院で3分の2以上の議席を確保していた。このため、福田康夫内閣および麻生太郎内閣は参議院で可決できなかった場合でも最終的には再可決によって法案を成立させることができた。しかしながら、民主党を中心とする野党が反対した場合、60日ルールのために法案を成立させるのに時間を要することになった。
例えば、福田内閣は揮発油税などの暫定税率を延長するための税制改正関連法案などを期限内に成立させることができず、ガソリンにかかる揮発油税などの暫定税率が08年3月末に一時的に失効することになる。また、麻生内閣は09年秋に起きた金融危機に対処する景気対策の柱として総額2兆円の定額給付金を支給しようとした。だが、やはり野党の反対のため定額給付金を支給するために必要な法案を成立させるのが遅くなり、支給が遅れることになった。
また、福田内閣の場合、「ねじれ」国会のため、日銀総裁人事にも苦しむことになる。日本銀行法のもとでは内閣は総裁を任命する際に、衆参両院からの同意が必要である。衆議院の参議院に対する優位規定はない。09年3月には当時の福井俊彦日本銀行総裁が任期満了となる予定であった。参議院において、民主党を中心とする野党は福田内閣が提示した2人の後継総裁候補の同意を相次いで拒んだ。このため、日本銀行総裁は3週間にわたって空席となった。
衆院解散の時期にまで影響及ぼす
10年7月以降は逆に民主党政権が「ねじれ」国会に悩まされることになる。民主党は10年7月の参議院議員選挙で敗北し、自民・公明両党を中心とする野党が参議院で過半数を確保する。当時、与党であった民主党と国民新党の衆議院の議席は3分の2に達しておらず、再可決によって法案を成立させることができない状況にあった。このため政権運営に難渋する。
例えば、菅直人内閣は子ども手当の支給を11年度も継続するために子ども手当法案を提出するが、野党の反対のために成立させられる見込みがなく、撤回することになった。また、菅内閣は特例公債法案を成立させるのにも苦労し、退陣と引き換えにようやく成立させることができた。
野田佳彦内閣は社会保障と税の一体改革法案を成立させるため、自民党の求めに応じ、不利な状況での衆議院の早期解散に応じることを余儀なくされる。参議院は解散の時期にまで影響を及ぼすようになったのである。
「格差」と「参院の役割」、セットで考える
この特集では参議院議員選挙における「一票の格差」の問題を考えるために3名の方にご寄稿いただいた。
本稿では2000年代の「ねじれ」国会の影響にもっぱら注目した。ただ、歴史的に見ると、参議院創設直後から1950年代半ば、そして、80年代終わりから90年代前半、そして、90年代後半にも国会は「ねじれ」の状態になった。
大山礼子氏は1989 年以降の「ねじれ」国会のもとで参議院の果たしてきた役割について概観する。大山氏は特に90年代以降、参議院で過半数を確保するために連立政権が組まれるようになったことを鋭く指摘している。
只野雅人氏は参議院の一票の格差問題についての考え方を提示する。只野氏は次のように議論を展開する。まず、日本の二院制では衆議院と参議院は実質的に対等であると説く。次いで、両院が対等である以上、参議院議員選挙における有権者の投票価値は平等であることを求める。最後に有権者の投票価値が平等でなければならない以上、特定の地域が過剰に代表されることは認められないという立場を取る。
土谷英夫氏は参議院議員選挙の一票の価値の問題に対し、最高裁、さらに参議院自身がどのように対処してきたのか解説する。最高裁について土谷氏は、参議院議員選挙における一票の価値に大きな格差が存在することを長年容認してきたことを指摘する。その上で、最高裁が近年、一票の価値に対し、従来よりも厳格な姿勢を示すようになってきていることを明らかにする。また、最高裁の判決を真摯に受け止め、西岡武夫元参議院議長や脇雅史前参議院自民党幹事長が抜本的改革案を提示してきたことを紹介する。しかしながら、主に参議院自民党の消極姿勢のために抜本的改革案が葬り去られてきたことを明らかにし、参議院自民党の対応を厳しく批判する。
この特集が参議院議員選挙における一票の格差問題、さらには日本の統治機構のもとにおける参議院の役割について考える一助となれば幸いである。
バナー写真:自民党の安倍晋三総裁(左手前)と討論する野田佳彦首相(右)。首相はこの場で、衆議院解散の意向を表明した=2012年11月14日、東京・国会内(時事)