「日本的ゲーム」のアイデンティティ生かした海外市場戦略を
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日本のゲーム業界は元気がない?
任天堂の3年連続赤字決算なども影響しているのだろう。近頃、日本のゲーム業界は元気がない、という通説をよく聞く。
かつて、世界のゲーム市場を席巻したのは日本企業だった。ところが、近年は海外、特にアメリカのゲーム企業は市場シェアを伸ばしており、技術力も勝っていて、日本は押されているとみなされているようだ。詳しくは後述するが、これは一面の真実である。
しかしながら、見方を変えれば、日本のゲーム産業は衰退しているどころか世界の中心として輝く道も見えてくるのも、もうひとつの真実である。
ソフトパワーが重んじられるこの時代。通説のみに流されないで、日本のゲームの力はどれほどのものなのか、今一度、再確認する必要がある。本稿では大局的な視点から「日本のゲーム」を俯瞰して、その現状とアイデンティティを明らかにしてみたい。
任天堂、ソニーの台頭
そもそもゲーム(ビデオゲーム)産業はアメリカで生まれた。1972年、本社をカリフォルニアに置くアタリ(Atari)という会社が、『ポン(Pong)』というゲームを発売した。これが世界最初の商業用ビデオゲームである。アタリはこの勢いに乗って、家庭用ゲーム専用機を発売して成功した。70年代のゲーム産業はアメリカの時代だった。
80年代に入ると状況は一変する。好事魔多し。アタリのゲーム機の対応ソフトは粗悪品が出回り、市場は一気に崩壊した。この市場崩壊現象は、当時、アタリの親会社になっていたワーナー・ブラザーズの株価が大暴落したことから「アタリショック」とも呼ばれた。
かわって台頭してきたのが任天堂である。任天堂は83年にファミリーコンピュータ(ファミコン)を発売。北米エリアには88年に参入して、世界のゲーム市場のトップリーダーとなった。当時、ゲーム機といえばファミリーコンピュータのことを指し、ゲームソフトといえばファミコンソフトのことを指した。「ニンテンドー」は世界各国でゲームの代名詞になった。80年代のゲーム産業は日本の時代に移ったのである。
90年代に入っても日本の時代は続く。ソニー(ソニー・コンピュータエンタテインメント)がプレイステーションを出して、任天堂に勝るとも劣らない成功を収めたからだ。
ゲーム専用機市場は長期低落傾向
2000年代になるとアメリカのゲーム産業が急成長する。2000年代はハードウェアの高性能化が一気に進んだ。ソニー・コンピュータエンタテインメントはプレイステーション2と3を、また、マイクロソフトもゲーム産業に参入してXbox、Xbox360を発売した。これらハードウェアの進化はCG制作の基礎技術に長じていたアメリカのゲーム企業にとって有利に働いた。
さらにこの間にゲーム開発にかかる人員は急増した。1本のゲームを作るために数十億円の費用がかかり、数百人、千人以上のスタッフがかかわるようになった。となると、IT産業で大型プロジェクトの運用に慣れたアメリカのエンジニアが活躍しやすくなる。すなわち2000年代はアメリカのゲーム産業が復権した時代となったのである。
1983年、ファミリーコンピュータが発売されて以来、日本国内ゲーム市場は伸び続け、1997年には7500億円規模になった。だが、この年をピークにして2013年には4000億円規模に落ち込む。世界のゲーム市場における日本のシェアは13%程度にとどまる。まとめると、ゲーム専用機市場は長期低落傾向にあり、このあおりを受ける格好で、かつての超優良企業・任天堂は赤字企業に転落したのだ。確かに、日本のゲームは元気がない。
モバイルゲーム市場では世界トップ
しかし、日本のゲームは没落するばかりではなく、日本らしく振る舞っているともいえる。ゲーム専用機はテレビに接続する据置型と携帯型があるが、携帯型が売れるのは日本市場の特徴だ。他国での携帯型比率は2割程度だが、日本のみが5割を超えている。『ポケットモンスター』『妖怪ウォッチ』といった超ヒットソフトがその人気を支えてきた。
また、日本で携帯型が売れる理由として、ウォークマンに代表されるように、日本人は小型・軽量化された電子機器を好むから、あるいは、通勤・通学などの移動時間中に携帯型ゲーム機を利用する習慣があるから、といった分析が定説化している。
このようなケータイ文化が根づいた日本は、モバイルゲーム(携帯電話・スマートフォンを用いたゲーム)市場においては、世界ナンバー1の地位にある。アメリカに拠点を置く大手調査会社、IDG調べによると、2013年の全世界モバイルゲーム市場は147億ドルである。1ドル120円で換算すると1兆7640億円となる。うち日本国内市場は約5500億円であり、全体の3分の1程度を占めている。
日本でiPhoneが発売されたのは2008年、大手SNSミクシィがソーシャルゲームのサービスを開始したのは2009年だった。当時は230億円程度だったモバイルソーシャルゲーム市場が急拡大した。すなわち、日本のゲームの活力は家庭用ゲーム機、とりわけ据置型ゲームソフトからモバイルゲームへのシフトがこの数年間で行われてきたともいえる。
リアルよりデフォルメを好む日本のゲームユーザー
ここまでハードウェア環境の変化、市場の推移などに触れてきたが、ソフトの特徴を取り上げてみたい。日本のゲームソフトは、世界の国々と比較してみると、極めて特殊である。
日本のゲーム市場は高性能なゲーム専用機への評価が厳しいが、その理由は写実的な描写を好まない傾向があるからだ。プレイステーション4は実写と見紛うようなグラフィックスが再現可能である。アメリカをはじめとする海外市場は、そこで表現されるリアリティに飛びついたが、日本ではそうはならない。芸術評論の用語で述べれば、フォトリアリスティックな表現を好まず、デフォルメされた表現を日本人は好むようだ。
ハードウェアは進歩して、立体空間と立体像をいくらでもリアルに表現できるようになった。だが、日本のゲームユーザーはこうした描写に強い関心を示していない。『ポケットモンスター』『妖怪ウォッチ』『モンスターハンター』『ドラゴンクエスト』といった人気シリーズ作品は、どれも実写的映像表現とはほど遠い。
モバイルゲームでも同じことがいえる。パズドラの愛称で知られる『パズル&ドラゴンズ』をはじめとする日本国内での人気のゲームは、すべてが2次元的だ。
『スーパーマリオブラザーズ』や『テトリス』の世界的なヒットが示すように、かつては「ゲームの面白さに国境はない」「万国共通」といわれてきた。しかし、ゲームソフトが何を、どのように描くか。表現力が豊かになり、さまざまな表現技法が入り交じるようになると、国柄が表れる。ヒットコンテンツの有り様に、国ごとの文化が投影されるようになったのだ。
現在、日本で広く受け入れられているゲームは、日本独自の絵画・映像文化に根ざすものと考えられる。平安時代の鳥獣人物戯画、江戸時代の浮世絵、近年ではマンガやアニメがそうである。日本で生まれ、日本人に長く愛される絵画・映像文化は、見た目の立体感を重視しない。立体的に描かなくてもいい。一見すると平面的に描いてあるけれども、そこから立体空間や立体像を感じられるところに「美」を見出す。
15世紀から16世紀にかけてルネサンス期の西洋絵画は、幾何学遠近法や空気遠近法を身につけ、立体をリアルに描くことを目指した。だが、日本絵画は写実性を重視しなかった。後の浮世絵のように、目に飛び込む記号的快感を重視したのである。この現象と似通ったことが、現在のゲームでも起きているのである。
銃の文化と刀の文化
立体か、平面か。海外でヒットするゲームと日本でヒットするゲームを考えるうえで、この比較と同じくらいに重要な糸口となるのが銃の存在だろう。
1978年に登場した『スペースインベーダー』以来、ゲーム内で撃つという行為は、全世界が受け入れた。敵がいる。敵に目標を定めて撃つ。極めてわかりやすい遊戯となる。宇宙船や戦闘機が敵を撃つゲームは、日本で多数開発され、『ゼビウス』や『グラディウス』などは海外市場でもヒットした。
ところが90年代から、おもにアメリカで開発された人が人を銃で撃つタイプのゲーム(FPS=first person shooter)がマーケットに登場したが、日本ではまったくヒットしない。今から20年ほど前からFPSを遠ざけてきたわけだが、この原因は「日本には銃の文化がないからだ」と説明されてきた。
では、銃の文化とは何か。FPSを最も多く開発し、最も売れるアメリカのことを、本稿では銃の国と捉えたい。まず、アメリカでの銃の世帯別銃所有率だが、米世論調査会社ギャラップによれば42パーセントに達する(2014年)。銃の力で自己を守るのは、国民の権利とされ、憲法(合衆国憲法修正第2条)で、武器を持つ権利が認められている。国歌『星条旗(The Star Spangled Banner)』の歌詞でも砲弾がさく裂する様子がうたわれている。法体系も、国民の実生活も、銃に関する限り、日本とアメリカではまったく異なるのである。
アメリカが銃の国だとすれば、侍がいた日本は刀の国と捉えることができるだろう。日本にも鉄砲はあったが、あくまでも戦時のみに使う武器にすぎず、武士が魂を注ぐのは刀だった。
こじつけめくが、銃の国、アメリカではFPSが人気のゲームジャンルとなる。ところが日本人は、この銃の意味が根っこからは理解できない。日本には銃の文化がないからだ。
その逆で、刀の国、日本ではロールプレイングゲームが人気のゲームジャンルとなる。こん棒、短刀、長刀、名刀と所有する刀が進歩していくことに、プレイヤーは自己の成長を重ね合わせることができる。だが、刀は銃に比べると非効率な武器と考えるアメリカ人は、ロールプレイングゲームを遊んでも、まどろっこしくて熱中できないのである。
日本的ゲームコンテンツを
さて、日本のゲームは、今後大きな転換点を迎える。ゲーム市場は海外に広がる。ゲーム専用機、スマホゲーム共にアジア、南米などの新興国でも市場は成長段階にある。既存の北米と欧州、それにアジア、南米を加えた海外市場に向けて、これまでの日本のゲームコンテンツ制作者は二方面作戦を強いられてきた。
例えば、日本市場向けにはロールプレイングゲームを作る。別の開発ラインでは、マーケットリサーチをして海外向けにFPSを作るといったやり方である。優秀な日本のゲームクリエイターは、海外市場向けにそれなりの良作を作るが、付け焼き刃の感はぬぐえない。
この中途半端な二方面作戦を進めているさなか、日本のゲームは評価を下げた。かつては、ゲームの先進国と自他ともに認められていたが、「日本のゲームは元気がない」と評価を下げたのである。
転換点とは、この二方面作戦をやめて、堂々と日本的なゲームづくりをする時期が来たことを指す。北米市場と欧州市場では、確かにFPSは最も人気があるゲームジャンルだが、新興市場を含めた海外市場のユーザーの全員が、FPSが好きなわけではない。アメリカでつくったゲームで遊ばないで、日本のゲームが大好きなアメリカ人がいる。日本でもマイナーなゲームが大好きで、ジャパンエキスポが開催されるとコスプレをして会場に駆けつけるフランス人もいる。とりわけ、台湾、タイ、インドネシア、マレーシアなどアジア諸国は日本的なゲームを好む傾向がある。
顕在化した「写実的―銃」文化圏のユーザーを狙うばかりではなく、日本のゲームの潜在顧客に情報を的確に伝えて、育てていく。ゲームコンテンツ版のクールジャパン戦略が、いま、求められている。
(3月16日 記)
バナー写真=スクウェア・エニックスの人気RPG「ドラクエ」新作『ドラゴンクエストヒーローズ 闇竜と世界樹の城』(提供:時事)。
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