日本のODA60年を考える

日本の国際協力、更に未来へ語り継がれるプロジェクトの推進を—JICA理事長・田中明彦氏インタビュー

政治・外交

開発途上国の経済・社会発展に貢献するODA。その主たる担い手である国際協力機構(JICA)が目指すものは「顔の見えるストーリー」を持った支援だという。JICA理事長・田中明彦氏が、国際協力60周年を迎える節目にあたり、その思いを語った。

田中 明彦 TANAKA Akihiko

国際協力機構(JICA)理事長。1954年生まれ。77年東京大学教養学部卒業、81年マサチューセッツ工科大学政治学部大学院修了(Ph.D.)。東京大学教養学部助教授、東洋文化研究所教授・所長、大学院情報学環教授、国際連携本部長、理事、副学長を歴任、2012年4月より現職。著書に『新しい「中世」』(日本経済新聞社、1996年、サントリー学芸賞受賞)、『ワード・ポリティクス』(筑摩書房、2000年、読売・吉野作造賞受賞)、『ポスト・クライシスの世界』(日本経済新聞出版社、2009年)など。2012年紫綬褒章受章。

多大な貢献をしている日本の国際協力

——2014年は国際協力60周年です。日本は、安全保障や外交面でODA(政府開発援助)を今後どう活用していくのでしょうか。

「第2次世界大戦後の日本の外交、安全保障にとって、ODAは極めて重要な役割を果たしています。国際協力は、東アジアから東南アジアにかけての安全保障に多大な貢献をしただけでなく、日本に対する見方や態度を良くすることにも役立ってきました。

60年を振り返ると、日本の国際協力は賠償やいわゆる“準賠償”から始まったともいえます。賠償はベトナム、フィリピン、ミャンマー、インドネシアを対象としました。戦争の結果、国際社会から排除された国家が、国際社会に復帰する一つの手続きとして賠償があったわけです。その過程が、国際協力の始まりと重なっています。

これに続く準賠償、そして東アジアから東南アジア諸国の経済基盤作りのための国際協力が、“NIES” (Newly Industrializing Economies:新興工業経済地域)とされた韓国、台湾、香港、シンガポールやマレーシア、タイなどの経済発展に貢献し、中国の発展にも役立ちました」

“東アジアの奇跡”を生んだプロジェクト

「具体的には、大洪水に見舞われていたインドネシアのブランタス川流域の洪水対策、また1980年代以降では、タイの東部臨海地域開発などのプロジェクトがあります。これらの国際協力が、“東アジアの奇跡”につながったと思います。

1997~98年のアジア金融危機以後も、新・宮澤イニシアチブの下での経済協力が東南アジア諸国の経済再発展、日本周辺地域の平和、安定、繁栄に大きく貢献しました。1979年以来、この地域では1回も国家間戦争が起きていません。

同時に、東アジア地域は急速な経済成長を遂げた結果、今の日本経済にとっては切っても切れないマーケットになっています。国際協力をベースにした日本企業の東アジア進出がなければ、過去1~2年、貿易赤字を相殺し、経常収支の黒字をもたらしている所得黒字はあり得ません。従って、日本の国際協力は相手国に役に立ち、平和に貢献し、また、日本の重要なマーケット作りにも貢献したと言えます」

「一番信頼できる日本」—ASEAN対日世論調査

——政府はODA大綱を11年ぶりに改定します。JICAの視点から、どういうことを期待されていますか。

「外務省が実施した『ASEAN7カ国における対日世論調査』によると、調査対象11カ国で『どの国が一番信頼できるか』と聞くと、フィリピン・シンガポールの2カ国以外はすべて『日本が一番信頼できる』と回答しています(図1参照)。

『日本の経済技術協力は自国の発展に役立ちましたか』という質問にも、インドネシアでは、『ある程度役に立った』を入れると93%、ベトナムでは『とても役立った』だけで83%になります。東南アジア諸国の日本への信頼の大きな要素として国際協力があったことは間違いないと思います」

——ODA大綱の方向性についてはどうですか。

「大綱見直しのための有識者懇談会に、私はオブザーバーの立場で出席させていただきましたが、議論の方向性は納得がいくものでした。近年、中国やその他の国も援助を開始するなどの動きもありますし、民間の役割も大きくなっています。大綱見直しでは、こういった変化を踏まえつつ、日本が今までやってきた方針を明確化することになると思います。

具体的には、相手国の自助努力の重視や、貧困削減のための経済成長促進などが必要で、そのためにインフラ整備や人材開発を行う、という考え方を明示的に言うことが大事です。また、小渕恵三元首相の時代から、過去20年間近くやってきた『人間の安全保障』をベースにした協力を今後も強化していくことです」

中国の援助に求められる“透明性”の確保

——民間資金ですが、全体でODAの3倍近く、特に中国からの民間資金の投与が増加しています。非政府系ファイナンスについてどのように分析されていますか。

「貧困削減のためには、経済成長が大事だという観点からすると、経済成長のエンジンを回し続ける民間資金が必要です。今、中国は民間資金に加えて、ODAと似たようなタイプの資金供給も行っています。それ自体は、世界の開発途上地域に役立っている面は非常に大きいと思います。

ただ、中国はこれまでにどのぐらい、どうやってきたかがよく分からないという“透明性”の問題があります。中国では2014年に2回目の対外援助白書を出しましたが、全面的な情報開示はまだ行われていません」

——一般的に中国の援助は3,000億円程度と言われていますが?

「JICA研究所・北野尚宏副所長が、中国の公開資料を集めて、中国の外国援助をOECDのDAC(Development Assistance Committee:開発援助委員会)によるODA基準で推計し直した額について、ワーキングペーパーを作りました(図2参照)。この北野推計のいいところは、2001年から経年推計していることで、2013年のレベルでは、3,000億円どころではなく約7,000億円以上になっています。現状では、DAC基準で言うと、米、英、独、日、仏の次ぐらいの規模です(図3参照)。

国際社会から見ると、中国には透明性を高めてもらい、援助の中身についても他の援助国と似た形でやっていただくのがいいと思います」

脆弱国の継続支援が不可欠

——援助のやり方はどうですか。

「脆弱国の場合には、国家機能が弱くてマーケットもうまく成長しないことが多く、また、内戦が継続したり、さらに、いつまた内戦が再発するかも分からないといった不安を抱えていることがあります。こうした国々は民間資金でやってくださいと言ってもうまくいきません。

このため、このような国々については特に人間の安全保障の確保が重要になりますが、このあたりの支援は依然として継続的に政府開発援助でやっていく必要があると思います。

地理的に見ると、今後の経済成長地域をしっかり成長させることも重要です。成長可能性のある地域として、南アジア、アフリカが注目されますが、この地域は、まさに“脆弱地域”と隣り合わせです。

南アジアで言えばパキスタン、アフガニスタンが脆弱です。また、イラクの現状は内戦が続いていますが、内戦が終結すればとてつもない経済成長をする可能性があります。だからこそ、内戦を終わらせることが本当に大事なのです」

難民流入のヨルダン支援の重要性

「東アフリカの成長可能地域は、ケニア、タンザニア、エチオピア、モザンビークなどです。ただ、例えば、ケニア・ルワンダとエチオピア付近には脆弱なソマリア、南スーダン、その先にチャドがあります。西アフリカでは、ガーナ、コートジボワール。それからセネガルの周りに、マリ、ニジェールなど一連の脆弱地域があります。ここを何とか内戦に戻らせないようにするとともに、脆弱地域の隣国もしっかりと支援していかなければと思いますね。

北部のモロッコ、チュニジアは『アラブの春』以降、結構安定しています。しかし、イラクも含めてそれ以外の中東諸国は、今や内戦状態のところが多い。

そういう中で難民を抱えて頑張っているのがヨルダンです。人口約600万人ですが、そこにシリア難民120万人が入っています。中東全体の内紛を終わらせるためにもこのヨルダンがひっくり返らないための支援が重要です」

ODAは“非軍事的”

——集団的自衛権の見直しという中で、ODAも間接的ですが軍事面に流用できないかという見方があります。どのようにお考えですか。

「私の立場から言うと、ODAの目的は、非軍事目的のための協力なんです。軍事目的の支援は、そもそもODAの定義に入っていません。軍事目的のためにどこかの国を支援するのであれば、これはODAではなく軍事援助になります。

ODAの目的は非軍事的手段で、非軍事的な目標を達成することです。有識者懇談会でもこのあたりについて議論が行われましたが、開発途上国で非軍事的な民生目的の作業を先方の軍隊が担っているときに、『軍隊に所属している人がやっている』という理由だけで、ODA資金を一切出さないのはやや硬直的過ぎるとの意見が出ていました。  

もちろん、非軍事目的で与えたものを軍隊が流用しないかを厳密にチェックするのは簡単ではありませんが、災害等の援助で、動いている相手が軍隊だから医療支援協力はしませんと言っていると、実際に困っている人々を救うことができなくなってしまうこともあり得ると思いますので、注意が必要です」

インパクト与える“顔の見える協力”

——理事長はODAの現場を数多く視察されています。JICAの現場をご覧になって、今抱えている課題は何だと思われますか。

「理事長就任以降、先進国を含め50カ国近くの国々を回りましたが、日本は、相手国に非常に大きなインパクトを与えているプロジェクトを数多く実施しています。

自助努力を支援するという面では、先方の政府にとって大事なプロジェクトを一緒に探し出し、検討を行います。円借款をはじめ、無償資金協力や、専門家、青年海外協力隊、シニアボランティアの派遣などを行っています。シニアボランティアではかなりのご年配の方にも現地に行って活躍頂いています。

現場で見たことから言えば、日本の協力は、非常に“顔の見える協力”になっていると思います。日本がよくやっていることが人々に分かる形で進められていると思います」

——今後の課題は何でしょうか。

「JICAが5年前に統合され、一つの組織で円借款・海外投融資や無償資金協力、技術協力、ボランティア、緊急援助などの事業を実施しています。世界中で、これだけいろいろな協力を一つの組織がやっているところはほとんどありません。

課題の一つは、いろいろな協力手法をよりクリエイティブに組み合わせて、実際に効果を上げることです。具体的には、資金協力に加えて技術協力を行い、知識の伝達、人材開発をうまく組み合わせて進めていくと効果的です。

また、世界各国を回ってみて思うのは、日本しか行っていない協力のやり方があるということです。それをどうやって当該国全体や他国にまで広げるかが重要です。一番望ましいのは、日本が始めた技術協力プロジェクトを、世界中の開発援助機関が真似してやってくれることです。実際、JICAでやっていたものを世界銀行がファイナンスするという事例も出ています」

記憶に残るストーリーを作る

「もう一つの課題は、日本の特色ある協力を、どうやって『ストーリー』として先方の国民や、それ以外の国際社会に知ってもらい、覚えてもらうかということですね。

東南アジアでは、日本の国際協力が大変役に立ったと思ってくれている人が多い。しかし、日本が円借款供与や技術協力をして、経済成長が達成されたとしたら、成功の最大の要因はその国の人々なんですね。『自分たちが一生懸命やったから』というふうになるのは当たり前ですよ。例えば、JICAの円借款で橋ができると、その橋には日の丸が描いてあります。このようにいろんなところに日の丸印、JICA印が付いていますが、それでも何年かたつと忘れられてしまう可能性があります。

必要なのは、日本人とその国の人たちが一緒になって協力してやったというストーリーが、語り継がれること。そういうストーリーが残っていけばいいなと思っています」

ケニアやブータンで語り継がれる日本人

——具体的に、印象に残ったプロジェクトはありますか?

「TICAD V(第5回アフリカ開発会議)で安倍首相がアフリカの人に紹介した例として次のような話があります。ケニアで日本の専門家が農家の方々を集めて、帳簿の付け方を教え、近所の市場で自ら育てた農産物が幾らで売られているかを視察する。それを踏まえて話し合い、来年は何を作付すれば儲かるかについてブレーンストーミングしながら活動している。

このプロジェクトをSmallholder Horticulture Empowerment Project(小規模園芸農民組織強化計画プロジェクト)、略してSHEPと言います。このプロジェクトには、JICAの専門家、相川次郎氏が一生懸命に取り組んできました。今まで現場の農家はとりあえず作ってみて売るというやり方で、全部仲買人が値段を決めていましたが、発想を変えて、売るために作るというマーケティングを農家の人に広めたところ、農家で収入が倍になりました。それを受けて、今はアフリカ10カ国ぐらいに同じ手法を展開しています。

もう一つの例は、1964年から国際協力を始めたブータンです。最初の農業専門家の西岡京治氏が農業指導をして、彼は1980年にブータン国王から、現地語で『最高に優れた人』という意味を指す『ダショー』という一番高い称号をもらったのです。

西岡氏はお亡くなりになられましたが、ブータンに『西岡メモリアルミュージアム』が造られ、その開幕式に私も行きました。会う人会う人が『日本の援助は西岡さんがやってくれた。ブータンでは今まで野菜なんてほとんど作らなかったのに、西岡さんのおかげでみんなが作るようになって売れるようになった』と言います。本当に一人の専門家の努力がストーリーになっていますね。そういうストーリーをもっともっといろんな所で創っていけるといいですね」

(インタビューは2014年7月28日、nippon.com代表理事・原野城治により行われた。バナー写真=国際協力機構(JICA)理事長・田中明彦氏/写真提供=JICA)

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