「中国に骨を埋める覚悟」―イトーヨーカ堂中国総代表・三枝富博氏に聞く
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「中国で小売業を展開するにはそれなりの覚悟が必要です。その地域の人々の支持を得るために、20年から30年、そこで生きていく覚悟です。それがなければ、その地に根ざすことはできない」
こう語るのは、日本の小売業大手イトーヨーカ堂中国総代表の三枝富博氏(64歳)だ。イトーヨーカ堂は、1996年4月に外資系小売業として世界で初めて中央政府より中国全土での店舗展開を承認されて以来、四川省成都市と北京を中心に着実に店舗数を増やしてきた。現在北京で8店舗、成都市では2014年1月にオープンした温江店を含め、6店舗を運営している。イトーヨーカ堂中国初出店のプロジェクトメンバーだった三枝氏は、18年にわたり中国での事業に携わってきた。
中国第1号店は、1997年11月成都市・春熙(しゅんき)店だった。当時の成都市市長が誘致に熱心だったためで、北京ではその半年後の98年4月に1号店の十里堡(じゅうりほ)店が開店した。当初北京要員として中国に異動していた三枝氏は、急きょ成都での創業に携わることになった。以来、地域に根ざしたビジネスは、特に成都で大きな成果を挙げ、2012年度には成都にある5店舗の売上高が535億円に達した。
地元密着で、中国「流通業界の功労者」30傑に
中国展開に関しては、生産コストに影響を受ける製造業とサービス・小売業のスタンスは違う。「人件費、株価、賃料などの流動的要素に左右されず、一度決めたらそこで支持を得るために腰を据える」と三枝氏。もちろん、最初の数年は試行錯誤の連続であり、また18年の間には自然災害、反日デモを含め、さまざまな試練に見舞われた。
2003年に中国を襲った新型肺炎によるSARS騒動は、特に北京で影響が大きかったが、徹底的な衛生管理と迅速な対応で危機を乗り越えた。2008年5月には、マグニチュード7.9の四川大地震が成都を揺さぶった。当時の三枝氏は、成都3店舗を率いる総経理(社長)だった。
「今まで地震をあまり体験したことがない地域で、危機管理の体制は整っていなかった。日本での経験が生きました。まずお客様を無事に避難させ、従業員には『明日開店するぞ。被害状況をチェックしなさい』と命じました」。安全が保証できると確信すると、三枝氏は翌日には全店舗を開店する決断を下した。同時に、商品部の従業員には水やコメ、インスタントラーメンなどの調達にトラックを走らせた。緊急時だからこそ、物資の提供という社会的責任がある、という思いからの行動だった。
「地震などの災害時に最善をつくしたことで、日系企業のイトーヨーカ堂は信頼できるという地域の信頼を得ることができたのです。地震の翌日に開店したその数日後には、成都市の幹部や共産党幹部が来店して、地震後の迅速な対応に対して、我々に感謝の意を表明しました」。市内の小売店のほとんどが営業できない状況の中で、客は押し寄せるようにやって来たが、従業員全員が一丸となって対応した。
同年12月には、中国改革開放30年の流通業界の功労者30人に、外国人でただ一人選ばれた。「その理由は極めて明確でした。まず、一つの地域で10年以上継続して経営してきたこと、きちんと納税していること、そして地域に貢献していることです。当たり前に思われる項目ばかりですが、当時の中国では達成が難しい内容だったのです」。
政経一体の中国では、反日行動も「想定」
「地域に密着したビジネス」を展開し、地元の信頼を築いても、反日デモがあれば真っ先に攻撃の対象になってしまう。「反日運動は何回か経験しましたが、そこから学んだことは大きい」と三枝氏は言う。「中国は『政経一体』の国です。政治問題が表面化しているのに、経済関係だけが熱くなるということはあり得ません。中央政府が(反日の)旗を振れば、地方政府は従うしかない。だから、(攻撃の矛先を向けられても)がまんしろ、と言われる」。
むしろ、反日運動の影響は常に想定しておかなければならない項目であり、その時々の中央政府の姿勢によって、「逆風が吹いたり、雨が降ったりするのは当たり前。それに耐えられなければ、中国でのビジネスは続かない」と三枝氏は強調する。むしろ「リスクを最小限に抑えること、社員を動揺させないことが一番重要です」。
2012年、日本の尖閣諸島の「国有化」を受けて盛り上がった反日デモの際には、各店舗をまわって全社員、幹部を集め、強く語りかけた。「確かにイトーヨーカ堂は日本からの投資だが、我々はここで得た利益を日本に持っていくわけではない。商品の仕入れも地元で行う。地元を豊かにするためにこの店はある。稼いだお金で、社員も地元も豊かになる。就業の機会も増える。政治問題にばかりとらわれていたら、未来は開けない。民間企業として、どこまで最善を尽くせるか、一緒にがんばろう」。
日本人のリーダーが腹を据えて事態に対応し、中国人社員がその思いを共有することで、彼らが店を守ってくれるという。反日感情が高まったときには、中国人の売り子に対して、客から激しい罵声が浴びせられることも多々あったというが、反日騒動で離職率が上がったこともない。
「人を育てる」ことを重視
現在、北京・成都イトーヨーカ堂では、正規社員、テナント従業員を合わせ2万5千人以上の中国人が働いている。中国での創業当初は、お辞儀をはじめとする日本流の接客マナー導入をはじめ、社員教育にも腐心した。顧客を「もてなす」ためのきめ細やかなサービスを浸透させるには時間がかかったが、着実に人材を育ててきた。成都イトーヨーカ堂では社員の一体感を高めるために、2011年から全社員とテナントの販売員が参加する運動会を開催している。「いろいろな機会を設けては、『人づくり』を行っています」。
欧米系企業から、イトーヨーカ堂で教育された中国人社員は質の高い即戦力として高額でスカウトされることもあったが、ここ数年は社員の定着率がいいそうだ。「欧米系外資は、高給を提示してスカウトしても、業績が悪ければすぐに切り捨てます。ですから、高いサラリーを提示されても、1年ぐらいでクビになったらわりに合わないと、スカウトに応じなくなりました」。
最近、中国政府は9月3日を「抗日戦争勝利記念日」、 12月13日を南京事件の「国家愛掉日」として法定休日に定めた。こうした記念日にまた大々的な反日キャンペーンが盛り上がり、不買運動などの逆風が吹く可能性もある。そうしたリスクも、中国人従業員たちと共に乗り越えられると三枝氏は信じている。
「チャイナ・プラス・ワン」と日本のマスコミの偏向報道
中国に工場を持つ日本の製造業などの間では、尖閣諸島問題で反日デモが活発化したのを契機に、「チャイナ・プラス・ワン」という考え方が広まっている。反日デモや人件費の高騰が顕在する中国への集中投資を避けて、おもに東南アジアに平行して拠点を設けるという、リスク分散戦略だ。日本のメディアも「中国が危ない」「中国と組むと取り返しがつかないことになる」など、中国のリスクや経済成長の減速などマイナス面ばかりを強調して危機感を煽(あお)る傾向があると、三枝氏は感じている。
「リスクは中国だけではなく、世界中にあります。ただ、確かに共産党支配の政治形態と資本主義的経済形態が相まって、ものすごく複雑な環境です」
だからこそ、中国進出を考える流通サービス系企業が、「いきなり全国展開を考えるとしたら、中国マーケットを甘く見すぎていると言わざるを得ない」と語る。「まず一つの地域にくさびを打って、支持を得る。それから違う地域にも広げていく。それぞれの地域のステークホルダーとどういう関係を作るかを考えることが大事。さもなければ、中国で成功するのは難しい」。
他企業の成功例として、三枝氏はサントリーの中国ビール事業を挙げた。「サントリーも上海にターゲットを絞って50%のシェアを取ってから、違う地域での展開を目指しました」。
急速に成熟する中国消費者に絶えず新しい驚きを
だが、地域に根ざしたからといって、安住はできない。中国の消費マーケットは猛スピードで成熟している。「1996年当初からGDPは3倍に増えました。2013年は約1千兆円、日本の2倍です。2020年には、1500兆円に伸びると予測されています。月収も、2008年は1世帯当たり2000~3000元でしたが、2013年には1万元を超える世帯が成都では6割を占めました。北京や成都でも一般市民の生活水準は年々上がっている」。
都市部では、モノを消費するよりも、コンサートや旅行など、好きなことにお金を使う人たちが増えている。
「モノの豊かさよりも、心理的豊かさ、心の満足を求める」傾向が急速に強まり、安ければ売れるという時代は終わった一方で、過剰な高品質、高価格の商品も売れなくなっている。この変化は店舗経営にも影響を与えている。中国では近年、売り場面積5万~10万平方メートル級の巨大店舗の新設が相次いでいるが、当初計画に達せず売上不振だという。「どこの店も似たり寄ったりで、安い物ばかりの商品が魅力的ではないからです」。
こうした急速な変化にはイトーヨーカ堂も同じように苦戦しており、北京では2014年4月末には2006年開店の望京(ぼうきょう)店が閉店となった。片や1月に開店した成都・温江店は大変好評を得ている。「モノを売る場所よりも、どうやってお客様に楽しんでもらうか、新しさを感じてもらうかを意識した店舗づくりをしました」と三枝氏は言う。その工夫の一例が、子どもたちの遊び場や休憩室の設置だという。
一方、都市部でコンビニは着実に増加、イトーヨーカ堂と同じくセブン&アイ・ホールディングスの傘下にあるセブン-イレブン・ジャパンでは、4月末現在で北京に158店舗、成都81店舗、天津52店舗、上海74店舗、青島25店舗、重慶4店舗を展開している。
スピード感と「驚き」が重要
新しさ、楽しさを生み出すために、さまざまなイベントを臨機応変に企画することも必要だ。2014年3月にミシェル・オバマ米大統領夫人が2人の娘を連れて中国を訪れた際には、急きょ北京、成都で米国関連商品を展開する「アメリカンフェア」を実施、好評を博した。イベント企画は、話題や流行に敏感な「スピード感」が大事だと三枝氏は言う。
「『中国人はこうだろう』という色メガネで見ては、失敗する。グローバルな視点で、ローカルなビジネスを展開することが大事です」。
地元密着、たゆまぬ変化を追求し、イトーヨーカ堂の中国での挑戦は続く。
(2014年4月21日のインタビューに基づいて構成。インタビュアーはニッポンドットコム編集委員でジャーナリストの土谷英夫氏。インタビュー写真撮影=コデラケイ)