漂流する日本の教育

大学改革と教育基本法改正で、日本の教育は復活するか

教育 社会

結城 章夫 【Profile】

文部科学省の事務次官として教育基本法改正に携わり、退官後は山形大学学長として地域に根差した大学改革に取り組む結城章夫氏。日本の教育が抱える課題と、解決に向けての道筋について論じる。

法人化された国立大学の可能性

日本の大学における現在の問題点として、多くの識者が指摘するのが国際競争力の低下だ。国際的な大学の評価ランキングでは東大も京大も、順位を下げ続けている。日本から外国への留学希望者の減少傾向が続く「内向き志向」も心配だ。

国際ランキングに一喜一憂する必要はないが、中国やシンガポールの大学を訪問して感じるのは日本の大学とは違う勢いだ。日本の大学、特に国立大学は、国の財政が厳しいこともあり、予算が年々削られるという状況が続く。その中で、国立大学、とりわけわれわれの山形大学のような地方国立大学をどのように活性化させるか、というのが学長としての私の仕事だ。まず、着任から4年間に取り組んだ大学改革について紹介したい。

国立大学は2004年に法人化され、独立行政法人に準ずる形の国立大学法人という組織に移行した。以前の国立大学は完全に国の機関の一部であり、教職員も国家公務員という身分で規制される面が多かった。何か新しいことを始めたいという希望を持っても、国の機関であるがゆえに断念せざるを得ないこともあった。

この法人化によって独立の経営体となり、教職員も国家公務員ではなくなったことで自由度が高まった。大学を良くしたいという学長のリーダーシップと教職員の意識改革があれば、各大学の創意工夫を生かせる体制に変わっている。私自身もリーダーシップという点について、官庁で長く働き、文部科学省という巨大な組織を動かした経験が役に立つと考えて山形大学にやってきた。

着任後、私が最初に取り組んだのは、大学の意思決定のスピードアップと、事務手続きの簡素化の2つ。大学という組織で物事を決めようとすると、一般的に官庁や企業に比較して時間がかかることが多い。会議出席者全員の意見を大事にして、非常に丁寧に議論を重ねてコンセンサスを作り、原則満場一致でないと決定しないという慣習があるからだろう。非常に民主的な手法だが、このやり方では、時代のスピードに取り残されることが危惧される。

大学の教育方針など十分に議論しなければならないテーマは別として、迅速に動いた方が効果が出る場合は、学長がこうと決めたら責任は取るということで意思決定を行うことも必要だと考えた。また、会議の数を減らし、会議を開く際には時間内に結論を出すように徹底した。現在では会議数は私の着任前と比較して約半数になっている。

「基盤教育」で国立大では“注目度第1位”

具体的な成果として「基盤教育」の導入を挙げたい。日本の大学の問題点として、大学の国際競争力の低下とともに教養教育の劣化という問題もよく語られるが、山形大学は、2010年度入学生から新たな教養教育の制度を取り入れている。

大学である以上、専門教育を充実させるのは当然だ。しかし、工学部ではエンジニアとしての技能や知識が身に付けばよい、医学部では医師国家試験に受かればよいというものではないだろう。大学で学んだ後で、どんな仕事に就くにしても、人間としての基本的な力、豊かな教養に裏付けられた人格というものが必要になる。それを形作るのが大学に求められる教養教育だ。しかし、これまで多くの大学で教養教育は軽視されてきたように思う。

山形大学の場合、以前の教養教育は、およそ700の科目の中から学生が自ら選択する形をとっていた。レストランに例えれば、アラカルトメニューだけを提供していたようなものだ。選択肢が多様で柔軟に対応できるというメリットもあるが、その半面、単位が取りやすいとか、自分の関心があるとかで選択が偏るというデメリットもあった。一方、教員の側にも、それぞれの得意分野、自分が教えやすいことに講義内容が偏っているような印象があった。

本来の教養教育とは、教員が教えたい授業ではなく、大学で学生が学ぶべきと考える授業を提供するものだろう。「基盤教育」とは、大学4年間、さらに大学院へと進むための基礎を作るだけでなく、卒業後も学び続ける、いわゆる生涯教育の基盤となるようにと名付けたものだ。

授業の内容も、必修科目を見直し5つのカテゴリーに再編成し、かつてのアラカルトメニューから、栄養バランスを考えて提供する定食メニューのようなカリキュラムへと改革した。他大学でも注目され、全国の国公私立大学の学長が教育の面で注目している大学を選ぶランキング調査では全国で6位、国立大学では1位に選ばれた。

全国の学長の評価ランキング

1位 金沢工業大学
2位 国際基督教大学
3位 国際教養大学
4位 桜美林大学
5位 立命館大学
6位 山形大学
7位 愛媛大学
8位 早稲田大学

出典・大学ランキング 2012年版 (週刊朝日進学MOOK)

科学技術研究で世界と互角に戦う

専門分野でも国立大学である以上、世界と戦える分野を持つべきだと考え、投資を集中すべき研究分野を選択、これまで実績のある有機エレクトロニクス研究に力を入れることにした。この分野では日本のトップに立ったと思っているが、これからは世界一の研究拠点となることを目指す。また、2011年の東日本大震災を受けて、2012年1月1日に東北創生研究所を設立した。学部の枠を超えて、これからの東北地方の在り方を研究し、モデル事業を実施しながら、東北の未来を切り拓く拠点にしていきたい。

産業の復興ももちろん大切だが、東北の未来を考えたときに核になるのは科学技術イノベーションだと考えている。阪神淡路大震災の後、兵庫県にはさまざまな科学技術の拠点が作られた。スーパーコンピュータ「京」も、理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターや、大型放射光施設「SPring-8」も震災後に兵庫県に作られ、大きな成果をあげている。東北でも最先端の科学技術は、復興への足掛かりになるはずだ。

具体的には「重粒子線がん治療施設」と「3ギガエレクトロンボルト級放射光施設」の設置を目指している。この2つについては、学長としての残り2年の任期中にめどをつけたいと考えている。重粒子線の施設はまだ国内に5カ所、大型の放射光施設は2カ所しかなく、いずれも関東、関西が中心。東北にできれば、必ず復興の起爆剤になると確信している。

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結城 章夫YŪKI Akio経歴・執筆一覧を見る

国立大学法人山形大学長。1948年山形県生まれ。1971年東大工学部物理工学科卒業。76年アメリカ合衆国ミシガン大学大学院原子力工学科修了(工学修士)。71年科学技術庁入庁、同庁研究開発局長、文部科学省大臣官房長などを歴任し、2005年から文部科学事務次官。07年7月に退官、同年9月より現職。

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