これからの日本をどう守るか―安全保障と日米同盟―

中国の動向と日本の海洋戦略

政治・外交

海洋戦略における中国の台頭が著しい。防衛政策を揺るがしかねない事態に日本はどう対処するのか。政策研究大学院大学の道下徳成准教授がその対処方法と課題を考察する。

2 日本の対応

それでは、こうした中国の動きへの日本の対応はどのようなものであろうか。日本の対応には3つの側面があり、1つめは日本独自の対応、2つめは米国との協力を通じた対応、3つめは地域諸国との協力を通じた対応である。

(1)日本独自の対応

まず、1つめの日本独自の対応の基本的な姿は、2010年に改訂された防衛政策の基本文書「防衛計画の大綱」(以下、新大綱)に示されている。新大綱は、平時から戦時にかけて発生する各種のシナリオに柔軟かつ「シームレス(切れ目なく)」に対応することを目的に、「動的防衛力」という考え方を示している。動的防衛力とは、警戒監視活動を強化することによって平時における情報収集能力と地域におけるプレゼンスを高め、また演習や訓練を強化することによって平時におけるプレゼンスと、危機や紛争の発生時に必要な即応体制を向上させるというものである。

こうした考え方は、これから中国との関係で中心的な課題となるのは、「がっぷり四つの本格的な軍事衝突」ではなく、「軽いジャブの応酬を繰り返す平時における競争」であるとの認識に基づいている。2010年、中国海軍の艦載ヘリが海上自衛隊の護衛艦の近くを飛行するという威嚇行為を行ったり、中国船が日本の排他的経済水域(EEZ)内(中国は自国のEEZ内と主張)で海上保安庁の測量船を追跡し、調査中止を要求したりするなどの事案が発生しているが、このような牽制行動こそが、今後、日中間で発生する典型的な事態であると考えられる。中国がこれからも同様の行動をとり続ければ、より深刻な危機が発生しても不思議ではない。また、同じく2010年に発生した尖閣諸島における中国漁船衝突事件に見られるように、必ずしも両国政府のコントロールの効かない民間人の行動によって危機が引き起こされる可能性もあり、事態を一層複雑化させている。

1950年代から60年代にかけて米ソ間に数々の危機が発生したが、これは、当時、冷戦が始まってからあまり時間が経っておらず、両者の間に「ゲームのルール」が確立していなかったためである。そして現在、中国と周辺諸国の間には「ゲームのルール」は確立していない。両者は相互に牽制行動をとりつつ、「ゲームのルール」を作る作業にようやく着手したばかりである。こうした時代にはどうしても事故が起こる。2001年の海南島でのEP-3事件や、2010年の中国ヘリによる威嚇飛行、そして尖閣での事態は、今後発生するであろう危機の予兆に過ぎない。こうした時代には危機管理が重要になり、あらゆる事態において関係各国が迅速かつ賢明な対応をとることが不可欠となる。

(2)米国との協力を通じた対応

次に、米国との協力を通じた対応についてであるが、ここで重要なのは、現在、新しい作戦概念として注目されている「エアシーバトル(air-sea battle)」である。これは米国が中国のアクセス拒否戦略に対抗するために開発中の作戦概念であり、長距離攻撃能力の向上や海空軍の共同作戦能力の強化を進めようとするものである。そして、「エアシーバトル」の実施にあたっては、在日米軍基地の防衛に自衛隊が重要な役割を果たしていること、中国の防衛ラインである第1列島線が日本の南西諸島に沿って引かれていること、そして自衛隊が強力な対潜水艦戦(ASW)能力を備えていることなどから、日本の協力が不可欠であると考えられている。冷戦期、ソ連の海洋拒否戦略に日米がいわゆる「海洋戦略(Maritime Strategy)」で対抗し、日本がASW、防空戦、機雷戦などで重要な役割を果たしたが、今後、中国のアクセス拒否戦略に対して、日米が共同で実施する「エアシーバトル」が重要な役割を果たすようになると考えられる。

(3)地域諸国との協力を通じた対応

最後に、地域諸国との協力を通じた対応であるが、中国の経済成長率と日米の経済状況を比較すれば、日米だけで中国の台頭に対応するのが困難であることは自明であろう。2010年までの過去10年間に、日本の防衛費は1.7%減少したのに対し、中国の防衛費は189%増加している。日米両国はそうした現実を踏まえ、環太平洋連携協定(TPP)などによって経済成長の促進を図ろうとしているが、それだけで中国に追いつくことは不可能である。

このため、日米両国は地域の友好国との連携を強化することによって、中国の台頭に対応しようとしている。2010年の新大綱が韓国、オーストラリア、ASEAN諸国、インドを名指しし、これらの国々との防衛協力を強化する方針を示したのは、まさにこのためであった。

日本近海などにおける中国艦船の活動例

2004年11月 原子力潜水艦が沖縄近海を潜没航行
2005年9月  ソブレメンヌイ級駆逐艦等5隻が東シナ海・樫ガス田付近を航行 
2008年10月 ソブレメンヌイ級駆逐艦等4隻が津軽海峡を通過。
2008年11月  ルージョウ級駆逐艦等4隻が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に進出。 
2008年12月 海洋調査船2隻が、尖閣諸島内の領海内に侵入。
2009年6月  ルージョウ級駆逐艦等5隻が南西諸島を通過して沖ノ鳥付近まで進出。 
2010年3月  ルージョウ級駆逐艦等6隻が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に進出。 
2010年4月 キロ級潜水艦、ソブレメンヌイ級駆逐艦等10隻が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に進出。

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