3.11後の日本

震災ルポ 極まる東北の中央政治不信

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震災後4カ月。一日も早い復興を望んでいるのは壊滅的な被害を受けた被災地の人々に他ならない。彼らは、そして被災地の首長らは今、どんな思いで毎日を生き抜いているのか。気鋭のジャーナリストがその現実に迫る。

災害時はミクロの対応が不可欠

女川町を出発し、同町から30キロ西に位置する日本三景の一つ、名勝松島海岸がある松島町に向かった。死者・行方不明者は16人で、数百、数千人の犠牲者が出た周囲の自治体と比べると少ない。観光名所の風光明媚な島や半島が津波の力を遮るようにして弱めたことや、松島湾内の平均水深が3.5メートルと浅かったことなどが理由として挙げられている。

実際、町内の海岸沿いを歩くと、堤防や海岸林がまったく無傷な一帯があって驚かされた。そこから東西に数キロも離れると、女川町の港のような光景が再び広がるのだ。


入り組んだ地形のため、松島は比較的、被害が少なかった。

それでも、町の本年度試算では、被害総額は、町の本年度一般会計当初予算の53億円をはるかに上回る86億円に上る。仙台市のベッドタウンの側面が強いとはいえ、古くからの基幹産業である観光と漁業関連の施設や商店への浸水被害は激しく、書き入れ時の5月の連休は大打撃を蒙った。大橋健男(おおはし・たけお)町長は説明する。

「観光という意味では、三陸特産の魚介類を失ってしまったのは痛い。今はホテルや旅館に復興工事の関係者が多く宿泊しているが、夕食を食べない場合が多いので単価は半分ぐらいだと聞いている」


宮城県松島町の大橋健男町長。2007年に初当選する。

海外からの観光を守る


松島の特産品は復活している。

とはいっても、被害が比較的小さく、観光という切り札は保持している。同町には、災害対応時の拠点になることや、国内外から人を呼び込むという重要な役割があるとも力説した。

「今回も、周囲の自治体から多数の避難者を受け入れるなど、一定の貢献を果たしたと考えている。今後とも震災が起きる可能性はあるので、当町がまとめ役となり、近隣の自治体との連携を強化する。ここ約20年来、増え続けてきた中国、香港、台湾、アメリカ、フランスなどの外国人観光客にも再び来てもらえるようPRにも力を入れたい」

大橋町長は、国の対応については 強い疑念を抱いてきたという。

「国の関係者と話していて肌で感じるのは、『通常業務の範囲内で処理しようとしている』ということだ。地方は中央から離れているから、そういう感覚にもなるのだろうが、今回はあまりに大きな災害だ。ひと括りにされては困る。通常の行政ではマクロ的にやる方が低コストで効率的になる面がある。だが、あらゆる社会基盤が機能不全になる災害時は、給水や給油などの必需品の点で見ても、地域ごとのミクロの対応が不可欠。国の担当者や政治家は、もっと現地に来て、実情をしっかり見て、それから優先順位をよく考えて政策を決めてほしい」

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