【動画】アラビア書道家・本田孝一「私の本格的な創作活動は始まったばかり」
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独自の指導法でアラビア書道を日本に広める
東京・水道橋のビルの一室で開催された書道教室。参加者は日本人女性が中心だが、書いているのはアラビア文字だ。手にするのは毛筆ではなく、自分で削った竹や葦(あし)製。紙も光沢のある厚手のものを使用し、インクを付けて文字を描く。
生徒の大半はアラビア語を習得しておらず、日本の書道ですら「学校以外で習ったことはない」という人も。それでも、みんな真剣な面持ちで筆を握り、コーランの一節と向き合っていた。国や言語、宗教の壁を越え、純粋に「アラビア文字の美しさ」「アラビア書道の楽しさ」に魅了されている。
指導するのは、日本アラビア書道協会会長の本田孝一さん。生徒が悩んでいると自ら筆を執り、即興で文字の配置まで見事にデザインしてみせる。時には音楽に見立て「この字は4分音符で、そっちは2分音符みたいな感じで。シンバルを鳴らすように点を打つ」といった感じで、ユニークに解説していく。
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日本アラビア書道協会の教室は現在、東京に横浜、名古屋、大阪など11カ所で開講し、全国に300人近くの生徒を抱えている。だが、本場のアラブ諸国には気軽に学べるような書道教室はほとんどないという。大抵は師匠に弟子入りし、見よう見まねから学んでいくのだ。生徒の一人は「夫の仕事でUAE(アラブ首長国連邦)に住んでいた時、アラビア書道を習ったことがある。でも、教本もなく、ひたすら文字を書くだけで、あまり上達しなかった。本田先生に出会って初めて、アラビア書道のとりこになった」と振り返る。
本田さんは「書道が学校教育に組み込まれている日本人は、アラビア書道になじみやすい」と語る。8つあるアラビア語の基本書体の教材を自ら作成するなど、日本の書道教室の良い面を取り入れながら指導方法を体系化。そのおかげで、生徒からは「言葉の意味は分からなくても、きれいな字が書けるようになるので楽しい」との声が多数聞かれた。
2016年には、皇太子時代の英国・チャールズ国王が創設した美術学校「The Prince’s School of Traditional Art」に招かれ、アラビア書道の短期集中講義を担当。他にもUAE・アブダビのブックフェアで講演するなど、独自の指導法や理論は海外でも注目されている。
伝統を守りながらも、ユニークかつ斬新な発想
本田さん自身が、アラビア書道に出会ったのは1970年代後半。東京外国語大学アラビア語学科を卒業後、日本企業の通訳としてサウジアラビアを中心に中東地域に約5年間滞在した時だ。現地で触れたアラビア文字の美しさに心を奪われ、仕事の同僚だったサウジ人書道家から指導を受けた。
帰国後も独学で勉強。書道家として少しずつ評価を高めていた1988年、正統な書式を学び直すためにトルコのハッサン・チェレビー氏に師事。国際郵便での通信添削を10年以上続け、2000年に「書道印可(イジャーザ)」を授与された。その間にも、国際アラビア書道コンテストをはじめ、多数の賞に輝く。個展は国内ではもちろん、サウジアラビアやトルコ、マレーシアなどで開催したほか、世界中の美術展に招待出品している。
伝統的な書法に真剣に向き合いつつも、大胆で斬新な発想が持ち味だ。アトリエではデザイン案を練りながら、帯状のアルミ板を手に持ち、文字の形にしながら試行錯誤していた。
「書は2次元ですが、アラビア文字はメビウスの輪のような立体としてとらえると、太い部分と細い部分のつながりなどが美しく描ける。さらに言えば、書き始めから終わりまでには時間が経過するので、私はアラビア書道を4次元の芸術と考えている」
自由な作風を育んだアラブ人の寛容さ
当然、作風も唯一無二。アラビア書道の作品は通常、文字の周囲を唐草やマーブルなどの文様で装飾する程度だが、本田さんは砂漠や夜空、宇宙などを背景全面に描き、その中に文字を配置していく。
一見、書道というよりも絵画に近い印象を受けるものの、文字は伝統的な書式をしっかりと守っている。その上、過剰な装飾を排した構図は、余白を生かす日本の書道にも通じる美学まで漂う。
「アラブ人には皮肉屋も多いのですが、ありがたいことに私の書法や作風、指導法には寛容。例えば、アラビア書道では文字の途中でインクを付け直すのが普通だが、私は日本の書道のように“一筆書き”することにこだわっている。そのことが現地の新聞に載り、『本田はすごい!』と持ち上げられたことまである」
アトリエの中でひときわ目を引いたのが、中国・南宋時代の茶碗で“器の中に宇宙が見える”と称される「曜変天目」からインスパイアされた巨大な作品。中央の「アッラー」の文字の周りに、99の神の名が記された紙片が貼り付けられており、宇宙に浮かぶ惑星のようだ。
「これは『アッラーの99の美名』。99は単なる数字ではなく、千夜一夜のように“たくさん”という意味を持つ。つまり、日本の八百万の神に通ずるものがある」と解説してくれた。本田さんに掛かれば、アラビア書道が日本の神話や、中国の芸術品とも美しく融合してしまうのだ。
大東文化大学の教授として教鞭を執っていたこともあり、アトリエにはアラビア語や書道に関する著作がズラリと並び、書きかけの草稿も積まれていた。「まさにアラブ諸国との架け橋ですね」と伝えると、本田さんは「架け橋なんてとんでもない」と否定し、「橋は土台がしっかりしていないと、すぐに崩れてしまうでしょう」と笑う。
「アラビア語やイスラム文化、そしてコーランは、本当に奥深い。私自身、ほんの少しだけ分かり始めたばかり。アラビア書道家としての創作活動も、これからが本番だ」
アトリエ写真・動画=川本 聖哉
取材・文・書道教室写真=土師野 幸徳(ニッポンドットコム)