【Photos】ラフカディオ・ハーンの面影を求めて:古代神話のふるさと出雲・石見

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島根県の出雲・石見地方は日本で最も古い歴史を持ち、伝統文化が今も息づく地域の一つだ。幕末期の大型カメラを使い、この地のさまざまな風景や伝統を継承してきた人々を撮影した米国人写真家の作品を紹介する。

島根県の出雲地方と石見地方は古代神話の故郷であり、神秘の地だ。起伏に富んだ海岸線に沿って何百万年にもわたる激しい地殻変動が生み出した巨岩が連なり、その奇怪な光景が私たちの想像力を刺激する。岩だらけの海岸には、吹きさらされた崖に松の老木がへばりつき、その節くれだった枝は激しい海風に打ちのめされ、竜のような不思議な形にねじ曲がっている。

この地域に春が訪れると、山々は緑したたるつづれ織りへと景色を変える。岩だらけの海岸から内陸の山地へ入っていくと広大な谷が開け、清流が太古から耕されてきた水田を潤す。

江戸時代から松江市で10年に1度開催されてきた船神事「ホーランエンヤ」に参加する若者
江戸時代から松江市で10年に1度開催されてきた船神事「ホーランエンヤ」に参加する若者

宍道湖でしじみ漁に使われるコンクリートの構造物。形が神社の鳥居に似ている
宍道湖でしじみ漁に使われるコンクリートの構造物。形が神社の鳥居に似ている

弥生時代の紀元前3世紀ごろ、朝鮮半島から強大な勢力が出雲・石見地方に渡来した。やがて彼らが定住し、農耕、冶金(やきん)などの技術を伝え、この地の繁栄につながっていった。

彼らがやってくる前は、縄文人が先住民として暮らしていた。宍道湖の湖畔の村々に数千年にわたって住み、平和な生活を送っていたようだ。美しい土器や装飾品を創り出したことからも、肥沃(ひよく)な土地で狩猟や漁労を行い、穏やかな生活を送っていたことが分かる。今日でもこの地方は豊かな食材に恵まれていることで知られ、みそ汁の具としてお馴染みのしじみなどはその代表格だろう。こうしたことが、この地が「神々の国」と呼ばれる理由の一つになっているかもしれない。

出雲神楽の5歳の舞手。幼いながらすでに多くの複雑な神楽を習得している。憑依(ひょうい)状態で踊るこの神楽は何百年にもわたってこの地域で受け継がれてきた
出雲神楽の5歳の舞手。幼いながらすでに多くの複雑な神楽を習得している。憑依(ひょうい)状態で踊るこの神楽は何百年にもわたってこの地域で受け継がれてきた

稲佐の浜の弁天島。ここで毎年秋に出雲に集まる「八百万(やおろず)の神々」を出雲大社の神職が迎える「神迎祭(かみむかえさい」が催される
稲佐の浜の弁天島。ここで毎年秋に出雲に集まる「八百万(やおろず)の神々」を出雲大社の神職が迎える「神迎祭(かみむかえさい」が催される

島根半島で古来より伝わる水清めの儀式を行う若い女性
島根半島で古来より伝わる水清めの儀式を行う若い女性

天日干しのために「はざ掛け」した稲の束。この独特の形は幸運と長寿の象徴であるフクロウに由来する
天日干しのために「はざ掛け」した稲の束。この独特の形は幸運と長寿の象徴であるフクロウに由来する

「神の国」と呼ばれるもう一つの理由は、自然景観の美しさだ。この地を訪れるたびに、宍道湖の上に浮かぶ雲の美しさに魅了される。風にあおられ、私の頭上を通り過ぎる雲は季節の移ろいとともに絶え間なく変化し、出雲はまさに「雲出ずる池」なのだと実感させてくれる。

日本最古の歴史書である『古事記』には、「八雲立つ出雲」(八には“無数”の意味合いがある)をたたえる歌が収められている。この歌は、日本最古の短歌だと言われている。

「八雲立つ 出雲八重垣(やえがき) 妻籠(つまご)みに 八重垣作る その八重垣を」

(八雲立つ出雲の国をいくえにも取り巻いている雲ではないが、新妻と2人で籠るために、家の周りにいくえにも囲いを作るよ、その八重の垣根を)

宍道湖の南西端の港に集うしじみ漁師
宍道湖の南西端の港に集うしじみ漁師

一畑(いちばた)薬師堂の八万四千仏。眼病の治癒にご利益があるという
一畑(いちばた)薬師堂の八万四千仏。眼病の治癒にご利益があるという

稲田の中に残る古い埋葬塚。地元の言い伝えによると、木々の中から古代人の声が聞こえるという
稲田の中に残る古い埋葬塚。地元の言い伝えによると、木々の中から古代人の声が聞こえるという

石見神楽の面をつくる職人
石見神楽の面をつくる職人

大学時代、私は出雲に関する本を読んだ。日本史の教授がアイルランド人の父とギリシア人の母のもとに生まれた作家、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『知られざる日本の面影』を読むように勧めてくれたのだ。ハーンが出雲地方の城下町・松江に住んでいた頃に執筆した紀行文だ。19世紀末、古くから伝わる生活文化が急速に失われつつある中で、当時の人々の暮らしぶりを生き生きと伝えていた。私は深く心を動かされ、その感銘は日本に暮らすようになった今も続いている。出雲と石見で一連の写真撮影をしようと思ったのも、ハーンの偉大な作品に敬意を表して、この地を自分の足で探索してみたかったからだ。

松江城内に植えられた松
松江城内に植えられた松

若い神楽の舞手。憑依状態で踊る神楽は若者や子供たちにも人気がある
若い神楽の舞手。憑依状態で踊る神楽は若者や子供たちにも人気がある

宍道湖を見下ろす5世紀末に造られた巨大な埋葬塚
宍道湖を見下ろす5世紀末に造られた巨大な埋葬塚

この地を撮影するのに私が選んだのは、19世紀の真鍮(しんちゅう)製レンズをはめた大型の木製カメラだった。湿板ガラスのネガに特殊な薬品を塗るだけで20分、撮影に10分、現像にも15分かかる。撮影現場近くにテントを張り、その中の暗室でネガを準備し、撮影が終わると現像した。そうした手間のかかる作業にこだわったのは、時間をかけて対象と向き合うことで、土地に堆積された深層文化から浮き上がってくる“気配”を捉えたいと思ったからだ。

ハーンは著書の中で、出雲を「日本の魂」と形容している。現代でも、この地には心の平穏と霊感を求めて日本各地から巡礼にやってくる人々が絶えない。私自身もそうした1人だ。この地を訪れてみて、地元の人々がいかに過去とつながっているかを実感し、そのたぐいまれな生き方に感銘を受けた。

ある郷土史家は、「渡来氏族に侵入されたときの苦悩や、それ以前の暮らしに対する懐古の念は私たちの心から決して消えない」と私に語ってくれた。彼は1400年以上も前に起きた出来事に思いをはせ、「私たちの祖先の記憶は今でも風景の中に見いだすことができる」とつけ加えた。

出雲地方で山間部の水田に苗を植える農夫。この地域は日本でも最古の稲作地帯だ
出雲地方で山間部の水田に苗を植える農夫。この地域は日本でも最古の稲作地帯だ

出雲地方で先祖伝来の有機米を刈り入れる夫婦
出雲地方で先祖伝来の有機米を刈り入れる夫婦

出雲地方東部の安来(やすぎ)市の鍛冶屋三代。この地域は製鉄と美術刀剣の製造で知られる
出雲地方東部の安来(やすぎ)市の鍛冶屋三代。この地域は製鉄と美術刀剣の製造で知られる

松江市の神魂(かもす)神社。本殿は現存する日本最古の大社造り
松江市の神魂(かもす)神社。本殿は現存する日本最古の大社造り

古来の記憶を浮かび上がらせるような写真を撮るためには、地元の人々の助けを借りなければ不可能だった。ここで紹介した写真を撮影した場所のほとんどは、彼らが案内してくれたものだ。そしてここで捉えられた風景は、ハーンが追い求めた面影そのものだった。彼らの助けによって、125年前から今も消えずにいた光景に私は出会うことができたのだ。

私はまた、出雲と石見の土地の「魂の守り手」ともいうべき地元の人々にも引き合わされた。農夫、神社の神職や寺の僧侶、鍛冶屋などだ。地元の神楽舞に情熱を注ぐ若者や小さな子供たちもいた。老いも若きも、古来の伝統を継承してきた人々だ。とはいえ、いちずに古いものを守ろうとしているわけではなく、伝統を心から大切にして暮らし、そこから生活を豊かにするみずみずしい活力を生み出していた。

彼らは自分たちの土地、地域、そして過去と深く結びついている。それが私の心を奥底から動かした。流行や最新テクノロジーに惑わされがちな現代世界とは全く異なる生き方がそこにはあった。

郷土史家の藤岡大拙氏。彼の語る出雲の物語が、この地方を撮影する私の原動力となった
郷土史家の藤岡大拙氏。彼の語る出雲の物語が、この地方を撮影する私の原動力となった

島根半島の男女岩(めおといわ)。男女のエネルギーを現しているとされる
島根半島の男女岩(めおといわ)。男女のエネルギーを現しているとされる

出雲地方と石見地方の中継点としての性質を有する大田市に住む若い家族。同市の南西部には世界文化遺産に登録された石見銀山がある
出雲地方と石見地方の中継点としての性質を有する大田市に住む若い家族。同市の南西部には世界文化遺産に登録された石見銀山がある

出雲地方の松林の島。出雲では、松の木は長寿と再生を象徴すると言われる
出雲地方の松林の島。出雲では、松の木は長寿と再生を象徴すると言われる

2017年から2019年にかけて撮影を行ったこの写真プロジェクトを、私は「古きよき未来」と名づけた。出雲と石見の人々は、伝統を重んじながら、持続可能な新しい暮らし方を体現しているように思えたからだ。

彼らは写真家としての私に、大地の声に耳をかたむけ、深くゆかしい情景をとらえる術(すべ)を教えてくれた。これこそ、私たちが暮らすグローバルな世界において、何より大切にしていくべきことではないか。

愛用の大型カメラと筆者
愛用の大型カメラと筆者

写真と文:エバレット・ケネディ・ブラウン

(原文は英文)

バナー写真:宍道湖のしじみ漁師

写真 神話 松江市 小泉八雲 島根県 写真家