【Photos】アマミノクロウサギ:世界自然遺産の島に生息する至宝

環境・自然・生物 地域

奄美大島、徳之島には、多くの動植物、鳥などの固有種が生息している。中でも「生きた化石」と称されるアマミノクロウサギはその代表格だ。40年近く彼らと向き合ってきた、奄美大島在住の写真家が捉えた神秘の生態を紹介する。

人生変えた衝撃的な出会い

アマミノクロウサギを強く意識するようになったきっかけは、世界自然保護基金(WWF)総裁のエジンバラ公フィリップ殿下(エリザベス女王の夫君)が奄美大島に来られたことだ。1984年10月に来島された目的は、アマミノクロウサギを見ることだという。殿下は「世界でも珍しい古代ウサギが生息する環境をこれからも守り続けてほしい」と述べて帰国されたと当時の新聞は伝えた。1921年に動物としては第1号の国の天然記念物に指定されたというのもその時に初めて知った。

アマミノクロウサギとはそんなにすごい生き物なのか。ぜひ見てみたいと思い、林道に車を走らせたのは86年夏のこと。夜、家族と一緒に奄美大島の尾根を縦走するガタガタ道を小一時間も走っただろうか。林道の真ん中に、目がルビー色に光る何やら黒い塊が見えた。車を降りてゆっくりと近づいてみると、褐色のウサギがポツンとたたずんでいた。「アマミノクロウサギだ!」。思わず叫び全身に鳥肌が立ったことは、今でも忘れられない。本当に衝撃的な出会いだった。

カメラをのぞき込むアマミノクロウサギ

カメラをのぞき込むアマミノクロウサギ

謎のベールに包まれた生態に迫る

当時、東京から奄美大島にUターンして6年が過ぎていたものの、写真家として撮影するテーマが何一つ見つからず、故郷で生きていくことに自信をなくし、悶々(もんもん)とした日々を送っていた。しかし、この夏の出会い以来、アマミノクロウサギに取りつかれたように森通いが始まった。

奄美の森には妖怪ケンムンが棲(す)むと言われ、猛毒を持つハブの恐怖もあり、夜の森へ入ることなど考えられない時代だった。岩穴や土穴に暮らし、足や耳が短く、焦げ茶色の体毛のウサギが夜になると林道に出てくる事は知られていたが、調査・研究はほとんど行われておらず、夜行性のため、その生態は謎のベールに包まれていた。

動物を撮るノウハウもない私にとって手探りの挑戦だったが、ライフワークとしてアマミノクロウサギと向き合って生きていこうと自分に言い聞かせて彼らを追い始めると、もっとその生態に迫りたいと思うようになった。そして最初の出会いから半年後、12月にようやく巣穴を見つけた。

試行錯誤の末、87年1月9日に巣穴から出る姿を初めて撮影することに成功した。クロウサギが巣穴から出る姿を捉えると、今度は彼らの暮らしぶりをもっと知りたいという思いが沸々を湧いてきた。日々どういう生活をしているのか? 子育てはどうしているのか? そんな思いを抱きながら、森の奥へ奥へと踏み入っていくと、そこには亜熱帯の鬱蒼(うっそう)とした密林が広がり、四季折々のさまざまな動植物が生息し、これまで見たこともない世界が広がっていた。

初めて見つけた岩の巣穴の前のアマミノクロウサギ。ここから全てが始まった。何度も失敗しながら必死に取り組み、クロウサギの撮影に初めて成功した思い出深い場所だ

初めて見つけた岩の巣穴の前のアマミノクロウサギ。ここから全てが始まった。何度も失敗しながら必死に取り組み、クロウサギの撮影に初めて成功した思い出深い場所だ

世界で初めて子育ての撮影に成功

こうした日々の森通いは、私の五感を研ぎ澄まし、1996年秋に森の斜面で、誰かが土壁を塗り固めたような場所を見つけた。森に詳しい古老から聞かされていた、アマミノクロウサギの子育ての巣穴だとすぐに分かった。

神秘のベールに包まれたアマミノクロウサギの子育てを撮影するため、私は2カ月間、森に寝泊まりしながら撮影を続けた。そして一連の様子を捉えることに成功し、その生態を明らかにした。

秋になると母ウサギは自分の巣穴とは別に子育て用の巣穴を掘って出産し、穴を閉じる。そして2日に一度夜中にやってきて、閉じてある巣穴を開ける。すると子ウサギが待っていたかのように中から出てきて、母ウサギの乳を飲み始める。授乳時間はおよそ2分。終わると、また20分ほどかけて丹念に巣の入り口を閉じて自分の巣穴に帰っていく。こうした行為を40日間繰り返し、成長した子ウサギを自分の巣穴に連れて帰る。

98年12月、子育てのリアルな姿を記録した、こうした映像や写真は世界中に伝えられた。それは、奄美大島が一躍世界に知れわたった瞬間でもあった。以後、Wild Life誌やナショナルジオグラフィック誌など多くの海外メディアも取り上げ、国際論文として学会誌にも掲載された。

閉じられた穴の中(赤い丸で囲った部分)にいる子ウサギは、ハブから身を守るために、母ウサギが入り口を開けるまで48時間じっと待っている

閉じられた穴の中(赤い丸で囲った部分)にいる子ウサギは、ハブから身を守るために、母ウサギが入り口を開けるまで48時間じっと待っている

子育て巣穴の前で授乳中の親子。巣穴は奥行き1メートル前後、奥には部屋があり、そこに落ち葉を敷き詰めて子供を産む。出産後しばらくは母ウサギが中に入って授乳するが、次第に子ウサギが外に出てきてお乳を飲むようになる

子育て巣穴の前で授乳中の親子。巣穴は奥行き1メートル前後、奥には部屋があり、そこに落ち葉を敷き詰めて子供を産む。出産後しばらくは母ウサギが中に入って授乳するが、次第に子ウサギが外に出てきてお乳を飲むようになる

子育て巣穴の前で子ウサギの様子をうかがう母ウサギ

子育て巣穴の前で子ウサギの様子をうかがう母ウサギ

子育て巣穴の前で母ウサギを待つ子ウサギ。子ウサギは巣立ち間近になると自分で巣穴を出て近くを動き回り、森歩きの練習をする。その育ち具合を見て母ウサギは自分の巣穴に連れていく

子育て巣穴の前で母ウサギを待つ子ウサギ。子ウサギは巣立ち間近になると自分で巣穴を出て近くを動き回り、森歩きの練習をする。その育ち具合を見て母ウサギは自分の巣穴に連れていく

辛うじて生き延びてきた貴重な生物

2021年、奄美大島と徳之島は、沖縄島や西表島と共に世界自然遺産に登録された。アマミノクロウサギと出会った36年前、世界自然遺産に登録されるなど考えたこともなく、ただひたすらその生きざまに迫り、彼らが暮らす豊かな森の姿を伝えたいと思い、撮影を続けてきた。

かつて奄美の森は二束三文と言われ、森林の乱伐が行われた。ハブ対策のために奄美にいなかったマングースが放たれ、島の生態系が危機的な状況に陥ったこともあった。しかし、こうした人間の愚行に耐えて、アマミノクロウサギを初めとして、貴重な生き物たちが何とか命をつなげてきた。これから私たちにできるのは、彼らが安心して暮らしていける未来を築いていくことではないか。私の写真を通じて、そんな思いが少しでも伝えられたら、と思っている。

こけむした広場で伸びをする。日頃丸まったイメージしかないが、巣穴に入る時などは体を伸ばして狭い通路を出入りする

こけむした広場で伸びをする。日頃丸まったイメージしかないが、巣穴に入る時などは体を伸ばして狭い通路を出入りする

広場でくつろぐアマミノクロウサギ

広場でくつろぐアマミノクロウサギ

岩の隙間を利用した巣穴

岩の隙間を利用した巣穴

斜面を駆け下りる。急斜面が多い奄美の森の暮らしに合わせて進化したのだろうか。爪が大きく鋭い

斜面を駆け下りる。急斜面が多い奄美の森の暮らしに合わせて進化したのだろうか。爪が大きく鋭い

広場で草を食(は)む親子

広場で草を食(は)む親子

「白足袋」の愛称で呼ばれる、足の先が白毛の珍しい個体。なぜこのようなウサギが生まれるかは解明されていない

「白足袋」の愛称で呼ばれる、足の先が白毛の珍しい個体。なぜこのようなウサギが生まれるかは解明されていない

子育て巣穴の前の親子

子育て巣穴の前の親子

アマミノクロウサギ

  • 生物種:ウサギ目ウサギ科アマミノクロウサギ属
  • 学名: Pentalagus furnessi
  • 英語名:Amami rabbit
  • 生息地:奄美大島・徳之島(鹿児島県)
  • 頭胴長:41〜51センチ
  • 体重:1.3〜2.7キロ
  • 体毛:焦げ茶色
  • 環境省レッドリストのカテゴリー:絶滅危惧IB類(野生で絶滅の危険性が高い種)
  • 推定生息数:1万24〜3万4427匹(奄美大島) 1525〜4735匹(徳之島)(2021年時点)

バナー写真=切り株に前脚をかけるアマミノクロウサギ。切り株に登ったところを撮りたいと無人カメラを仕掛けると、何とカメラ目線の姿が撮影できた

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