【Photos】髹漆―人間国宝 大西 勲の世界

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大橋 弘 (撮影) 【Profile】

大西勲は、漆工芸(しっこうげい)の分野における人間国宝の一人だ。漆(うるし)を塗っては研ぐという作業を何度も繰り返すことで、漆そのものの美しさを引き出していく。

大西勲の作品が出来るまで(全行程8ヵ月)

A.曲輪づくりの工程(2ヵ月)
   工程名 作業のポイント
1 設計図面の作成 設計図に基づいて、曲輪の数、曲輪の直径などを割り出す。
2 薄板づくり 10年乾燥させた檜の板に鉋(かんな)をかけて薄い板を作る。板の厚さは、1.2ミリほど。
3 沸かし 湯の中に薄板を入れて、柔らかくする。
4 曲げ 柔らかくした薄板をブリキ板と木製のコロ(円柱)の間に挟み込み、丸く曲げていく。
5 固定 丸くなった薄板を竹ばさみに挟んで固定する。
6 天日干し 輪になった薄板を竿に通して天日で乾燥させる。途中で輪の接合部の上下を入れ替えて、均等に乾かす。
7 接合部の糊づけ 続飯(そくい:米粒の糊)で木と木の接合部を接着する。

 

B.木地づくりの工程(2ヵ月)
  工程名 作業のポイント
1 曲輪の調整 設計図どおりに曲輪が仕上がっているかを確認し、誤差を修正していく。
2 曲輪ブロックの組み立て 3本の曲輪を組み立ててワンブロックにしていく。
3 曲輪ブロック同士の調整 径の近い曲輪を嵌め込んでいき、ゆるいものやきつすぎるものは、その都度修正していく。 
4 曲輪を嵌め込み 径の小さい曲輪ブロックから大きい曲輪ブロックまで、全部嵌め込んでいく。
5 木地の完成 それぞれのブロックを組み立て、100の曲輪を嵌め込んだ木地を完成させる。

 

C.塗りの工程(4ヵ月)
漆づくり(漆の精製)
  工程名 作業のポイント
 1 ナヤシ(中塗り・上塗り用の漆) 生漆を攪拌して、漆の性質を均一化するとともに、粘度を出す。
 2 クロメ(中塗り・上塗り用の漆) 鉢の中に入れ、天日に当てながら木篦(へら)でゆっくり攪拌し、生漆から水分を少なくして、半透明にしていく。
 3 漉(こ)し 和紙で漉(こ)してゴミを除去する。下地用の漆はナヤシ、クロメを行わず、漉(こ)しだけを行う。
 4 色漆 精製された透明な漆に特定の顔料を混ぜて練り、黒漆、朱漆、緑漆、黄漆などの色漆をつくる。
下地(木地の補強)
  工程名 作業のポイント
1 刻苧(こくそ)彫り 木地をばらし、曲輪を3枚合体した各ブロックの合わせ目を彫る。刻苧(こくそ)とは、漆と白玉の糊、麻布をほぐして綿状にしたものに、木粉を混ぜたもの。この刻苧(こくそ)を埋め込むための溝を彫る作業。
2 木固め 木地に生漆を染み込ませ、木そのものを固くする。
3 磨き 木地を水を使わず砥石で磨く。
4 刻苧(こくそ)かい1 糊漆 (生漆に米の粉を混ぜたもの)と麻布の綿と木粉を混ぜた刻苧漆を、刻苧彫りした箇所に竹ベラで付け、曲輪ブロックの接合部を補強する。
5 磨き 水を使わず砥石で磨く。
6 刻苧(こくそ)かい2 2回目の刻苧(こくそ)かいを行う。
7 磨き 水を使わず砥石で磨く。
8 布着せ 曲輪ブロックの上に糊漆で麻布を貼る。
9 布ぞろい 布の合わせ目や、木地よりはみ出た部分を小刀で削った後、砥石で磨く。
10 布目止め 布目の凹凸を錆漆で埋め、乾燥後に砥石で磨く。
11 地(じ)付1 荒目 木地に珪藻土を焼いて粉にした地粉と漆を練り合わせて施し、さらに固く丈夫にする。
12 磨き 水を使わず砥石で磨く。
13 地(じ)付2 中目 木地に珪藻土を焼いて粉にした地粉と漆を練り合わせて施し、さらに固く丈夫にする。
14 磨き 水を使わず砥石で磨く。
15 地(じ)付3 細目 木地に珪藻土を焼いて粉にした地粉と漆を練り合わせて施し、さらに固く丈夫にする。
16 磨き 水を使わず砥石で磨く。
17 錆付け1  錆(砥石の粉を水で混ぜ生漆と混ぜたもの)をヘラ付する。
18 磨き 水を使わず砥石で磨く。
19 錆付け2 錆(砥石の粉を水で混ぜ生漆と混ぜたもの)をヘラ付する。
20 磨き 水を使わず砥石で磨く。
21 錆付け3 錆(砥石の粉を水で混ぜ生漆と混ぜたもの)をヘラ付する。
22 研ぎ 水を使い、天然砥石で研ぐ。形と面とを整える。
中塗り(下地に漆を塗り下地の肌を整える)
  工程名 作業のポイント
1 塗り1 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。中塗りに使う漆は、裏目漆と呼ばれる9月から10月に採集された漆で、皮膜が薄い漆を使用。この裏目漆と松煙を練り合わせた中塗漆で塗る。
2 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
3 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
4 塗り2 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
5 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
6 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
7 塗り3 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
8 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
9 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
10 塗り4 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
11 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
12 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
13 塗り5 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
14 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
15 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
16 塗り6 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
17 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
18 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
上塗り(仕上げ塗り)
  工程名 作業ポイント
1 塗り1 曲ブロックに漆刷毛で漆を塗る。上塗りに使う漆は、盛り漆と呼ばれる7月から8月に採集された漆で、皮膜の肌理が細かく、漆肌を美しく見せる漆を使用。
2 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
3 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
4 塗り2 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
5 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
6 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
7 塗り3 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
8 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
9 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
10 塗り4 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
11 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
12 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
13 塗り5 漆刷毛で曲輪ブロックに漆を塗る。
14 風呂 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
15 炭研ぎ 水を使い、炭で研ぐ。
16 組み立て 上塗り工程が終了した各曲輪ブロックを組み立て、表面を糊漆で接着する。
17 裏面の固定 裏側の曲輪と曲輪の間に糊漆をしごき込み、さらに錆漆を塗って漆肌を整える。
18 裏面仕上げ塗り1 漆刷毛で裏面に漆を塗る。
19 風呂1 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
20 炭研ぎ1 水を使い、炭で研ぐ。
21 裏面仕上げ塗り2 漆刷毛で裏面に漆を塗る。
22 風呂2 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
23 炭研ぎ2 水を使い、炭で研ぐ。
24 裏面仕上げ塗り3 漆刷毛で裏面に漆を塗る。
25 風呂3 一定の温度・湿度に保たれた“風呂”と呼ばれる部屋で7〜8時間乾燥させる。
26 落款 作品完成後、色漆でサインを入れる。

1. 漆を塗る。
1. 漆を塗る。

2. 大西勲の仕事場。
2. 大西勲の仕事場。

3. 曲輪造盛器(まげわづくりもりき) 2010年。
3. 曲輪造盛器(まげわづくりもりき) 2010年。

4. 曲輪造盛器(まげわづくりもりき) 2010年。
4. 曲輪造盛器(まげわづくりもりき) 2010年。

5. 100本の曲輪。
5. 100本の曲輪。

6. 100本の曲輪を器の形に組む。
6. 100本の曲輪を器の形に組む。

7. 曲輪造盛器 2009年。
7. 曲輪造盛器 2009年。

8. 曲輪造盛器 2009年。
8. 曲輪造盛器 2009年。

9. 布着せ。
9. 布着せ。

10. 布着せ。
10. 布着せ。

11. 炭研ぎ。
11. 炭研ぎ。

12. 曲輪造黒溜(くろだめ)盛器 2003年。
12. 曲輪造黒溜(くろだめ)盛器 2003年。

13. 曲輪造黒溜(くろだめ)盛器 2003年
13. 曲輪造黒溜(くろだめ)盛器 2003年

14. 漆の原液。
14. 漆の原液。

15. 漆の原液を漉(こ)す。
15. 漆の原液を漉(こ)す。

16. 曲輪造盛盤 2010年。
16. 曲輪造盛盤 2010年。

17. 曲輪造盛盤 2010年。
17. 曲輪造盛盤 2010年。

18. 上塗り(最後の仕上げ)の漆を塗る。
18. 上塗り(最後の仕上げ)の漆を塗る。

19. 漆刷毛。
19. 漆刷毛。

20. 曲輪造鉢 2008年。
20. 曲輪造鉢 2008年。

21. 曲輪造鉢 2008年。
21. 曲輪造鉢 2008年。

22. 上塗り(最後の仕上げ)の漆を塗る。
22. 上塗り(最後の仕上げ)の漆を塗る。

23. 木工の道具。
23. 木工の道具。

24. 塗りの部屋。
24. 塗りの部屋。

25. 曲輪造朱盛器 1990年。
25. 曲輪造朱盛器 1990年。

26. 落款(らっかん)。
26. 落款(らっかん)。

27. 漆芸家・ 大西 勲(おおにし いさお)
27. 漆芸家・ 大西 勲(おおにし いさお)

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大橋 弘 (撮影)ŌHASHI Hiroshi経歴・執筆一覧を見る

写真家。日本各地に残る手仕事や伝統食をテーマにして写真を撮り続ける。写真集に、『1972青春軍艦島』(新宿書房)や『苔の宇宙』(CO-2)などがある。
website:http://www.hiroshiohashi.com

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