【Photos】髹漆―人間国宝 大西 勲の世界

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大西勲は、漆工芸(しっこうげい)の分野における人間国宝の一人だ。漆(うるし)を塗っては研ぐという作業を何度も繰り返すことで、漆そのものの美しさを引き出していく。

人間国宝からの一言

1. 漆を塗る

タイトルにある「髹漆(きゅうしつ)」とは聞き慣れない言葉ですが、「漆を塗ること」を意味します。「髹」の字の上半分は、女性の髪を材料とする刷毛のこと。下半分は漆を休ませながら乾かすこと。私はそんな風に解釈しています。

2. 大西勲の仕事場

曲輪(まげわ)に鉋(かんな)をかけている所ですが、こうした作業は、ろうそくの灯のもとで行います。木地の表面の凹凸の陰影がよく見えるからです。それに長時間目を酷使しても、ろうそくの灯は不思議と疲れないのがいいです。

3 -4. 曲輪造盛器(まげわづくりもりき) 2010年

この作品は、春から夏にかけてうつろう緑の色を表現したくて作りました。朱と黒を配することで、次第に深まっていく山々の緑を浮き立たせるようにしました。

5. 100本の曲輪(まげわ)

直径の異なる100本の曲輪を組み立てる前です。直径3センチから50センチまでの曲輪たちが一堂に会する時ですね。木は湿度や温度によって伸びたり縮んだりしますから、なかなか設計図通りにはいきません。曲輪同士がうまく嵌るようにどうしても微調整が必要になってきます。

6. 100本の曲輪(まげわ)を器の形に組む

曲輪が寸分の狂いなく嵌め込まれて形になった時です。なぜ、こんな面倒な作業を行うかというと、木に呼吸させ、何百年も生き続けさせるためです。こうした形をろくろで挽いて作ることも可能ですが、長い時間が経過すると木目の横方向に伸びるという木の性質上、楕円になったり、罅(ひび)が入って割れやすくなったりします。それに対して、曲輪に漆を塗った器は、温度や湿度の違う外国に持って行っても壊れにくい。たくさん作ろうと思ったら挽きもので、長く残るものをと思ったら曲輪ということになります。

7-8. 曲輪造盛器 2009年

この作品は鉄の七輪の中で、真っ赤に炭が燃えているイメージを思い浮かべながら作りました。私が生まれたのは炭坑地帯で、良質の無鉛炭がとれました。無鉛炭の黒というのは、いわゆる漆黒の黒ではなくて、すこしいぶしがかったような黒です。そうした黒がうまく表現されていればいいのですが…。

9. 布着せ

漆を塗った曲輪に麻布を被せている所です。木目に対して布目をバイアス(斜め)にして被せていくのがポイントです。なぜこうするかというと、木にある程度の伸縮を許すからです。布目に平行に被せていくと、伸びたら伸びっぱなしになってしまって、縮んだ時に困ってしまう。斜めにかけてやれば、伸縮に対応しながら強度を保つことができるんです。こうした布着せは、正倉院御物でも行われていました。古代人の智恵、畏(おそ)るべしです。

10. 布着せ

布着せした後でその上から漆を塗っているところです。布着せだけでなく、曲輪に漆を塗るときは、こんな風にして曲輪を十字の板で支え、その板を持って行います。回転させながら漆を塗ることができますし、何より漆を塗った所は手で触れませんから。

11. 炭研ぎ

この研ぎの作業を最近ではサンドペーパーで行う人が大半ですが、私は静岡県産の油桐の木炭にこだわっています。漆を塗ったら乾燥させ、研ぐという作業を繰り返し行うことで美しい漆肌を作っていきます。

12-13. 曲輪造黒溜(くろだめ)盛器 2003年

夜空の星を表現した作品です。夜空の暗黒の黒ってどんな風だろうかと思いながら作りました。脚がついていますが、この脚も曲輪を重ねていって作りました。溜というのは、上塗りに透漆(すきうるし:精製した漆そのままのもの)を塗ることです。塗り上がったばかりの頃の黒が時間の経過とともに落ちていき、得も言われぬ艶(つや)のある黒が生まれてきます。

14. 漆の原液

漆液は、漆の木からとれる乳白色の樹液です。漆の木に傷をつけることによってにじみ出てくる樹液を、漆掻きという職人が採取します。一本あたりの採取量はわずか150グラムという貴重な液体です。日本で使われる漆の99%は中国産ですが、私は茨城県産の大子(だいご)の漆を使っています。知り合いの漆掻きに頼んで採取してもらった生漆を自分で精製して、顔料を加え好みの色を作っていきます。この漆は、夏の暑い盛りに採取された漆で、「盛り漆(さかりうるし)」と言います。上塗り用に使う漆です。

15. 深緑(ふかみどり)の色漆を漉(こ)す

精製し顔料を加えた色漆を和紙で漉します。ゴミをとるのが主な目的です。

16-17. 曲輪造盛盤 2010年

冬のオリオン星座を表現した作品です。幼い頃夜空を見上げている自分の姿を思い浮かべながら作りました。外側にあるのは三日月で、そこだけ浮き上がるように三日月の弧の部分は曲輪に段差をつけて高くしてあります。

18. 上塗り(最後の仕上げ)の漆を塗る

一気にさっと塗っていきます。漆には埃が禁物ですから。作業場のある筑西市は漆を塗るには適した場所とは言えません。漆塗りに適しているのは、年間を通して湿度が高い地域です。例えば、輪島塗(石川県)や津軽塗(青森県)、会津塗(福島県)などの産地などですね。こうした産地は、湿度が高く、埃も少ないです。

19. 漆刷毛

女性の髪の毛を板で挟んで作ります。昔は海女さん髪で作った刷毛が、芯があって一番良かったそうです。

20-21. 曲輪造鉢 2008年

棚田を表現したくて、形を楕円形にしました。楕円の曲輪を作るのは難しくて、微調整を何度も繰り返してなんとかこの形に仕上げました。季節としては実りの秋をイメージしました。

22. 上塗り(最後の仕上げ)の漆を塗る

漆工(しっこう)の道に遅く入ったので、漆塗りは得意ではありません。他にもっと上手な人がたくさんいます。だから器用さを捨てて、丹念に塗りと研ぎを繰り返すだけです。正攻法で長い時間をかけて、漆本来の美しさを引き出していくしかありません。

23. 木工の道具

曲輪の修正や調整に使う豆鉋や小刀です。曲輪をぴたっと合わせるためには微調整が必要となってきますから、用途に応じて様々な道具が欠かせません。

24. 塗りの部屋

右側に見えるのが、漆風呂です。防塵と保温、保湿のための部屋です。漆は湿気がないと乾きません。漆が乾くための最適な環境は、湿度が75%、温度が20度から25度。ここで7〜8時間置き、漆の艶を引き出します。

25. 曲輪造朱溜(しゅだめ)盛器 1990年

盛器の縁に空いた8つの穴は、北斗七星とそれを見上げる自分です。これも溜塗の作品ですが、作ってから20年以上経って、朱の色がますます妖艶になってきました。この漆の色は、時間との共作と言ってもいいでしょう。

26. 落款(らっかん)

半年以上の作業が終了し、作品が完成すると朱漆でサインを入れます。このサインは、自分が責任を持って作ったという印(しるし)でもあります。

 

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