初競りで一番マグロが2億超えも、魚食の衰退は深刻:魚の伝道師・上田勝彦氏は「調理への先入観」が原因と指摘

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日本人の長寿の秘訣とも言われてきた魚食に、大きな異変が起きている。海外では伸びる一方の魚消費だが、日本では減少の一途。サンマをはじめ、旬の魚が不漁続きであるといった事情はあるが、理由はそれだけではない。元水産庁職員で「魚の伝道師」と呼ばれる上田勝彦氏らに、現状の課題や打開策について聞いた。

一番マグロが1キロ75万円も、止まらない魚食離れ

東京・豊洲市場(江東区)で2025年1月5日、新春恒例のマグロ初競りが開かれ、276キロの青森・大間産が2億700万円で落札された。

これは豊洲移転後、初めて迎えた19年正月の初競りで3億3360万円を記録したのに次ぎ、過去2番目の高値。競り落としたのは仲卸大手の「やま幸」で、委託したONODERA GROUPがすし店「銀座おのでら」などで提供した。

初競り後、報道陣に公開された2025年の一番マグロ 写真・筆者提供
初競り後、報道陣に公開された2025年の一番マグロ 写真・筆者提供

初競りでは、北海道産のバフンウニにも1枚(約350グラム)700万円の過去最高値が付き、年初から豊洲市場は大きなにぎわいをみせた。

だからといって2025年の水産業界が好景気で、活発な魚消費が期待できるとは限らない。サンマやアキサケ、スルメイカといった大衆魚介は、軒並み不漁が続いている。外食時にすし店で食べるクロマグロやウニなどの高級魚介がいくら話題に上っても、日常の食卓に並ぶ旬の魚を含めた水産物流通が低迷すれば、魚離れがますます進む。さらには漁港や魚市場、漁師らも打撃を受け、日本の多様な魚食文化が衰退してしまうのだ。

1グラム当たり2万円と、純金の相場よりも高いバフンウニ 写真:筆者提供
1グラム当たり2万円と、純金の相場よりも高いバフンウニ 写真:筆者提供

旬の魚の不漁が追い打ち

不漁が続く代表格は、秋の味覚・サンマ。2022年に記録した過去最低の漁獲量1万7910トンからは増加傾向にあるものの、23年も今シーズンも、豊漁だった08年の34.3万トンと比べると10分の1にも満たない。昔はぷっくりと太ったサンマが1尾100円を切っていたのに、近年はほっそりしたサンマが200円以上で店頭に並ぶ。

北海道を中心としたアキサケの不漁も深刻だ。チリ産のギンサケ、ノルウェーのサーモンの存在感が増しており、魚の供給量に不足はない。ただ、これら海外のサケ類は「イクラ」「筋子」に加工するには不向きなため、アキサケの不漁が年末のイクラ価格などの高騰につながった。

ほっそりとした今シーズンのサンマ 写真:筆者提供
ほっそりとした今シーズンのサンマ 写真:筆者提供

アキサケの不漁から、高根の花となったイクラ 写真:筆者提供
アキサケの不漁から、高根の花となったイクラ 写真:筆者提供

かつてスーパーでは1杯100円で特売されていたスルメイカも記録的不漁。20年前の漁獲量と比べると、サンマ同様に10分の1程度まで落ち込んでいる。値段も高騰しており、居酒屋のイカ刺しもスルメイカではなく、漁獲量が好調なアカイカなどに切り替えているようだ。

「こうしたメジャーな魚種の不漁が、魚離れに拍車をかけている」と語るのは、大手スーパーで40年にわたってバイヤーを務めた小谷一彦さん。現在は魚食普及推進アドバイザーとして活動することもあり、「消費者は、品質・価格がマッチしていないと判断したら買わない。もう少し待てばもっと良いものが、もっと安く味わえるかもしれないと躊躇(ちゅうちょ)するうちに、魚食習慣がどんどん薄れてしまうでしょう」と憂慮する。このままでは「やっぱり秋はサンマだね」と言っても、若い世代には通じなくなるかもしれない。

食卓に並ぶ機会がめっきり減ったサンマの塩焼き 写真:PIXTA
食卓に並ぶ機会がめっきり減ったサンマの塩焼き 写真:PIXTA

魚の消費量は50年前の水準に逆戻り

魚離れは決して近年、始まったことではない。農林水産省の食料需給表によると、魚介類の年間1人当たりの消費量は2001年の40.2キログラムをピークに減少に転じ、2023年度は21.4キログラムとほぼ半減。およそ50年前の水準まで落ち込んだ。

対照的に肉類の消費は緩やかに上昇しており、11年度に魚消費を上回った後、その差は拡大の一途である。水産庁によると「世界では1人当たりの食用魚介類の消費量が過去半世紀で約2倍に増加し、近年もそのペースは衰えていない」というから、日本は世界の潮流に逆行しているのだ。

魚と肉の1人当たり年間消費量の推移

魚料理「好き」が7.5割で、健康にも良いが…

魚はなぜ敬遠されるのか―。農林水産省2019年度に実施した意識調査によると、魚介類を購入しない理由は「家族が肉を求めるから」「価格が高いから」「調理が面倒だから」が上位だった。EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)など水産物に含まれる健康成分についての認知度は高まっているものの、「消費を拡大するまでには至らない」(水産庁)のが現状だ。

かといって、魚を食べるのが嫌いという人が多いわけではない。水産関連企業などで構成する大日本水産会がまとめた「2022年 子育て世代の水産物消費嗜好動向調査」の結果をみると、「家族が魚類を食べることが好き」といった回答は74.8%。ただ、「魚類を料理することが好き」は30.2%にとどまっており、調理のハードルが高いことが魚離れにつながっているのが分かる。

ちなみに、同じ項目を肉類でみると「食べることが好き」は86.7%で、「料理することが好き」も50.4%と半分強となっており、魚料理の約3割を大きく上回る。

客の要望で下処理をしてくれる北鎌倉の鮮魚店「サカナヤマルカマ」 撮影:ニッポンドットコム編集部
客の要望で下処理をしてくれる北鎌倉の鮮魚店「サカナヤマルカマ」 撮影:ニッポンドットコム編集部

魚嫌いを、好きにさせる方法とは?

元水産庁職員で「魚の伝道師」と呼ばれる上田勝彦さんは、調理に対する先入観や誤解が魚食低迷につながっているとみている。

上田さんは、魚料理を敬遠する人は「手間が掛かる」「生臭い」「ごみが出る」「レパートリーが少ない」「骨が嫌」「肉よりも割高」という6つの理由を挙げると分析。そんな人の目の前で手際よく魚をさばき、手軽でおいしい料理に仕上げてみせるのが、ウエカツ流の“伝道”スタイルで、「先入観をひっくり返せば、あっという間にファンになる」と胸を張る。

2024年末、サカナヤマルカワにて 撮影:ニッポンドットコム編集部
2024年末、サカナヤマルカワにて 撮影:ニッポンドットコム編集部

それを証明したのが、2024年8月に開催された「ウエカツ先生の豊洲市場で親子おさかな料理ワークショップ」。約30人の親子を前に、上田さんはアジを丸ごと使い切る料理を伝授。さばいて刺し身を作ったり、あらを煮物にしたりすると、親はもちろん、子供たちも見事な手さばきと話術に夢中になっていた。

続いて、親子でアジの調理を実践。母親からは「魚が苦手だった息子が『おいしい、おいしい!』と夢中で食べるのを初めて見た」「家での魚料理が増えそう」といった感想が次々と寄せられた。そして、「意外と簡単にできた」と話す子のうれしそうな表情が印象的だった。

包丁片手に子供たちに熱く語りかけるウエカツさん 写真:筆者提供
包丁片手に子供たちに熱く語りかけるウエカツさん 写真:筆者提供

日本の魚食文化は多様性も伝える

上田さんは月に何度かは北鎌倉の鮮魚店「サカナヤマルカマ」の店頭に立ち、消費者と触れ合う。魚の調理・食べ方を伝える場合、「“レシピ”ではなく“仕組み”」を教えることにこだわる。

「魚をおろすとき、どこから包丁を入れるか、どう切るかで味が変わるので、最適化を図らねばならない。調味料の使い方もそれぞれ役割があって、煮魚を作るには、先に塩やしょうゆなどを入れてしまうと固くなるから、酒や糖分などを入れてから煮ていくとふっくら仕上がる」などと丁寧に教える。しっかりと仕組みを覚えれば、応用も利く。さらに手早く、無駄なく、おいしく調理できれば、臭いやごみも減り、割高感も払しょくできるという。

日々、消費者の変化を肌で感じている 撮影:ニッポンドットコム編集部
日々、消費者の変化を肌で感じている 撮影:ニッポンドットコム編集部

それでも、「魚食拡大」は一筋縄ではいかないだろう。ここ数年、イワシやサバなどは豊漁が続いているものの、消費が盛り上がっているわけではない。上田さんも「水産業界も今まで取りこぼしてきたものを見直し、拾っていく作業が必要。地道な作業だが、面倒くさがらずに続けていくことが大事」と語る。『サカナ伝えて、国おこす』というスローガンを掲げる上田さんは、さらにこう付け加えた。

「魚食を通じて感じてほしいのが“多様性”。日本で食べられる魚介類は非常に多彩で、地域や漁港ごとに取れる種類や大きさ、調理方法も違う。インバウンドにもすしだけでなく、郷土色豊かな魚料理をいろいろ味わって、できれば調理の仕方も知ってもらいたい」

頭で学んでも身につかないが、「舌や味覚で学んだことは身につく」という。魚をおいしく食べて、多様性を学ぶことは、日本の多様な魚食文化を守るとともに、生きやすい社会の実現にもつながるかもしれない。

地元産の魚を下すウエカツさん 撮影:ニッポンドットコム編集部
地元産の魚をおろすウエカツさん 撮影:ニッポンドットコム編集部

バナー画像:魚の伝道師・上田勝彦さん 撮影:ニッポンドットコム編集部

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