豊洲初競り、今年も「大間マグロ」が1億1424万円の超高値:揺るぎない日本一も、立ちはだかる漁獲枠の壁
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東京・豊洲市場で5日早朝、新春恒例の初競りが行われた。マグロの卸売場では、競りの前に能登半島地震の被災者に黙とうがささげられ、市場関係者のあいさつの後、恒例の1本締め。午前5時10分に生マグロの競りが始まった。
一番マグロの競り合いは、1分ほどで決着。大間産のクロマグロ(238キロ)が1本1億1424万円の高値で落札された。昨年の最高額3604万円の3倍以上で、4年ぶりの1億円超え。市場内は熱気に包まれた。競り落としたのは仲卸大手の「やま幸」で、委託したONODERA GROUPが運営するすし店「銀座おのでら」などで提供される。
初競りでは絶対王者、大間のマグロ
今や一番マグロの代名詞ともなっている青森県・大間産。日本一のマグロ産地として、他の追随を許さずに確固たる地位を築き上げてきた。旧築地市場時代の2000年以降、初競りの一番マグロのほとんどが大間産で、06年に長崎県・壱岐産、11年には北海道・戸井産の後塵(こうじん)を拝したものの、今年で13年連続とまさに横綱相撲である。
これまでの最高価格は19年、「すしざんまい」を運営する喜代村が落札した3億3360万円(278キロ)。豊洲市場に移転して最初の正月だったこともあり、破格のご祝儀相場となった。今年を含めて過去に1億円超えは4本。その全てが大間産だ。
全国から上物が集まる豊洲では、大間と同じ青森・下北半島の港や八戸、対岸の戸井、宮城県の気仙沼などで水揚げされたマグロにも高値が付く。大間ブランドが毎日一番マグロを獲得するほど甘くないが、それでも初競りに関しては「大間一強」である。
23年には、水揚げ量の一部を報告しない「漁獲隠し」で、水産会社の役員が有罪判決を受けた。大間ブランド失墜が懸念されたが、今年の初競りの結果を見る限り、あまり影響はなさそうだ。
旬に来遊、格別の大トロと中トロ
筆者はマグロ漁の現状や不動の人気の理由を探ろうと、昨年12月中旬に現地へと向かった。本州最北端・大間崎の朝はすでに氷点下で、寒風が吹きすさび、厳しい冬の到来を告げていた。
眼前の津軽海峡は日本海と太平洋をつなぎ、暖流の黒潮や対馬海流、寒流の千島海流(親潮)の3つが混じり合い、プランクトンが豊富に生息。栄養を求めて多種多様な小魚やイカなどが来遊することで、それらを狙うマグロの好漁場となる。
太平洋を回遊するマグロが、津軽海峡に北上してくるのは夏の終わりから1月にかけて。魚は海水温が下がると脂をたっぷりと蓄えるので、寒さが厳しくなる年末から正月の大間マグロは旬を迎える。
津軽海峡のマグロを獲るのは大間だけではない。下北半島の大畑や奥戸(おのっぺ)、尻労(しっかり)に加え、津軽半島の三厩(みんまや)、対岸の函館・戸井の漁師も、同じ海域のマグロを水揚げしている。それでも、豊洲市場の競り人は「船上で行う活(い)け締めや血抜きといった処置、内臓を取って氷を詰める鮮度維持の技術が古くから定評がある。その上、漁獲枠が他よりも大きいのだから、今後も大間に代わるような上マグロの産地はでないのではないか」と太鼓判を押す。
時化でマグロは不漁も、港に焦りなし
強風にあおられながら大間漁港に到着した午前11時過ぎ、辺りは静まり返っていた。岸壁には多くの小型船が停泊したままで、まるで活気が感じられない。漁協関係者に聞くと、通常なら昼前から夕方にかけてマグロを積んだ船が帰港するが、前日の午後から大時化(しけ)で、ほとんどの船が出漁を控えたという。
「年末や1月3日から4日にかけては、たとえ時化であっても、一獲千金を狙って漁をする船がある。4日の午前中にトラックに載せれば、5日朝の豊洲の初競りにギリギリ間に合うから。でも12月の半ばだと、まだ無理をする漁師はいない。年末に向けて、それぞれ漁獲枠の調整も必要だしね」
関係者がたびたび口にする「漁獲枠」は、現在の日本のマグロ漁を知る上で重要なキーワード。近年は太平洋クロマグロの資源回復を図るため、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)で協議し、各国に漁獲可能量(TAC)を割り当てている。TACは沿岸漁業にも適用され、日本では2018年から直近数年間の漁獲実績の平均値を基に、都道府県→各漁協→各漁船へと配分。つまり、大量のマグロがやってきても、いくらでも水揚げできるわけではない。
県別では青森の漁獲枠が最大で、23年度は30キロ以上の大型魚で約565トン。このうち大間漁協への配分が約221トンと4割近くを占め、2番手の三厩漁協の約83トンを大きく引き離す。漁獲枠が大きければ、初競りで一番マグロに輝く確率も当然高まる。つまりTACによって、大間ブランドはより盤石になったといえるだろう。
マグロが増えても、獲れないジレンマ
ただ現地では、そんな数字だけでは計り知れない話が出てくる。数年前には「津軽海峡にマグロが来なくなった」と、大間の船が太平洋に漁場を移したこともあったが、「今は大間沖にマグロはいくらでもいる」(漁業関係者)といった状態らしい。
それでも、各漁船は割り当てられた枠を守らねばならない。ある小型船の漁師は「秋になると陸からでも、マグロが海面から飛び跳ねているのが見える。でもウチの船の枠は少ないから、脂が乗って卸値が上がる12月まで、マグロ漁に出るのを我慢しなくてはならない」と苦々しい表情で語った。
そうした状況下で発生したのが、大間の漁獲隠し。21年度漁期に、マグロの水揚げ量の一部を漁協や県に報告せずに水産会社に引き渡す、いわゆる「脇売り」が発覚。23年7月に水産会社2社に有罪判決が確定したほか、漁業者22人などが罰金の略式命令を受け、青森県や大間漁協の漁獲枠の一部が削減される事態となった。
マグロが豊富な現状で、こうした資源管理逃れの脇売り再発が懸念されるが、県の指導に加え、漁協も信頼回復に必死。地元の漁師は「周辺の(漁業)関係者の監視の目は一層厳しくなっており、2度と脇売りは起こらないのではないか」と話していた。
このままでは漁船を手放さねばならない
国際ルールなのだから当然、漁獲枠は守らねばならないが、現場の状況は思ったより複雑だった。特に印象に残ったのは、大間漁港以外の下北半島の漁師から聞いた話。「大間はマグロの枠が多いからまだましだが、他の港はもっと悲惨な状態」と、憤まんやる方ない様子だ。
津軽海峡はイカの漁場としても知られるが、ここ数年は深刻な不漁に見舞われている。その分、マグロ漁に力を入れて補塡(ほてん)したいと思っても、今度は漁獲枠が立ちふさがるという。「マグロが急増して、大好物のイカを根こそぎ食べてしまう。それでも目の前にいるマグロを獲るなって、ひどい話だよ」と怒りをにじませた。
漁獲枠は過去の実績に基づいて配分されるため、強者が強者であり続け、新参者には厳しい仕組みでもある。TACが導入される直前に新しい船を購入した漁師は「マグロはいるのにほとんど枠がもらえず、このままでは船を手放さなければならない」と嘆く。
資源管理策はもちろん重要だが、新規参入を阻むようでは、次代を担う若手漁師の育成に影響を及ぼしかねない。マグロが増加して、漁獲枠は少しずつ拡大している中、運用方法の改善にも期待がかかる。未来に向けて資源を維持しながら、漁業も発展させ、これからも最上級のマグロを消費者に届けてもらいたい。
撮影(大間)=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:2024年の一番マグロ 筆者提供