急速凍結でシャリまでおいしい「冷凍にぎりずし」:半年後でも“旬”の味わい、SDGsにも貢献
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ネタも豪華! 老舗鮮魚店が手掛けた冷凍にぎりずし
今や世界中で愛される和食の代表格「にぎりずし」。カウンターで食べる高級店からお手軽な回転ずし、デパ地下やスーパーの鮮魚売り場のパック詰めまで、さまざまな店舗や価格帯で提供されており、1年を通じて味わうことができる。
ただ、夏場に限らず「テイクアウト」にはあまり向かない。生ものである上に、酢飯の「シャリ」も時間がたてばパサパサになり、握りたてとは雲泥の差。そのため、「お召し上がりはお早めに」が決まり文句だが、長期保存が可能な上に、味も抜群な「冷凍にぎりずし」のセットが登場した。
長崎県産の本マグロの中トロ2個と赤身、ノルウェー産のブランド「オーロラサーモン」のほか、マダイ、ヒラメ、ソデイカ、アカエビに、青魚のアジも加わり、計9個で税込み2200円ほど。豪華なラインナップの割には、お手ごろだ。実食するとネタはプリッと、シャリはしっとり。イカや青魚も変色などは一切なく、まさに高級店のクオリティーで「本当に冷凍もの?」と疑いたくなる。
それもそのはず、販売するのは首都圏を中心に鮮魚店を展開する「東信水産」。創業70年を超える老舗で、荻窪総本店はじめ、銀座三越など有名百貨店にも店を構える魚の目利きのプロ集団だ。同社広報課長の高橋順一さんは「“近くにすし屋や鮮魚店がない”“忙しくて営業時間に間に合わない”といった人に、どこでもいつでも、おいしいすしを味わってもらいたい」と意気込む。
新鮮な冷凍ずしを可能にした液体での急速冷凍
この冷凍ずしを加工しているのは、東信水産のセントラル・キッチン「東信館」。魚食習慣が減退する中、消費者の「調理が面倒」といった声や、小規模スーパーの「魚をさばく職人がいない」状況に応えるために2018年に整備した。現在は刺し身や切り身、すし、総菜などを、都内近郊の約100店舗に卸しているという。
近年は新型コロナウイルスの影響による巣ごもり需要で、冷凍商品の売れ行きが好調だ。さらにはSDGsの浸透でフードロス対策が叫ばれていることもあり、長期保存が可能で、日本全国への配送もできる冷凍の刺し身、にぎりずしの開発に着手。同社では「調理済みの魚やすしは、すぐに食べなければおいしくないという常識も覆したかった」と振り返る。
これまでも冷凍ずしは存在したが、ネタはともかく、解凍すると酢飯の「シャリ」が水分を失い、決して合格点は付けられなかった。それを解消できたのは、冷凍機器を製造する「テクニカン」(横浜市)が開発した急速凍結機「凍眠」導入の効果が大きい。
凍眠はアルコールが約50パーセントの液体をマイナス30度に冷やし、真空パックした食材を浸して短時間で凍らせる。従来の気体による凍結法も進化を遂げてきたが、アルコール凍結法の最大のメリットは熱伝導の効率。テクニカンによると、同じ温度でも液体の方が個体に対して温度を伝えやすく、「人は90度のサウナに入れるが、90度の熱湯には入れないのと同じ」と説明する。
ウイスキーやウォッカのような度数の高い酒は、氷点下を超える寒冷地でも凍らないように、アルコールは凝固点が低い。マイナス30度のアルコールを使用すれば、マイナス100度にもなる窒素ガス凍結機より、約8倍も早く冷凍できる。東信水産では食品の安全性を第一にネタとシャリを別々のパックにしているが、ともに最短15分で凍結状態になるという。
ドリップなしで、新鮮さを閉じ込める
急速冷凍すると、なぜ解凍後もうまいのか? 東信水産の小菅將光取締役は「食材は5度からマイナス5度に冷やされる間に膨張してしまうことが多い。液体によって急速に凍結させることで、この現象を回避できる」と解説してくれた。
冷凍の魚や肉を解凍すると薄赤い液体が発生するが、これは「ドリップ」と呼ばれるもの。冷凍時に食材が膨張すると組織が破壊され、水分やたんぱく質、うまみ成分などが流れ出てしまうのだ。液体で急速冷凍すれば、ドリップが発生しやすい温度帯を短時間で通過するので、新鮮さを封じ込めることが可能。シャリの水分を保ち、モチモチ感を残すのにも、同様に効果がある。
ネタは早ければ水揚げ翌日に東信館に届き、鮮度やおいしいタイミングを見極めて処理する。その後は、立体真空パックを使用。気体をできるだけ排除した上で、液体に触れる面積を増やすことで冷却効率を高めているという。まさに東信水産の持つ流通網、長年蓄積したノウハウを駆使した商品といえる。
完成後はマイナス60度の業務用冷凍庫で保存すれば、180日間は品質を維持できるという。消費者の手に渡ってからも「家庭用の冷凍庫に入れておけば、3~4日は味が保たれる」と同社。解凍する際には、魚介はパックのまま氷水に20分ほど浸し、シャリは電子レンジで1分半加熱するか、10分ほど湯せんするだけだ。
サンマが春、初ガツオが秋に。ウニやイクラも登場!?
約半年保存してもおいしいということは、この先、秋が旬のサンマを春に、初ガツオを秋に、冬場が漁期の大間のマグロを春から夏に普通に食べられるかもしれない。
そればかりか、年中水揚げされるイワシやサバ、アジなどの青魚も、豊漁時に大量に処理すれば、いつでもすしや刺し身で味わえるようになる。鮮度落ちで食用にならず、餌や肥料に回されていた魚も有効利用することで、SDGsへの貢献も大いに期待できそうだ。
東信水産では今後、ネタの種類を増やすことを検討しており、すし店で人気のウニやイクラの商品化も視野に、開発を急ぐ方針。販売については、「当面、通販のみだが、冷凍庫が設置できるスペースの確保など、環境が整えば店頭でも提供していきたい」(同社)とのこと。インターネットでは海鮮丼や焼き魚を含めて販売しており、年末・年始用に120パックの注文が入るなど売り上げは徐々に伸びている。
老人介護施設や食育でも活用できる
まさに「職人要らず」で、いつでもどこでも本格的なにぎりや海鮮丼が食べられる日が、近いうちに訪れそうだ。東信水産でも家庭用に加え、グランピングなどの旅先や海外での需要も見込んでいるが、小菅さんは「想定していなかった場面でも活用され始めている」と語る。つい先日には、埼玉県内の老人ホームに30個ほどの海鮮丼を納入したのだ。
抵抗力の弱い高齢者が利用する施設では、生ものの持ち込みを制限している場合が多い。特に、アニサキスによる食中毒の危険性がある青魚は厳禁。食事メニューに「すし」とあっても、出てくるのは卵焼きとかんぴょう、キュウリが入った太巻きにいなりといった「助六ずし」がほとんどだ。
でも冷凍ずしなら、アニサキスなどの寄生虫や菌は冷凍時に死滅するので安心。老人ホームからは「入居者からとても好評で、次はにぎりずしをお願いしたい」と喜ばれ、定期的な注文が入る可能性もあるという。
さらに「食育にも生かしてほしい」(小菅さん)と期待する。子どもはすし職人の真似をしたがるものの、シャリを握るのが難しいため、途中で断念してしまうことが多いとか。シャリもセットの冷凍ずしなら、簡単に職人気分を楽しめ、味も文句なしなので、魚食への関心をより高めてもらえるという算段だ。手軽な日本文化体験として、訪日観光客にも人気が出ることは間違いないであろう。
写真:ニッポンドットコム編集部