日本唯一の専門美術館「京都 清宗根付館」で“手のひらの中の小宇宙”に没入
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極小の美術品「根付」は、今でも実用的な工芸品
バナーや下の写真は一見、精巧な彫刻や伝統工芸品に思えるだろうが、実物は3~5センチほどしかない。日本独自の小芸術品で、“手のひらの中の小宇宙”などと称される「根付」である。
元々は印籠(いんろう)やきんちゃく、たばこ入れを、着物の帯にはさんでつり下げるために使った留め具。江戸時代中期から彫刻や彩色が施され、武士から庶民に至るまで大流行した。明治以降は美術品として輸出され、海外でも人気を博している。
現在は欧米を中心に多数のコレクターが存在し、海外のオークションでは数千万円で落札されるものも。日本全国に百数十人の専門職人「根付師」が残り、作品づくりに打ち込んでいるが、その割には国内での認知度は低い。
このままでは、日本独自の伝統文化が廃れてしまう。そんな危機感から、日本唯一の専門美術館として2007年にオープンしたのが「清宗根付館」だ。建物は京都・壬生に残る武家屋敷を改装。6000点を超える作品を所蔵し、常時約400点を展示している。
主任学芸員の伊達淳士さんは「根付ファンは海外に多く、『外国の友人に根付というものがあると教えてもらった』と訪れる日本人もいる」と、現状を憂える。
「根付は今でも実用的な工芸品。ズボンの後ろポケットに財布やスマートフォンを入れると、座る時に邪魔ですよね」という伊達さんは、根付で腰に財布を下げていた。ただ、根付は高価な一点ものが多く、使っているうちに愛着もわく。「どこかに置き忘れたら、財布やスマホよりも根付を失ったショックの方が大きいかもしれない」と笑う。
武士の必需品から、庶民の装飾品へ
伊達さんによると「根付の原形となった環形や円形をした留め具は、ここ京都が発祥と考えられる」という。戦国大名が覇権を争った16世紀後半、京の市井を描いた風俗図に留め具が散見されるのだ。
この時期は、袖口の狭い着物「小袖」に細めの帯といった軽便な和装が普及し始めた服飾史における転換期。小袖は物入れとしての機能が低いため、携行品を帯につり下げる留め具も共に流行したのだろう。こうしたスタイルを先導したのが、「かぶき者」と呼ばれた派手好みの下級武士や新興商人の好事家であった。
江戸時代に入ると、留め具は武士の装身具として定着。その便利さと装飾性の高さから、印籠やきんちゃく、たばこ入れといった「提物(さげもの)」全般に用いられ、元禄年間(1688-1704)には庶民の間にも広がり、「根付」という名称と共に世間道具として浸透する。
当初は実用的で簡素なものが多かったが、需要が高まるにつれ、根付師も増え、仏師や面職人、彫金師らが続々と参入。材料はツゲやコクタンといった堅木、鹿角や象牙と多様になり、精微な彫刻には彩色はもちろん、蒔絵や象嵌(ぞうがん)、螺鈿が施された。
江戸時代後期には人気が爆発。熱心な収集家が増加し、裕福な商人の中にはお抱え根付師を持つ者もいたらしい。伊達さんは「武士が自慢の刀を見せ合いながら酒を酌み交わしたように、町人衆は根付で粋を競い合った」と解説する。
文化継承のためにも重要な収集・展示
明治に入ると洋装化が進み、国内の根付人気は下火になっていく。代わりに美術品として欧米で高く評価され、根付師は輸出向けの作品を手掛けるようになった。その結果、さらに作風の自由度が高まり、芸術性も磨かれるのだが、江戸期のものを含む、名作の多くが海外へ流出してしまう。
伊達さんは「日本の伝統工芸が世界で評価されるのはうれしいこと」としつつも、「国内で一級品を見られる機会が限られるのは、文化継承や作家育成という面では問題がある」と語る。根付を購入するのは主に個人コレクターで、美術館や博物館で展示されることはまれ。特に海外に流出すれば、作家自身ですら2度と拝めないケースが多い。
そのため、清宗根付館には現役の根付師も頻繁に来館する。優れた作品に触れられる貴重な場で、刺激を受けると同時に技術も学べるからだ。所蔵品の作者からは「過去の作品を顧みられることは、本当にありがたい」と喜ばれ、新たな傑作が完成すると「ぜひ購入してほしい」と連絡が入る場合もあるという。
自由な作風を生む多彩な根付
長い年月をかけて発展した根付は、種類も多彩。最も実用的とされるのが「饅頭根付」で、半球の表面を蒔絵や浮き彫りで装飾し、裏面に紐孔を設けている。
饅頭根付の発展形が、考案者の名を取った「柳左(りゅうさ)根付」。内部を空洞にして透かし彫りを施したもので、高度な技術が要求される。
一番人気は、神話や逸話、歌舞伎などの登場人物や動物を題材にした「形彫(かたぼり)根付」。持ち主の趣味や信条を代弁してくれ、お守り代わりにもなり、果物や木の実をかたどったものは季節感を演出できる。同系統には、能面や七福神の顔をかたどった「面根付」がある。
その他に、丸薬や小銭程度なら入れられ、蓋(ふた)付きの「箱根付」や「鏡蓋根付」も人気だ。
作家育成、魅力発信にも力を注ぐ
たった3~4センチのものに精微な細工を施すため、根付師は約50種類もの彫刻刀を使い分ける。高い集中力が必要な作業を長時間続けることは難しく、彫刻に当てるのは1日数時間。磨きや彩色などの工程を並行させて、1つの作品を完成させるまでに数カ月を要するという。
清宗根付館では作家育成を目的に、品評会「ゴールデン根付アワード」も開催。来賓として国内屈指のコレクター・高円宮妃久子さまが毎年臨席されるため、注目度が高く、根付の魅力発信にも大きく寄与している。
壬生には、幕末に新選組の本拠地だった「壬生寺」や局長・芹沢鴨(かも)が暗殺された屯所「旧前川邸」などゆかりの名所が数々残る。観光の際には清宗根付館に立ち寄り、 “彼らも時には根付で粋を競ったのでは”などと想像してみてはどうだろう。殺伐とした印象をまとう新選組が、より身近な存在に感じられるかもしれない。
京都 清宗根付館
- 住所:京都市中京区壬生賀陽御所町46番地1
- 開館時間:午前10時~午後5時(最終入館は午後4時30分)
- 休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、夏季(8月13日~16日)および年末年始(12月29日~1月5日)※変更あり
- 入館料:一般1000円、小学生から高校生500円
- アクセス:阪急京都線「大宮」駅、嵐電嵐山本線「四条大宮」駅から徒歩10分。京都市バス「壬生寺道」から徒歩2分
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
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