刃物の町・岐阜県関市:関鍛冶伝承館や貝印の包丁工場で、刀匠から受け継ぐ技と心に触れる
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折れず、曲がらず、よく切れる名刀の産地
名古屋から北へ約40キロ、日本のほぼ真ん中に位置する岐阜県関市。人口8万人ほどの小都市に、包丁やカミソリ、はさみなどの製造に関わる事業所が大小約300もある「刃物の町」だ。日本全体の刃物類輸出額の約半分を占め、ドイツのゾーリンゲン、英国のシェフィールドと並ぶ「世界三大刃物産地」として知られている。
刃物の町の歴史は、およそ800年前の鎌倉時代に始まる。大和国(現在の奈良県)の刀鍛冶が美濃国(現在の岐阜県)の関へと移り住み、南北朝時代(1337-1392)には「美濃伝」と呼ばれる製造技術(伝法)を確立。日本刀の5つの名流派「五箇伝」に数えられ、特に「折れず、曲がらず、よく切れる」と、多くの武士が求めたという。
美濃伝史上、最も優れた刀匠とたたえられるのが和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)。豊前国小倉藩初代藩主・細川忠興が所持した「歌仙兼定」を筆頭に、名だたる戦国武将が愛用した。
そして、兼定と双璧を成す名工が、「関の孫六(まごろく)」こと孫六兼元(かねもと)だ。美濃の戦国武将・斎藤道三が、娘の濃姫を織田信長へ嫁がせた際、兼元作の懐刀を授けたと伝わる。戦後を代表する作家・三島由紀夫は軍刀仕様にし、1970年に自決する際に使用したという。
2つの名刀の実物を鑑賞できるのが「関鍛冶伝承館」だ。館内では刀匠の技を伝える歴史資料や刀装具、ナイフコレクションといった展示に加え、古式日本刀鍛錬や外装職人の作業工程の実演も披露している。
風土が培った関の伝統製法
関には鍛冶に不可欠な「水・木・土」そろっていた。
清流長良川と津保川が流れ、純度の高い冷却水が確保できる。豊かな森は鋼を溶かす炉(火床)の燃料となり、関の赤土は鋼の熱処理工程に不可欠な「焼刃土(やきばつち)」に最適だった。
日本刀の出来を大きく左右する工程が「折り返し鍛錬」。1300℃に熱した鋼を打ち延ばし、半分に折り返してから、また熱して打ち延ばすことを繰り返す。その結果、不純物が取り除かれた上に、幾層にも重なった強靱(きょうじん)な鋼になっていく。
ただ、硬度が高いほど鋼はもろくなる。そこで、孫六兼元が編み出したのが「四方詰め」という製法。一度「下鍛え」した鋼を、硬さ別に4種類に分け、刀の側面になる皮鉄などは再度折り返し鍛錬をする「上鍛え」によって、さらに強度を増していく。そして、中心部の心鉄には柔軟な鋼を用い、その上下の刃金と峰部分の棟鉄を硬めにして、最も強靭な皮鉄で挟み込む。この四方詰めによって美濃伝を特徴づける、切れ味鋭く、曲がらない刀が生まれたのだ。
刀身を成型し、焼き入れの前に塗るのが焼刃土。全体に盛るように塗るのだが、刃側だけは薄くしておくのが肝である。この状態で熱した後、水に入れて冷却することで、急速に冷える刃部分は硬くなり、ゆっくりと冷めていく地部分は柔軟性が出て、切れ味と丈夫さがより強化される。
刀匠が個性を打ち出す刃文は、土を薄く塗った部分に浮かび上がるもの。不純物が少ない関の赤土は、孫六兼元の象徴「三本杉刃文」をくっきりと描き出した。
国際的刃物メーカーが継承する「野鍛冶の精神」
関には刀匠だけでなく、庶民を相手に包丁やカミソリ、農具などの日用品を生産する「野鍛冶」も多く、それぞれの要望に応えるオーダーメードの刃物を手掛けていたという。
天下太平の江戸時代に入ると、日本刀の需要は徐々に減少。関でも刀鍛冶から野鍛冶に転身する者が増えた。明治時代には、武士の時代が終焉(しゅうえん)。1876(明治9)年に廃刀令以降、刀鍛冶は軍刀や観賞用の輸出品で食いつないだ。
それでも、日本刀で培った技術は脈々と受け継がれ、今でも消費者から高い支持を受けている。その代表格が「野鍛冶の精神」を掲げる刃物メーカー・貝印だ。
貝印の前身は1908(明治41)年、ポケットナイフの製造から始まった。1932(昭和7)年、日本初の替え刃カミソリを販売すると急成長。戦後の1951年、「貝印」を冠した使い捨ての「貝印長刃軽便カミソリ」を売り出し、その名は全国区となった。
現在、使い捨てカミソリや爪切り、家庭用包丁の分野で国内トップシェア。また、理容用はさみや業務用包丁などプロからの信頼も厚く、医療用製品も数多く扱う。世界100カ国で商品展開しており、売り上げの半分近くを海外が占める国際企業でもある。
貝印が40年以上にわたって展開する「関孫六」ブランドは、偉大な刀匠・孫六兼元にあやかり、機能性と美しさを兼ね備えた1200以上のアイテムを送り出している。
中でも家庭用包丁は、日本刀を思わせる鋭い切れ味でありながら、手頃な値段で、丈夫で長持ち。まさに「野鍛冶の精神」を体現する商品だ。
現代の包丁作りにも職人技がさえる
関市の北、長良川上流の岐阜県郡上市にある大和剣(やまとつるぎ)工場では、2022年11月に発売したばかりの包丁「関孫六 要(かなめ)」を製造していた。
要の刃は、緩やかに反り返っている。これは鎌倉時代の日本刀に多い「鳥居反り」をイメージしたもので、効率的に力を加えられるという。峰の先端が斜めになった切付形状は和包丁にルーツを持ち、肉の筋切りといった細かな作業がしやすい。さらに持ち手を握りやすい八角柄にするなど、細部まで機能面を追求している。
同社マーケティング本部デザイン部の大塚淳さんは「美しさだけでなく、切りやすさを追求した実用的なデザイン」と語るが、孫六兼元を想起させる「三本杉刃文」をあしらうなど、日本刀ファンの心をくすぐる意匠が印象的だ。
工場では刃先の研削、ミラー研磨、刃付など約30工程を分業。刃先の厚みを0.1ミリ単位で見極めるような工程も、人の手によって1本1本仕上げられていく。
実際に要を使った調理場面を見せてもらうと、抜群の切れ味が食材の組織を壊さず、切断面が滑らかで美しい。今や世界的人気となった和食の繊細な味わいは、刀作りのDNAは受け継ぐ包丁があればこそだと実感させられた。
関鍛冶伝承館
- 住所:岐阜県関市南春日町9-1
- 開館時間:午前9時~午後4時30分
- 休館日:毎週火曜日・祝日の翌日(いずれも休日を除く)、年末年始
- 入館料:一般300円、高校生200円、小中学生100円
- アクセス:長良川鉄道「せきてらす前」駅から徒歩約5分
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部