コロナ禍で大打撃を受けた屋形船で落語とDJ:東京・柳橋の伝統を守りつつ、地域資源を活用
Guideto Japan
旅 地域- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
隅田川をゆったりと進む屋形船。水面から見上げる東京スカイツリー(墨田区)は、一段と高く見えて圧巻だ。川沿いに続く隅田川テラス、船がくぐり抜ける橋の上からは、通行人が手を振ってくれる。
はたから見れば風流な光景に見えるであろうが、船内で流れているのはクラブミュージック。船の揺れとDJの紡ぎ出すリズムが重なり、乗船客の体も自然と動き出す。
浅草の上流で停泊すると音楽がやみ、“Z世代の視点で落語を再定義する”という「Z落語」主宰者の桂枝之進が登壇。古典落語の代表的な演目「時そば」を表情豊かに語ると、クラブのようだった屋形船が一気に江戸の町の風情に変わる。
ひとしきり笑った後、再びDJのプレイに酔いしれ、隅田川と神田川が合流する柳橋の船宿へと引き返した。
柳橋を盛り上げ、東東京のものづくり文化をつなぐ
一風変わった屋形船「YOSE by Z落語」は10月22日、JR浅草橋駅の東に位置する台東区柳橋で開催された「東東京市2022」の一環として運行した。本イベントは東東京を拠点とするクリエイターをつなげると同時に、かつて花街としてにぎわった柳橋の地域活性化を目指している。
屋形船の仕掛け人は、「Nikken Activity Design Lab(NAD)」のクリエイティブディレクター・恋水康俊さん。NADは日本を代表する設計事務所「日建設計」の新領域開拓部門で、デザインの力で社会や空間にイノベーションを起こし、人々をより活動的にすることを目的とする。恋水さんはコロナ禍で痛手を負った、柳橋の地域資源・屋形船に着目。都市の余白空間に見立て、Z落語と融合させることを思い付いたという。
「2001年生まれの桂枝之進さんも、伝統文化の存続を危惧する一人。自分と同じZ世代にも落語を楽しんでほしいと、クラブカルチャーをミックスしたイベント“YOSE”を開催している。まさに柳橋に若い人を呼び寄せるのに、ぴったりの存在だった」(恋水さん)
恋水さんは「現在、東京の若手クリエイターは、比較的賃料の安い東東京に集まり始めている。その流れから柳橋は取り残されている印象だ」と語る。
神田川を挟んで南隣の東日本橋にはベンチャー企業が増えており、北に接する蔵前は“クラフトのまち”として人気だ。隅田川対岸の両国からスカイツリーにかけても「下町文化創生拠点」と銘打ち、新しい町づくりが進む。
その中心に位置する柳橋が盛り上がりに欠けるため、東東京のものづくり文化を分断している面があるのだ。恋水さんは「ただ、旧花街として歴史と伝統を持つ地域のため、急激な変化は歓迎されない。この町の地域資源と新進クリエイターをしっかりと結び付け、より大きなムーブメントを生み出したい」と考えたという。
コロナ禍で苦境続く屋形船に希望
柳橋は江戸時代初期から、水上交通の要所だった。吉原遊郭や深川に通う客が利用する小舟の発着場があり、夏には涼をとるために屋形船が往来。神田川両岸には船宿に加え、茶屋や料亭が増えていき、文人らが集う場所となったという。
天保の改革(1841-43)で深川を追い出された芸妓衆が、柳橋に移り住み花街を形成。明治期には、同じく新興の花街・新橋と「柳新二橋」と称され、政財界人や文化人でにぎわった。しかし、戦前から衰退が始まり、最後の料亭が1999年に姿を消す。
いまやビルが立ち並び、花街当時の面影を伝えるのは、神田川沿いに残る船宿と川面の屋形船、つくだ煮店くらい。それでも、古き良き江戸の文化が町の人々の中にしっかりと息づいる。
大切な伝統文化・屋形船も、コロナ禍で大打撃をこうむった。日本で流行し始めたばかりの2020年2月、都内の屋形船で感染者が発生。「国内初のクラスター」などと大きく報じられたことで、「屋形船=コロナ感染」のイメージが広まってしまう。本来は風通しが良い上に、各船宿がコロナ対策を打ち出しても、いまだに風評被害が払拭(ふっしょく)できていない。東東京市に屋形船を提供した「あみ春」の船頭さんも「まだコロナ前の状況には程遠い。土曜日なのに、あまり船が出ていないでしょ?」と、寂しそうに川沿いを見渡していた。
今回の「YOSE by Z落語」はあくまでも施策モデルで、次回の開催が決まっているわけではない。それでも、船頭さんは手応えを感じたようで、「屋形船は風景が移り変わる中で、会話を交わしたり、飲食を楽しんだりするのが魅力。浅草の川面で落語を聞くのは風流だし、夜景を眺めながらDJを聴くのもすてきでしょう。こうしたイベントで、屋形船の新しい魅力が見つかるかもしれない」と期待を寄せる。
NADでは他に、JR総武線の高架下を有効活用。橋脚にイベント告知を施すとともに、ユニークな社交場「パブさんきゃく」を提供していた。
恋水さんは「こうした施策によって、Z世代を含む若い人が柳橋に訪れてほしい。日建設計は東京スカイツリーや渋谷スクランブルスクエアなど日本を象徴するランドマークを手掛けてきたが、既存の都市空間や地域資源を再活用することも重要視している。直接ユーザーや地域と触れ合い、こうした小さなプロダクトの開発を積み上げることで、大規模な建造物や都市デザインに生かしていきたい」と力強く語る。
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部