横浜本牧「三溪園」で古都の風情に浸る:無私を貫いた資産家・原三溪が生んだ名庭園
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国指定名勝「三溪園」(横浜市中区本牧三之谷)は、17万5000平方メートルの広大な日本庭園。自然の起伏を生かした園内には四季折々の花が咲き、池や小川の周りには国の重要文化財10棟を含む、歴史的建造物17棟が配置されている。開港地として幕末から繁栄し、西洋文化の影響が色濃い横浜では、日本の伝統美を体感できる貴重なスポットだ。
三溪園は2022年に完成100周年を迎えた。その記念事業の一環として2022年9月17日から25日まで、保存修理工事を終えたばかりの国指定重要文化財「臨春閣」の建物内部を特別公開。この機会に「西の桂離宮、東の三渓園」とも称される名園を、ゆったりと散策してみてはいかがだろう。
生前から自邸の庭園を公開した原三溪
「三溪」とは明治後期から昭和初期にかけて、生糸貿易で財を成した実業家・原富太郎の号である。
江戸時代が幕を閉じた1868(慶応4)年、岐阜の庄屋・青木家に生まれた。幼いころから聡明(そうめい)で、絵や漢学、詩文に親しんだという。上京後は東京専門学校(助現・早稲田大学)で学び、跡見学校(現・跡見学園)の助教師を務める。そして、教え子だった原屋寿(やす)と結婚し、横浜の豪商・原家の婿養子となった。
家業を継ぐと、個人商店を会社組織へと発展させ、製糸業を近代化して生糸輸出で莫大(ばくだい)な富を築く。特に富岡製糸場を買収し、一時期運営していたことは広く知られている。三溪園の土地は、養祖父・原善三郎が明治の初めに購入。1902(明治35)年に富太郎が本宅を構え、歴史的建造物を収集するなど庭園の整備を開始する。その頃、地名の「三之谷」にちなんで「三溪」の号を名乗るようになった。
三溪園の異色な点は、公開を前提として造られたことだ。政財界人の没後に邸宅が公園や庭園として公開されることは多いが、三溪は本格的に造園を始めて間もない1906(明治39)年から、私庭区域以外(現在の外苑)を無料で開放。梅や桜を代表に、季節の草花を眺めに多くの人が訪れ、市民の憩いの場となる。その後も植栽や移築を進め、約20年後の1922(大正11)年、ようやく完成を迎えた。
数多くの芸術作品が生まれた名庭園
三溪園のシンボルは、外苑の高台にそびえる三重塔。京都・燈明寺で1457(康正3)年に建立されたと伝わる、三溪園最古の建築物だ。1914(大正3)年の移築後は、この塔を景観に生かすように私邸の造園が進められた。
紀州徳川家の別荘「巌出御殿」だったと伝わる臨春閣は、三溪が庭園と調和するようにと、屋根の形や棟の配置に変更を加えている。各棟からの景観も計算し尽くされており、屋内から眺める旧燈明寺三重塔や屋根付きの橋の姿が美しい。
三溪園で最初に建てられた旧原家住宅・鶴翔閣は、当時の文化サロン的な役割を担っていた。三溪は収集した美術品を惜しみなく披露しながら、新進芸術家らと語り合ったという。鶴翔閣滞在中に横山大観は「柳蔭」、前田青邨は「神輿振」といった名作を生み出し、哲学者・和辻哲郎はここから名著『古寺巡礼』の旅に出発した。
三重塔と同じ高台にあった松風閣には、アジアで初めてノーベル文学賞を受賞したインドの詩人、タゴールが1916年に2カ月半も滞在。詩集『迷い鳥たち(さまよえる鳥)』を執筆している。三溪の築いた名庭園と高い見識は、市民の心を癒やすと共に、芸術家たちの創作意欲も大いに刺激したようだ。
茶屋で休憩しながら、三溪の美意識にゆったりと触れる
三溪園が完成を迎えた翌年の1923(大正12)年9月1日には、関東大震災が発生。園内の一部の建物が倒壊するなど自身も被害を受けるが、三溪は私財を投じて横浜の復興に尽力したという。そして1939(昭和14)年に、園内の白雲邸にて死去している。
戦後の1953年、三溪園は原家から横浜市に譲渡され、翌年には外苑の公開を再開。1958には全体の復旧工事が完了し、内苑の公開も始まる。その後、三溪記念館や遊歩道などの整備が進み、2007年には国の名勝に指定された。
広い園内には茶屋が点在するので、三溪園茶寮の「三景わん」や待春軒の「三溪麺」など名物グルメを堪能しながら、ゆっくりと巡ってほしい。無料で案内してくれるガイドボランティアも常駐するので、園の歴史や見どころをより詳しく知りたい人は申し込むといいだろう。
ガイドボランティアは「来園者からは『素朴かつ上品な美しさで、癒される』といった感想が多い。中には『資産家の庭園というから、もっと成り金趣味だと思っていた』という方もいます」と笑顔で語ってくれた。芸術を深く愛し、その魅力を分かち合った三溪の思想が、今の三溪園にも生き続けているようだ。
三溪園
- 住所:神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1
- 開園時間:午前9時~午後5時(最終入場は30分前)
- 休園日:12月29日~31日
- 入園料:大人(高校生以上)700円、こども(小学生・中学生)200円
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部