【漁港巡り】生きのいい魚と干物のまち「沼津港」:日本一深い駿河湾と富士山に挟まれた海の幸の宝庫
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静岡県東部の沼津市は、伊豆半島と箱根の玄関口に位置し、北に富士山がそびえ、南には駿河湾が広がっている。古くから漁業が盛んな地で、江戸時代には東海道の宿場町となり、陸路と海路をつなぐ交通の要所として栄えた。
水産業の中心地・沼津港は、JR「沼津」駅から車で南へ約10分で、東名高速道路と新東名のインターチェンジからも20~30分ほど。魚市場の周りには新鮮な海の幸が味わえる料理店が軒を連ね、土産物に最適な干物の名店も多く、付近には景勝地や観光スポットも点在する。首都圏や名古屋方面から日帰りで訪れたり、富士山や箱根観光と組み合わせたりするのにも便利なため、人気の観光スポットとなっている。
多種多様な魚がそろう沼津港
沼津港の漁業生産量は年間約2万トンで、全国へ海産物を出荷する水揚げ基地。4月上旬の早朝、岸壁では巻き網漁船のマイワシが次々に水揚げされていた。この日は合計40トンにも上ったため、大型船から小型の運搬船に積み替え、大きな滑り台のような運搬器具を使って漁港内のタンクに収めていく。他には定置網で取ったカマスや、高級魚のホウボウなどが続々と運び込まれていた。
水産複合施設「INO(イーノ)」内にある卸売場では、ブリやマグロ、タイ、カマス、イトヨリ、テナガエビなど多種多様な魚介が取引されていた。INOの2階の見学通路からは活気あふれる競りの様子を眺めることが可能だ。この通路は魚食普及と地産地消をテーマとした魚食館につながっているので、市場の社員食堂を兼ねる「沼津魚市場食堂」などで新鮮な海産物を堪能できる。
津波から港を守る「びゅうお」から絶景を望む
INOのすぐ近くには、沼津港のシンボルといえる大型展望水門「びゅうお」がそびえ立つ。この施設は、豊かな海の幸をもたらす駿河湾の成り立ちと大きな関係がある。
駿河湾はフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことでできた、最深部が2500キロメートルに達する日本で最も深い湾。淡水魚も含めて国内に生息する全魚類2300種のうち、駿河湾には約1000種が生息すると言わるほど、多様性のある豊かな海だ。
しかし、プレートの衝突が引き起こす“地震”という弊害もある。幕末に発生した安政大地震による津波など、過去には大きな被害がもたらされた。びゅうおは沼津港の出入り口にあり、震度5以上の地震を感知すると幅40メートル、高さ9.3メートル、重量406トンの水門扉が自動で降下し、津波から港と町を守るのだ。
平常時のびゅうおは、両岸の支柱上部と、それをつなぐ連絡橋が展望回廊となっている。地上30メートルの高さから360度を見渡せ、沼津港や駿河湾に加え、晴天の日には富士山も間近に望める。入場券(大人100円、小中学生50円)は1日何度でも利用可能なため、INOの駐車場に車を止めたまま北岸に渡り、港口公園や千本松原を散策してから戻れるので便利。
沼津は温暖な気候に加え、レジャーにも便利な立地のため、明治期からは皇室の沼津御用邸を代表に、政財界の要人の別荘が立ち並び、「海のある軽井沢」と称されたという。作家・井上靖が育ち、歌人・若山牧水が永住の地としたほか、北原白秋や太宰治など数多くの作家が創作活動のために訪れたことでも知られる。散策すると至る所で文学碑を目にする、文学の香り漂う港町なのだ。
駿河湾の海の幸を堪能できる飲食店街
沼津魚市場の目の前にある「沼津港(みなと)飲食店街」には、魚介専門の料理店を中心に、干物や塩辛といった水産加工品を扱う土産物店などが約70軒も並ぶ。
まずは漁港関係者に「地元で人気」と聞いた「沼津港 むすび屋」へ。定番の「刺し身盛り合わせ定食」は新鮮そのもので、お得感もたっぷり。マグロや甘エビ、タイ、ホタテ、アジなど、その日の一押しの魚介6~7種が盛られて、舌鼓を打つこと間違いなし。
沼津らしさを、より味わえるのが「アジフライと釜揚げしらす丼」。外はカリッと中はジューシーなフライを楽しみつつ、静岡名物・シラスのゆで立てを頬張るのは至福のひと時だ。
飲食店街北側の区画にある「港八十三番地」は、“駿河湾を味わう町”がコンセプト。すしや浜焼き、丼もの専門店、深海魚バーガーで話題の「沼津バーガー」などがそろい、世界初の深海に特化した水族館「沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム」では、「生きた化石」と呼ばれるシーラカンスの剝製や冷凍個体を見ることができる。
港八十三番地でのお薦めは「PORTUS(ポルトゥス)」。沼津産の魚介をふんだんに使った本格イタリアンを、ワインやビールと一緒に楽しめると人気の店だ。ランチコースは1760円(税込み)からとお値打ちなので、ぜひ立ち寄ってみてほしい。
アジの開きは生産量で全国ナンバーワン
沼津といえば、名産品の干物を忘れるわけにはいけない。特にアジの開きの生産量は全国トップを誇る。江戸時代末期に漁師が自家消費用に作っていた干物が、保存食として重宝され、大正時代に入ると本格的に生産が始まったというが、こちらは富士山を筆頭とする山々と関係が深い。
比較的温暖な静岡県は、日照時間が長いことでも知られる。さらに富士山や南アルプス、箱根や伊豆の山に囲まれる沼津は、乾燥した風が吹き下ろすため、干物作りに最適な土地なのだ。現在は屋内での機械乾燥が発達したが、職人が培ってきたこだわりの技術は生き続けている。
漁港に程近い場所で、アジの干物を製造する五十嵐水産では「肉厚で脂の乗ったアジを仕入れ、塩、水、干しで究極の味に仕上げている」と胸を張る。
独自の塩汁(しょしる)は、駿河湾の栄養豊富な海洋深層水に、世界遺産の海であるオーストラリア・シャークベイ産の高品質な天日塩を合わせたもの。しっかりと漬け込んだ後、炭と電気の力でマイナスイオンを発生させる炭蔵熟成で、上質な干物に仕上げていく。
現在は食の西欧化で魚離れが進み、干物も食卓から遠ざかりつつある。ライフスタイルの変化で、自宅で魚をおろさないどころか、「骨があるから面倒」という人も多い。そこで同社は、2年前から頭や尻尾、中骨を取り除いて半身にした「令和の干物」を販売。フライパンで一度にたくさん焼け、ごみも少ない上においしいと好評で、魚食復権に向けた商品としても注目を集めている。
日本一深い駿河湾、日本一高い富士山に育まれてきた沼津港。歴史ある魚食文化の奥深さを感じに、訪れてみてはどうだろう。
写真:ニッポンドットコム編集部(提供写真以外)