ぬれ煎餅に救われた銚子電気鉄道:廃業危機のローカル線で“魚のまち”をゆったり巡る
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日本一の水揚げ量を誇る銚子漁港を擁し、「魚のまち」として知られる千葉県銚子市。関東最東端に位置し、太平洋に突き出した半島型の地形のため、海岸線には変化に富んだ絶景が続く。沖合は黒潮と親潮がぶつかり合う絶好の漁場で、17世紀中頃から漁業が盛んになり、日本一の流域面積を誇る利根川の河口部にあるため、港は東北方面の物資が集まる水運拠点としても発展。同時期にヒゲタしょうゆやヤマサ醤油が創業したことで、“しょうゆの町”としても繁栄した。
明治初頭の銚子は、千葉県で最も人口の多い町であったが、現在は住民減少に歯止めがかからない。1965年には9万人を超えていた人口が、2020年には6万人を割り込んでしまった。
そんな厳しい状況下で、市民の足として運行を続けているのが銚子電鉄だ。大正初期に開業し、第1次世界大戦で廃線となった銚子遊覧鉄道を母体に、1923(大正12)年に操業を開始。中心街にある「銚子」駅から、銚子漁港発祥の地・外川漁港近くの「外川(とかわ)」駅まで、片道6.4キロを約20分で運行する。レトロな車両や駅舎、車窓から見えるのどかな風景、ユニークな土産物にはファンが多く、銚子観光には欠かせない存在となっている。
廃線の危機を救った“奇跡のぬれ煎餅”
ローカル線の銚子電鉄が、全国的に注目されたのは2006年のこと。副業の「ぬれ煎餅」の大ヒットによって、廃業の危機を脱したことが話題となった。
昭和30年代には年間250万人以上の乗降客がいた銚子電鉄だが、沿線の人口減に伴い、平成に入ってからは100万人を割り込んだ。厳しい経営状況の中、副業として始めたのが、ぬれ煎餅の製造販売だった。1997年に工場を整備して本格的に売り出すと、翌年には売り上げが年間2億円を超え、鉄道事業の約1億円を大きく上回ったという。
ぬれ煎餅の利益で経営を維持していた2006年8月、元社長が1億円を超える横領の罪で逮捕される。運転資金も不足する中で、11月に控えていた車両の法定検査の費用、約1000万円が捻出できない事態となった。さらに同時期に国土交通省の監査が入り、老朽化していた踏切や線路の改善命令が出る。こちらには約5000万円が必要で、もはや絶体絶命。そんな時、ぬれ煎餅を持って営業を続けていた経理課長が、「もう打つ手はない」と公式サイトで悲痛な声を上げた。
「緊急報告 電車運行維持のためにぬれ煎餅を買ってください!! 電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」
その叫びが、インターネットの掲示板やブログで話題を呼ぶ。購入を呼び掛ける声が広まり、10日間で1万件を超える注文が殺到。無事に車両検査を終えた後も、テレビなどで取り上げられたことで、06年のぬれ煎餅の売り上げは約4億2000万円を記録し、乗降客も5割近く増加した。有志による「銚子電鉄サポーターズ」も誕生し、翌年には老朽施設の改修まで無事完了できたのだ。
近年の乗降客数は50万人前後と厳しいままだが、ぬれ煎餅は銚子土産の定番となり、オンラインでの売り上げも好調を維持する。今では経営難を逆手に取るように、「まずい棒(経営状況がまずい)」「鯖威張るカレー(経営がサバイバル)」「電車にのってほしいも(干し芋)」など、ユニークかつ自虐的な菓子や食品を次々と開発。さらには駅名愛称の命名権を販売したり、クラウドファンディングで映画『電車を止めるな!~のろいの6.4km~』を自社制作したりと、あの手この手を繰り出して話題を振りまいている。
鉄道部長の奥英昭さんは「コロナ流行によって観光客が激減し、鉄道事業はさらに厳しい状況」としつつ、さまざまな施策に取り組む理由を語ってくれた。
「現在、銚子電鉄の売り上げの約8割は菓子卸業。そちらに専念した方が良いという声もあるが、鉄道会社がつくっているからこそ、食品事業の人気があると思っている。社員の多くは鉄道が好きでこの仕事に就いたし、私自身も以前は車掌を務めていたので、地域の足を守るために絶対あきらめない。ぬれ煎餅の大ヒットで、変なプライドなどは捨てて、少しでも銚子電鉄、銚子の町に注目してもらわねばならないと知った。地元への感謝の気持ちを忘れず、より多くの方に訪れてもらえるように、これからも挑戦を続けていく」
駅舎や駅名までユニーク
銚子電鉄は、小さくレトロな車両や駅自体が観光スポット。「全駅乗降」する鉄道ファンも多いので、何度も乗り降りできる1日乗車券「弧廻手形(こまわりてがた)」(大人700円)がお薦めだという。
かわいらしい電車は2両編成で、住宅地やキャベツ畑の中を走り抜けていく。時折、沿線の木の枝が窓にぶつかり、「パチパチ」と音を立てるのもローカル線ならでは。銚子電鉄が開業した頃の雰囲気漂う「大正ロマン電車」は、インスタ映えすると好評だ。
鉄道好きなら見逃せないのが、銚子電鉄本社のある「仲ノ町」駅。ホームの向かいには車庫があり、入場料(大人150円)を支払えば見学が可能。珍しい鉄道部品や専門の工具が並ぶ整備庫内には、1922年にドイツで製造された電気機関車「デキ3」が停まっていることもある。※新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2021年8月7日から車庫の見学は休止中
インパクトあるのが、2015年からネーミングライツを販売している駅名だ。始発駅の「絶対にあきらめない 銚子駅」、終点の「ありがとう 外川駅」は銚子電鉄らしいが、「パールショップともえ 仲ノ町駅」や「金太郎ホーム 観音駅」など企業や店名をそのまま冠した駅もある。「笠上黒生(かさがみくろはえ)」駅に至っては、「髪毛黒生(かみのけくろはえ)」と命名された。一見ふざけているように思えるものも、奥部長によると「少しでも銚子電鉄が話題になってほしいという、協賛企業の願いが込められている」そうだ。
沿線の観光スポットも充実
歴史ある町のため、沿線には見どころが盛りだくさん。観光客の利用が特に多いのは、銚子のシンボル・犬吠埼灯台まで徒歩7分の「犬吠」駅。1874年に完成した高さ31メートルの白亜の塔は、断崖にそびえたつ。その近くには2018年末に、銚子名産品のセレクトショップや野菜マルシェ、カフェなどが入る「犬吠テラステラス」がオープン。犬吠駅からは、人気スポット「地球の丸く見える丘展望館」へも徒歩15分で行ける。
漁師町の雰囲気を楽しみたい人は、終点の外川駅へ。銚子で最初に築かれた港・外川漁港の周辺には、昭和の香りが漂う町並みが残り、石畳の坂道・一心通りなどフォトジェニックな場所が点在する。笠上黒生駅から徒歩20分以上と少し遠いが、高さ47メートルから銚子港が見下ろせる「銚子ポートタワー」や水産物即売センターがある「ウオッセ21」も外せない。
本業以外で何とか経営を維持している銚子電鉄。2019年からは「ガタンゴトン」という走行音や発車ベル、踏切の音を着メロとして販売している。奥部長は「いよいよ売るもののネタが尽きてきたので、今後は他の鉄道会社とのコラボで、“ローカル線の旅”全体を盛り上げていきたい」と本業の活性化への思いを強めている。
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:仲ノ町駅のホームを出発する銚子電鉄の車両。右奥に見えるのは、ヤマサ醤油の工場のタンク群