スーパーのお手頃価格が「魚離れ」に拍車:元バイヤーが指摘する品ぞろえの重要性

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近年、衰退の一途をたどってきた日本の魚食文化。その一因は、「おいしさよりも安さを追求したスーパーの販売方法にある」と元大手スーパーのバイヤーは述懐する。新型コロナウイルス流行の影響もあり、家庭での魚の需要が少し上向く今、その理由や今後の展望について話を聞いた。

かつては魚の水揚げも消費量も世界一。押しも押されもせぬ「水産大国」だった日本が、今ではサンマをはじめ、サケやイカも大不漁。漁業生産量は減少の一途をたどり、2019年は417万トンと最盛期だった1980年代の3分の1まで落ち込み、世界のベスト10入りも逃して11位に甘んじた。2009年には1日の1人当たりの魚介類消費量と肉類消費量が逆転。日本人の健康長寿を支える要因の一つと考えられてきた魚食は減少する一方だ。

そんな中、コロナ禍での巣ごもり消費が、魚離れにちょっとした変化をもたらしている。総務省の家計調査によると、2020年の1世帯当たり(2人以上)の生鮮魚介類の購入量は、23.9キロで18年ぶりに前年(19年、23キロ)水準を上回った。お手軽な刺身用のマグロやサーモンだけでなく、アジやサバ、カレイ、イワシなど調理を必要とする魚種も需要が伸びている。水産業界にとって久々の明るい材料に、「これを機にあらためて魚のおいしさ、魚食の価値を消費者に伝えなければ」との声が上がっている。

近年、水揚げも好調なイワシ。小骨が多く、アニサキスの心配もあることから食卓では敬遠されがちになっていた 写真:PIXTA
近年、水揚げも好調なイワシ。小骨が多く、アニサキスの心配もあることから食卓では敬遠されがちになっていた 写真:PIXTA

今やスーパーでの魚購入が主流

「スーパーが安さを追求して魚を販売してきたことと、日本人の魚離れは決して無関係ではない気がするんです」

スーパーの販売方法と魚離れは無関係ではないと指摘する小谷一彦氏 写真:筆者提供
スーパーの販売方法と魚離れは無関係ではないと指摘する小谷一彦氏 写真:筆者提供

かつて大手スーパーで40年にわたって鮮魚販売に携わり、チーフバイヤーも務めた小谷一彦氏(64)はこう打ち明けた。現在は水産アドバイザーとして、食品スーパーや水産加工企業のコンサルティングをしながら、水産庁長官任命の「お魚かたりべ」などとして、魚食文化の普及、伝承に力を注ぐ人物だ。

高度成長期から、全国で大型スーパーが乱立。1970年代からはチェーン展開する大規模店が増え、バイヤーによる独自の仕入れ方法などを確立していく。野菜も肉も魚も1カ所でなんでも安価でそろう便利さは、時間に追われる現代人にはなくてはならないものだ。

スーパーが多店舗化を進める一方で、それぞれの地域に根差し、お客さんの細かなニーズにこたえてきた小規模小売店は、姿を消していった。水産庁も「いわゆる“町の魚屋さん”が、魚介類の旬や産地、おいしい食べ方などを消費者に教え、調理方法に合わせた下処理のサービスなども提供して、食生活を支えてきた」と、その存在を懐かしむ。国や水産業界団体の調査では、近年、消費者の7割以上がスーパーで魚を購入すると回答している。

安値追及で供給サイドがじり貧

スーパーの仕入れは、「一定の価格」「一定の量」「一定の品質」「一定の規格」の“4定”を重視する傾向がある。デフレ経済の長期化で、2000年以降は価格に対する要求がより厳しくなった。

しかし、低価格販売の努力を重ねても、魚の売れ行きは下降線をたどる一方。バイヤー時代の小谷氏は十数年前、水産加工品の売り上げ回復を目指す意見交換の場で、不振の理由についてメーカー側に尋ねてみた。すると、小田原の業者から「小谷さん自身が、一番分かっているでしょ」と逆に投げかけられ、困惑したという。

魚の値下げ合戦が過熱した結果、「例えばアジの開きなら通常1匹120~130円で売っていたものを、季節ごとに100円で一定期間販売していた。それを毎月やろうと加工業者に持ち掛けたのをきっかけに、連日原価に近い価格で売り続けなければならなくなった」と小谷氏は振り返る。

それでも当時は、アジの開き以外にも、価格が2倍以上する上質なアジやキンメダイ、ノドグロの開きも置いていた。しかし、需要には逆らえず、小谷氏は「安いものばかり売れていくので、次第に高い商品は棚から外された」とこぼす。その結果、消費者が「たまにはぜいたくして、おいしい干物を食べたい」と思っても、選択の余地がなくなってしまった。

「“安ければ売れる”という考えに頼りすぎ、もっとおいしい魚があるという消費者の認識すら奪ってしまったことが、魚介全体の需要減に拍車をかけたのでは」(小谷氏)

日本の食卓に欠かせないアジの開き 写真:PIXTA
日本の食卓に欠かせないアジの開き 写真:PIXTA

おいしいアジの開きを作っても…

一方、加工業者は、スーパーの求めに応じた「底値」販売だけで生き延びようとしたわけではない。近海アジの漁獲が減少する中、時期によってオランダ産の原料に切り替えたり、加工技術を向上させたりして「少しでも脂が乗ったおいしい開きを作ろうと必死に努力してきた」と静岡県沼津市のアジ加工業者。

それでも、リーマンショックなど景気低迷には歯止めが掛からない。加えて核家族や「個食」が増えて、マンション暮らしでは煙が出るアジの開きは敬遠され、需要は細る一方。「安かろう・悪かろうと嘆く暇もなく、低価格が実現できなければ仕入れないといった小売りサイドの傾向が強まり、こだわってうまい開きを作る業者はどんどん減っていった」(沼津の加工業者)という。

水産加工業の衰退は、日本の魚消費が全体として落ち込んでいることや、漁獲量の減少なども要因とされ、現状は厳しい。「20年ほど前には沼津かいわいで250ほどあったアジなど魚の加工業者は、今は50~60軒。寂しいもんだよ」(同)と嘆く。

マグロも脂乗りより安さ優先

加工品に限らず、前述の「4定」重視のスーパー販売により、鮮魚コーナーでは養殖のハマチやノルウェーやチリ産のサーモン、内外の冷凍マグロなどが定番となっている。どれも回転ずしの人気商品とも重なる魚種だ。

魚市場に上場された冷凍メバチマグロ 写真:市場関係者提供
魚市場に上場された冷凍メバチマグロ 写真:市場関係者提供

マグロ販売についても小谷氏は、やはり「安さ」追及の過去が頭をよぎるという。スーパーの定番といえば冷凍メバチマグロ。本来、脂の乗りなど難しい目利きが必要となるが、魚市場では重量(大きさ)による評価が基本となり、「大バチ」(おおむね50キロ以上の大型)と「中バチ」(同30キロ以上)などに分けられる。

大型ほど脂が乗って価値が高いとされるが、店頭で安さをアピールするなら「大より中」。「おいしいから大バチを仕入れても、パック入りの商品でお客さんは身質をイメージできないから、安い中バチばかりを売るようになっていた」(小谷氏)。買うか買うまいか、値段次第というケースは少なくなく、「少し高いけど、こっちの方が脂の乗りいいからおいしいよ」と、大バチを薦める店員もいないから無理もない。「おいしいと思えない魚ばかりが棚に並び、魚離れに拍車をかけてしまった」というのが小谷氏の印象だ。

コロナ禍でおいしい魚を売る取り組みも

もちろん、スーパーの販売は、消費者のニーズに応えた結果。わざわざ「安くておいしくない魚」を売ろうとしているわけではなく、低価格でできるだけ質の高い魚を並べ、消費を促そうと努力している。特に新型コロナの影響で巣ごもり消費が増える今は、魚食復権の好機だ。

小谷さんは魚食の拡大について「消費者側の理解や努力も必要」としつつ、やはり店側の売り方の重要性を強調する。その意味では「最近のスーパーや鮮魚量販店の魚の売り方は、明らかに昔とは違った面が出始めている」という。

例えば、調理方法を店頭の大画面で見せたり、QRコードを活用したりして、魚のおいしい食べ方を手軽に周知する取り組みが増えている。さらに新型コロナに伴う料理店の需要減から、だぶついている高級魚を仕入れ「通常は扱わない国産クロマグロなど、高くてもおいしい魚がスーパーに並んでいるのを見ると、その店に『がんばってください』と言いたくなる」と小谷氏。

町の魚屋さんが消えた今、安くて簡単・便利な魚ばかりが売られていては、魚離れは食い止められない。丸ごと1匹さばいて調理するのはハードルが高いかもしれないが、うまい魚を食べるには、多少なりとも手間を掛けて料理することを消費者側にも推奨したい。そうなれば店側も、バラティーに富んだ品ぞろえで魚を提供するだろう。

丸ごと1匹売りの魚に挑戦するなど、消費者側の努力も必要 写真:PIXTA
丸ごと1匹売りの魚に挑戦するなど、消費者側の努力も必要 写真:PIXTA

バナー写真=スーパーの魚売り場(イメージ) PIXTA

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