自分でさばいて「魚食え、コノヤロー!!」:浦安のロックな魚屋・森田釣竿氏
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世界に誇る長寿国・ニッポン。その要因の一つとされるのが、和食の代表格「魚食」だ。肉食を禁忌とした江戸時代を経て、近年まで日本人にとっての主なタンパク源は魚であった。農林水産省「食料需給表」によると、年間の1人当たりの魚介類消費量は、ピークだった2001(平成13)年には40.2キロで、肉類の27.8キロを大きく引き離していた。それが若者を中心に「魚離れ」が進み、2011年以降は肉を下回るようになり、2019年は肉類の33.5キロに対して23.8キロまで落ち込んだ。需要の低迷に加え、漁獲高の面でもサンマやサケ、イカなどが不漁続きで、水産業界にとってはまさにダブルパンチ。かつて水産大国だった日本の「食」が、その姿を大きく変えつつある。
そうした中、「魚食え、コノヤロー!!」とシャウトし、魚食復権に情熱を燃やす魚屋さんが今、注目を集めている。
魚や海の曲でメジャーデビュー
千葉県浦安市の鮮魚店「泉銀」の3代目・森田釣竿氏(本名非公表)は、「フィッシュロック」と銘打った新たな音楽ジャンルを打ち出し、「漁港」(港は左右反転)というバンドを結成。2004年には『鮪(まぐろ)』をテーマにした曲で、ユニバーサルミュージックからメジャーデビューを果たした。
ボーカル兼リーダーを務め、メンバーやファンからは「船長」と呼ばれる。これまで魚や海、漁師にちなんだ、水産業の応援歌ともいえる曲を数多く手掛けてきた。ライブでは、マグロの解体ショーなど豪快なパフォーマンスを織り交ぜてファンを魅了。同時に最大のメッセージである「魚食のススメ」によって、魚好きを増やしてきた。
一方、本業は鮮魚店経営。かつては「浦安魚市場」内の店舗を拠点に、マグロやクジラに特化して販売していたが、同市場の閉場もあって現在は浦安市内の堀江地区で、幅広い水産物を扱う鮮魚店・泉銀を切り盛りしている。あくまでも本業優先で、「そんなに長く店を休んでられない」と、ニューヨークでのライブ出演の誘いを断ったことまであるという。
魚の町だった「かつての浦安を取り戻したい」
泉銀のある堀江、境川をはさんで対岸の猫実(ねこざね)は、江戸時代から漁師町として知られた場所。釣竿氏が子どもの頃は、地元に鮮魚店が何十軒もあったが、スーパーなどの台頭で今では数少ない。
「小学2年生のとき、東京ディズニーランドができて町は一変した。コンビニがあちこちにできて、手軽におにぎりを買って食べられるようになったのは驚いたね。カップラーメンやハンバーガーなどファストフードも浸透し、大人まで飛びついたから、日本人の食は大きく変わってしまった、でも表向きの食生活が変化しても、やっぱり魚好きのDNAは残っていると思う。特に漁師町のこの辺りでは、昔から魚をたくさん食べていたからね」(釣竿氏)
ふらっと立ち寄り、一言二言交わしながら気軽に魚を買う――。そんな昔ながらの鮮魚店を復活させたいと、釣竿氏は積極的に客に話し掛ける。バンドで鍛えた声はよく通り、なんとも小気味いい。
「この間のミンククジラ、最高だったよ」(客)
「なら今日は、マトウダイがお薦めだよ。刺し身で食べるなら、カルパッチョにするといい。残り半分は皮付きのままムニエルなんてのもうまい」(釣竿氏)。
親戚や友人が経営する豊洲市場の仲卸から仕入れる泉銀の品ぞろえは、一般的な鮮魚店とは明らかに違う。釣竿氏は「珍しい魚がおいしいと分かれば、よりうれしいでしょ」ときっぱり。魚の種類だけではなく、例えばマグロなら脳天やホホ肉、尾肉、皮など希少部位が並ぶ。調理法が分からなくても心配無用だ。下ごしらえの仕方から、合わせる調味料まで、次から次へとアドバイスが飛び出してくる。
「脳天は脂が乗っていてうまいし、ホホ肉の食感は最高。尾肉はコラーゲンたっぷりでいいね。皮だってちょっと手を掛ければ、うまいつまみになるよ。沸騰させた湯に酒とショウガを少々。そこへ皮を入れて、さっと煮てからウロコを取り、冷まして硬くなったとこで細切りにして、ポン酢ともみじおろしにアサツキ。タバスコの辛味も意外と合うよ」
魚は丸ごと買ってさばくのが最高
調理や生ごみを嫌って、魚料理は敬遠される傾向にあるが、少々手間を掛ければ、頭や骨などを除き、ほとんどが食べられる。泉銀では無駄なく食べてもらおうと、丸魚(1匹丸ごと)をそのまま販売し、自分でさばくことを推奨する。
「その方が安く販売できるし、やっぱり自分で調理して食べるのは一番うまい。それに、命をいただいているという気持ちを常に持ってほしい。おいしく食べられる方法がいろいろあるから、そのこつを自分が伝えていかなければいけないと思っている」
そうした思いは、コロナ禍でより強まった。巣ごもり需要は高まったが、量販店が扱うアジやブリ、タイなどのメジャーな魚種以外は、豊洲で行き場を失い、泉銀に大量に送られてきたという。切り身にしている余裕はないため、従来以上に「そのまま渡し」で販売すると、「頑張ってさばいてみたら、本当においしかった」と客からの評判は上々だった。
もちろん、「さばけ、さばけじゃ押し付けがましいし、また来てもらえなくなる」と、商売っ気も忘れない。客から頼まれれば快く応じ、手本を示すように目の前で丁寧に3枚下ろしにもする。きめ細かなサービスや持ち前のコミュニケーション力により、約12畳と決して広くはない店に、多い日には200人ほどが足を運ぶ。土曜日には遠方からも魚好きが集まり、わざわざ山梨からやって来る人もいるそうだ。
水産業界の救世主、日本の魚食復活目指す
二足のわらじで意欲的に活動する釣竿氏は、水産業界から見ればまさに救世主。2012年にオール水産の組織「大日本水産会」から魚食普及貢献者として感謝状を贈られたほか、16年には水産庁が任命する「お魚かたりべ」に選出された。東京海洋大学では特別授業を受け持ち、将来の水産業を担う若者に魚のさばき方や調理法を伝授し、学園祭も船長姿で盛り上げている。
釣竿氏は、「肉を食うなと言っているわけじゃない。ステーキやハンバーグ、唐揚げのおいしさは、自分も当然分かっている。ただ、魚は種類が多いし旬もある。魚食の魅力は想像以上に奥が深いから、自分が精いっぱい、うまい魚の食べ方を伝えていくことで、日本が世界に自慢できる魚食を、もう一度復活させたい」と熱く語る。その端的なメッセージが「魚食え、コノヤロー!!」なのだ。
鮮魚 泉銀
- 住所:千葉県浦安市堀江3-25-1
- 営業時間:平日=午前11時〜午後5時30分、土曜日=午前8時〜午後5時30分、日曜日=午前8時~午後2時
- 定休日:水曜日、木曜日 ※不定休あり
写真:ニッポンドットコム編集部(提供写真以外)