風土を生かした野菜作りで郡山の魅力を発信する若手農家たち[後編]:野菜の持つストーリーを伝え、付加価値を生む
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—[前編]から続く
猪苗代湖の南にある湖南町三代の中ノ入地区でシイタケを栽培する小椋和信さんも、居酒屋しのやを頼りにする一人。代表を務める農業組合法人「愛椎ファミリー」のシイタケは、大きく肉厚なのが評判だ。
きれいな水と空気が育てる大きなシイタケ
小椋さんは子どもの頃、父親が育てていたシイタケが嫌いだったという。当時は伐採した丸太などに種菌を植え付ける原木栽培だったため、香りやえぐみが強い。シイタケ特有の風味ではあるが、苦手な子どもが多いのだ。
愛椎ファミリーでは2004年から、おがくずと米ぬかを練り、栄養剤などを加えた培地(ばいち)を使用する菌床栽培に切り替えた。一度会社勤めをしていた小椋さんは、2010年に後継者として実家に戻った。自身の経験もあり、えぐみを抑えたシイタケ作りを心掛けている。
「菌床栽培は味のクセが少ない。この地域は水と空気が良いため、ほとんどえぐみのないシイタケに育てることができる」
培地は毎年工夫しながら、雑菌の少ない冬場の2カ月間に約3万個手作りする。温度管理を徹底して小まめに間引きし、キノコの成長を早めるために培地をたたく「打床」もせず、ストレスを与えずにすくすくと育てている。その結果、大きく肉厚な上に、軸まで太いシイタケに成長するのだ。
自分のシイタケの価値を知らなかった
2011年3月11日の東日本大震災で、作ったばかりの培地が棚とともに全部崩れ落ちた。そこから寝る間を惜しんで必死に作り直し、ほぼ完了した3日後に福島第1原子力発電所で水素爆発が起きる。その影響で手塩にかけた培地は、全て廃棄処分となった。
風評で売り上げが激減する中、小椋さんは「どうせ数が出ないなら、とことん大きいシイタケにこだわってやろう」と決意した。特に勝算があったわけではなく、目的なしに農業に打ち込むことが難しかったという。
そんな時に出会ったのが篠原さんだ。小椋さんは「しのやに会って、初めて自分のシイタケの価値が分かった」と言う。大きく肉厚なシイタケを生かしたメニューを考案し、他の飲食店にも売り込んでくれた。しのやのネット通販では、愛椎ファミリーのシイタケが目玉商品の一つになった。ブランド化されたことで、出荷量も順調に伸びている。
「今までは自分たちだけで黙々と作業していたが、最近は取材されることにも少し慣れてきた(笑)。しのやと話し合い、視察に来た人たちに栽培方法やこだわりを説明することで、うちのシイタケの魅力を再確認できている」
料理と一緒に農家のストーリーを味わってほしい
福島産野菜を応援する飲食店も増えている。農家イタリアン「Arigato(ありがとう)」(郡山市安積4丁目)はその一つだ。
ランチタイムに訪れると、カウンターの上に並ぶ食材の生産者を紹介する黒板が目に飛び込んで来た。コース料理の最初に登場する地元野菜たっぷりの大型プレートには、農家のこだわりの栽培方法やおいしさの秘密などを伝える紹介カードが添えられている。
運営する夢成株式会社代表の鈴木厚志さんは、福島県白河市の出身。郡山の他、山形県でも飲食店を経営している。震災をきっかけに、風評に苦しむ取引先農家の手助けがしたいと、2016年にArigatoをオープンした。
「地元の旬な野菜を提供するだけでなく、生産農家さんのこだわりやストーリーを料理によって伝えたい。そして、お客さんにも、地元のおいしい野菜に誇りを持ってもらえたらうれしい」
鈴木さんは、客からの「おいしかった」という言葉を農家に届けている。「その『ありがとう』が農家さんの笑顔を生み、やりがいになれば」と、これからも生産者と消費者をつないでいく。
こんなにおいしい野菜が売れないはずはない
株式会社agrity(アグリティ)の小野寺淳さんは、震災後の2016年に農業を始めたばかり。それなのに、すでに自分の料理店を開き、育てた野菜を提供している行動力あれる若手農家だ。
郡山市の兼業農家に生まれたが、野菜が身近にありすぎたために嫌いになり、食卓に並ぶと食欲すら失った。大人になってからも敬遠し続けたことを、「今では後悔している」と苦笑いする。
安定した大企業に15年間勤めていたが、野菜直売所で出会った郡山ブランド野菜「御前人参」が運命を変えた。健康診断の結果が思わしくなく、しぶしぶ購入した野菜だった。
あまりのおいしさに衝撃が走り、そのニンジンを作った鈴木農場の鈴木光一さんにすぐに電話を入れた。その後、鈴木さんが会長を務める「郡山ブランド野菜協議会」で、野菜の育て方を学び始めたという。
風評の残る福島で農業を始めることに、家族全員が反対した。それでも「こんなおいしいものが売れないはずはない。風評を払しょくし、福島の野菜の信頼を取り戻したい」と会社を辞め、「こおりやま園芸カレッジ」の研修生になった。
野菜ソムリエや土づくりマイスターの資格を取得し、1年間日本中のニンジン農家を訪ね歩いた。その成果もあり、農業を始めてたった2年で、「オーガニック・エコフェスタ2018」の夏人参部門で最優秀賞に輝いている。
6次化によって福島野菜の価値を最大限に発揮
苦労したのが販路の開拓だ。有機栽培の場合、発注のあった数量を決まった日に納品することが難しく、必ずぶつかる壁だ。小野寺さんは持ち前の行動力を発揮し、助成金などを利用して、自分でベジタブルレストラン「Blue Bee(ブルービー)」(須賀川市岡東町)を経営することにした。
納期ではなく成長に合わせて収穫した野菜を、新鮮なまますぐに調理し、素材を生かしたメニューで提供する。おいしさを伝えた上で、野菜自体を店内で直売できる。価格も自分で決められるため、一石三鳥にも、四鳥にもなる解決方法だった。看板商品のニンジンのコールドプレスジュースは、通販でも購入が可能。生産から加工、販売まで手掛けることで付加価値を生む6次化を、個人で短期間に成立させている。
畑は隣の須賀川市を含めて、4カ所に拡大した。小野寺さんは、「レストランやジュース作りも、農業の一環。次は農業を軸に、地域全体を盛り上げていきたい」と意気込む。
若手農家がさまざまな取り組みに挑戦し、仲間と連携しながら、風土を生かした野菜作りに励んでいる郡山。風評に立ち向かいながら、今では「震災前よりも、農家同士や飲食店とのつながりが強くなった」といった声もよく聞かれた。仲間との絆が育んだ郡山のおいしい野菜を味わいに、ぜひ訪れてみてほしい。
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
(バナー写真:菌床の状態を確認する愛椎ファームの小椋さん)