サーモンがマグロ超え、不動の人気確立:豊洲・銀座のすし店にも浸透

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一昔前は、江戸前すしで異端扱いだった輸入養殖魚の「サーモン」。女性や子どもから広がった人気は徐々に浸透し、訪日観光客の注文も多いことで、銀座や豊洲市場内でもメニューに加える高級すし店が増えている。

すしネタとして、今やマグロをしのぐほど人気の魚・サーモン。6月中旬に北京の食料品市場で、輸入サーモンをカットしたまな板から新型コロナウイルスが検出されたと報じられ、中国での流通が一時ストップしたが、魚は感染源にはならず根拠がないという説が有力だ。

コロナ禍で思わぬ憂き目にあったが、日本での人気はまったく衰えていない。「国産・天然魚」にこだわりが強かった旧築地市場(中央区)の時代とは打って変わり、新たに日本の台所となった東京・豊洲市場(江東区)ではサーモン人気が浸透してきたほか、中央区・銀座の高級すし店でも新たにメニューに加わるなど、今や不動の人気を確立している。

年齢・性別を問わずノルウェーサーモンが人気という鮮魚専門店「角上魚類」小平店の売り場 写真:筆者提供
年齢・性別を問わずノルウェーサーモンが人気という都内鮮魚専門店の売り場 写真:筆者提供

かつて築地では門前払い

市場内のすし店では、青森県大間産のマグロ大トロや北海道産のバフンウニ、北陸産のノドグロ、九州産のクルマエビなど、選び抜かれた各地の魚介が、職人の巧みな技によって客に提供される。どの店も1人前4000円前後からと安くはないだけに、ほとんどのネタは「国産・天然もの」。卸会社のマグロ競り人をはじめ「魚のプロ」たちも、訪れた産地関係者などを接待するために来店することから、本物志向は当然だ。

そうした市場業者のこだわりから、一昔前までサーモンは今では想像できないほど存在感がなかった。輸入商社「オーシャン貿易」(本社:京都市中京区)によると、15年ほど前に築地市場へサーモンを売り込みに行った際、鮮魚を扱うほとんどの卸会社が消極的で、仕入れを拒まれたという。「輸入・養殖魚は築地で売れない」という固定観念があったようだ。

ところが今では、全ての水産卸が取り扱うようになり「年末などの需要期には、対応できないほど発注が増える」(オーシャン貿易)と明かす。市場関係者は「マグロをはじめとする世界的な水産資源の減少に加え、養殖環境やえさの改良、鮮度保持技術の進歩などにより、サーモンの質的向上が日本への流入のきっかけになった」と言う。

豊洲の人気すし店の職人によると、築地時代はサーモンを扱わかなかった店がメニューに加えたり、以前から扱っていた場合もさらにPRしたりと、料理店の品ぞろえには欠かせないネタになっている。人気店の一つ「岩佐寿し」では、「築地時代、サーモンを握るとは考えもしなかった」(同店職人)といい、かつては客からのリクエストにも応じなかった。ところが、身質が良くなってますます注文が増えたことなどから、ついに今年から握りのほか、丼ぶりもメニューに加えるようになった。

すし店や魚介のどんぶり専門店のほか、市場内の揚げもの店「とんかつ 八千代」でも「サーモンのフライに加えて、豊洲へ来てから刺し身も出すようにした」と人気は急騰。国産・天然志向に風穴を開ける存在となった。

店頭でもサーモンがプッシュされる岩佐寿し 写真:ニッポンドットコム編集部
サーモンを使ったメニューを店頭でも宣伝していた岩佐寿し 写真:ニッポンドットコム編集部

八千代のサーモンの刺し身と生サーモンフライ
八千代のサーモンの刺し身と生サーモンフライ 写真:ニッポンドットコム編集部

外国人や女性からの人気がけん引

おにぎりの具や焼き魚として和食で定番の「サケ」も、英語にすると「サーモン」だが、日本の料理店や鮮魚店では明確に使い分けられている。生食用に養殖したものを「サーモン」と呼び、ほとんどが輸入ものだ。

日本産で最も多く流通するのは新巻きで知られるシロザケ(秋サケ)で、他には弁当の具材によく利用される養殖のギンザケが宮城県で生産される。ロシアや北米から輸入されるベニザケやキングサーモンを含め、天然のサケには寄生虫がいることが多く、加熱調理が原則。一昔前の日本では、「サケ=生で食べてはいけない」ものだったのだ。

日本の食卓では定番の焼きザケ 写真:PIXTA
日本の食卓でおなじみの焼きザケ 写真:PIXTA

脂がたっぷりと乗ったサーモンは、低価格なことも手伝って家族向けの回転ずしで人気に火が付いた。かつて女性や子どもが好む魚種だったが、今や性別・年代を問わず人気が浸透。大手食品会社「マルハニチロ」(本社:江東区豊洲)が実施する「回転寿司に関する消費者実態調査」では、9年連続で「よく食べているネタ」でトップに君臨する。最新の20年3月発表のデータでは、女性からは53.2パーセントと圧倒的な支持を受けており、男性も首位の41.3パーセントで、2位で追うマグロ赤身の36.7パーセントに大差をつけている。

欧米や中国などで普及していることも追い風だった。魚を生食する習慣があまりない訪日観光客が増加する中、インバウンド消費を狙う高級すし店でも海外で馴染みのある生サーモンを無視できなくなった。豊洲市場内のすし店では、コース料理以外の単品注文では「マグロやウニをしのぐほど注文がある」というから驚きだ。

すでに岩佐寿しでも人気メニューとなっているサーモンの握り 写真:ニッポンドットコム編集部
すでに岩佐寿しでも人気メニューとなっているサーモンの握り 写真:ニッポンドットコム編集部

サーモン養殖に好条件=ノルウェー

チリやカナダ産も台頭するが、最も人気があるのはノルウェー産のアトランティックサーモン。同国では産卵から飼育・出荷まで手掛ける「完全養殖」で、「沿岸では冷たい北極圏の海水と温かい湾の水が合流。これにより激しい潮流が生まれて水温が下がり、サーモンの発育に絶好の環境となっている」とノルウェー水産物審議会(NSC)は胸を張る。

中でも北極圏のいけすで養殖し、水揚げ後の加工場から36時間ほどで日本へと空輸されるブランド魚「オーロラサーモン」は、刺し身用として市場で高い評価を得ており、今では高級魚の仲間入りを果たしている。

東京・豊洲市場に入荷したノルウェー産のブランド魚「オーロラサーモン」 写真:筆者提供
東京・豊洲市場に入荷したノルウェー産のブランド魚「オーロラサーモン」 写真:筆者提供

ノルウェー当局の調べによると、日本へのサーモン輸出量は2019年が約3万4000トンで10年前の09年に比べ4割ほど増加。関東などの都市部から、近年は全国各地の料理店や鮮魚店へ広く浸透した。

ノルウェーサーモンは、日本だけでなく、欧米や中国でも大量に消費している。多くが頭や中骨、皮もが取り除いた身だけがパックされて流通。廃棄する「あら」も少なくないため、オーシャン貿易は有効利用に向け、今春からサーモンの皮をさくっと揚げたチップスを発売した。日本のサケではなく、サーモンを原料にしたチップスは国内で珍しく、国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」にもつながると注目されている。

ノルウェーサーモンの皮を有効利用するために、オーシャン貿易が2020年6月から販売を開始した「クリスピーサーモンスキンチップス」 写真:筆者提供
ノルウェーサーモンの皮を有効利用するために、オーシャン貿易が2020年6月から販売を開始した「クリスピーサーモンスキンチップス」 写真:筆者提供

もはや江戸前すしのレギュラー

豊洲のマグロ専門仲卸社長が経営する銀座の名所「GINZA SIX」最上階の高級すし店「つきじ鈴富」でも、「外国人をはじめあまりに注文が多いため、昨年秋からノルウェーサーモンを扱うようになった」と話す。

明治20年に創業、130年余り続く東京・中央区日本橋のすし店「都寿司」の4代目店主で、全国すし商生活衛生同業組合連合会の会長を務める山縣正さんは、「江戸前ずしは国産や天然物へのこだわりが強いが、今は世界中の人たちがすしを食べる時代。天然ものにだけこだわっていたら、魚はいなくなってしまう。ノルウェーサーモンは、身が締まっていて脂が乗っているのにくどくなく、すしにもよく合う。養殖もので供給面でも安定しているため、今後江戸前ずしにとっても欠かせないネタになっていくのではないか」とみている。

ノルウェーでは現在、西岸の河口付近のいけすでサーモンを養殖しているが、「今後は岸から数キロ沖での養殖も視野に入れ、技術開発を進めている」(NSC)という。自然生育環境により近づけることで、さらなる質の向上が期待される。刺し身のほか、ムニエルなど焼きものでもおいしいサーモンは、今後もますます日本で存在感を増すことになりそうだ。

サーモン人気に応えるため、昨年秋から刺し身や握りをメニューに追加したという銀座の高級すし店「つきじ鈴富」 写真:筆者提供
サーモン人気に応えるため、昨年秋から刺し身や握りをメニューに追加したという銀座の高級すし店「つきじ鈴富」 写真:筆者提供

 バナー写真:マグロと並ぶ人気者となったサーモン。岩佐寿しにて(ニッポンドットコム編集部)

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