京都・仁和寺の境内を一晩独占!:「1泊100万円の宿坊」と話題になった文化体験
Guideto Japan
旅- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
「1泊100万円の宿坊」が登場したというニュースが2018年春に流れた。主に海外の富裕層をターゲットとし、1泊5人までの1組限定で、食事などは別料金だという。
宿坊を運営する京都の仁和寺は、宇多天皇によって888(仁和4)年に創建された真言宗御室派の総本山だ。出家後の宇多天皇が境内に居室を建てて暮らしたことから、「御室(おむろ)御所」という別名でも知られる。その後も皇室出身者が歴代住職を務め、皇族や公家と関係が深い門跡寺院の中でも最高位の格式を誇る名刹(めいさつ)である。1994年には、「古都京都の文化財」としてユネスコの世界文化遺産にも登録された。
仁和寺財務部管財課・拝観課の金崎義真課長はこう語る。
「100万円は宿泊費ではありません。仁和寺では、境内を舞台にした“日本文化体験”を提供しています。富裕層の方でも満足いただけるように宿坊の『松林庵』を改修したことで、一般拝観時間外の夕方から次の日の朝まで、仁和寺を存分に利用してもらえるようになったのです」
世界遺産の境内を一晩貸し切り状態にして、ゲストに日本文化を深く体験してもらう——。100万円は、その対価だというのだ。
寺院は日本の文化を生み出し、発信してきた場所
仁和寺の広大な境内には、国宝の金堂を筆頭とする歴史ある建造物、仏像や絵画、天皇家ゆかりの品など寺宝があふれている。庭園や自然も美しく、特に遅咲きの「御室桜」は観光客に人気が高い。
「寺はかつて新しい文化を生み、発信する拠点でした。
新しく日本文化を発信する美術館などの施設を造るとなれば、膨大な費用が掛かる。それならば、仁和寺の境内や建造物、寺宝を、保存に影響のない範囲で活用すればよいと考えたという。
寺院では、建物を造るために宮大工が技を磨き、彫物師は仏像を彫り、絵師は襖絵(ふすまえ)や障壁画(しょうへきが)を描き上げた。茶会や花見、月見などが催され、優れた和歌や俳句が詠まれた。特に皇族が歴代門跡を務めた仁和寺は、平安時代には貴人や文化人が集う一大サロンであり、江戸時代になっても門前町には多くの芸術家、文化人が居を構えた。そして何よりも、人々の心を支えてきた信仰の場である。日本文化を体感するための場所としては申し分ない。
世界遺産で体感する濃厚な日本文化
ゲストは僧侶のガイド付きで、仁和寺境内を散策できる。拝観時間後であれば他の客は一人もいない上に、非公開の建物内や寺宝も拝める特別ツアーだ。
夕食は仁和寺御殿の宸殿(しんでん)、朝食には茶室を利用することが多いという。「儀式や式典に使用される御所の中心的な建物、宸殿でお食事を楽しんでいただくことになります」と、仁和寺の瀬川大秀門跡が話す通り、食事も特別な体験となる。茶室は、光格天皇(1771-1840)が設計にかかわったという飛濤亭(ひとうてい)と、画家・尾形光琳好みで弟の乾山の家から移築したと伝わる遼廓亭(りょうかくてい)の2つがあり、共に国の重要文化財だ。
食事や文化体験は、「寺院ならではの精進料理を味わいながら、生け花や雅楽などの演奏を鑑賞したい」といった要望を前もって伝えておく。仁和寺の古文書などに残る、歴史的エピソードに沿った形式や場所を用意してもらうことも可能だ。当然別料金になるのだが、仕出し文化が発達する京都なので、できる限り応えてくれる。
文化体験も、仁和寺ならではのものだ。月見であれば、「宇多天皇がお月見をした」との記録が残るので仁和寺御殿を会場とし、ススキや団子、ろうそくを並べ、僧侶による宗教声楽である声明(しょうみょう)を聞きながら白砂の南庭越しに月を眺める。宗教建築群に描かれている障壁画を解説付きで好きなだけ眺めることや、光格天皇が愛したと伝わる茶室で茶会を開くことなども可能だ。
こうした濃厚な日本文化体験を提供するための準備や手配には時間がかかり、文化財や寺宝を使用するので費用もかさむ。薄く、広くを対象とするのは難しいため、発信力や影響力ある富裕層に絞り、拡散することを狙ったのだろう。
一晩貸し切りを可能にした松林庵
仁和寺の斬新な日本文化発信を後押しするのが、日本財団の「いろはにほん」プロジェクトだ。日本文化に興味を持つ外国人旅行者を主な対象に、寺院などの歴史的建造物に滞在してもらうことで、より深い文化体験を提供するプログラムである。非公開の塔頭寺院などを1棟1組限定の宿に改修する費用などを助成し、運営や広報活動を支援しながら、利用料の一部で文化財や伝統技能の保護・継承活動を行うという。
仁和寺の宿「松林庵」は、寺医で寺侍も務めた久富家の旧宅。寄贈されて境内に移築したが、老朽化が進んでいたため、仁和寺の若手スタッフが企画を練り上げて「いろはにほん」に応募した。建物の改築や日本庭園の整備などには1億5700万円掛かり、その8割が日本財団から助成された。
松林庵では、和風の湯船でくつろいで、畳の上に敷いた布団に寝てもらう。家具や食器なども日本製にこだわってそろえ、室内には皇室ゆかりの品なども展示する。
「ゲストは主に海外の富裕層の方で、日本人なら誰もが知る経済人も訪れました。『また来るから、松林庵の隣にもう一棟建ててほしい』というリクエストもありました。利用者の中には、シッターも一緒に連れて来られる方もいますので」(金崎氏)
松林庵の宿泊は5人が定員だが、夕食会や茶会には友人や知人を招くこともできる。朝は早起きして、僧侶らの勤行に参加するのがおすすめだという。
もちろん、日本人も利用可能だ。
「大変高齢なお母さまとご一緒に泊まられた、日本の方もいます。『家族で、特別な思い出を作りたかった。素晴らしい体験でした』と、おっしゃっていました。例えば、結納などで利用してもらえれば、両家にとって良い記念になるかと思います」(金崎氏)
本山として、新たな道を切り開く仁和寺
「1泊100万円の宿坊」という言葉が独り歩きし、「非課税の宗教法人が、こんな高額な商売をしていいのか?」といった批判も少なからず受けたそうだが、金崎課長は「話題になったことは大変ありがたい」と言う。当然、宗教法人でも収益事業には税金が課され、仁和寺も納めている。
仁和寺は富裕層ばかりをターゲットにしているわけではない。
「修学旅行生がたくさん来てくれますが、無料の境内をぐるっと散策して、拝観料が必要な霊宝館、建物や文化財の特別公開は見ないで帰ってしまう子が多いのです。せっかく遠くから足を運んだのだから、もう一歩踏み込む機会を与えたい。長い歴史と伝統に触れて、1人でも2人でも何かを感じたり、考えたりしてくれれば無料にする価値があります。今は何も思わなくても、大人になってから、“もう一度、仁和寺に行ってみたい”と思う人もいるかもしれません」(金崎氏)
他にも、世界的な模型メーカーの海洋堂と組んで国宝の本尊「阿弥陀如来坐像」のフィギュアを製作し、人気の写真投稿サイトを運営する「東京カメラ部」に境内のライトアップ演出を依頼するなど、新しい層に仁和寺をアピールしている。
「現在、どこの寺院でも、文化財や寺領の維持管理に大変苦労しています。仁和寺も、境内の他に多くの由緒ある建造物があり、御室88ヶ所霊場など広大な土地も所有しています。文化財に指定されるような建物は全体の2割以下で、その拝観料などで残り8割以上の維持管理費、整備費を賄わねばならないのです。仁和寺は御室派の本山ですから、他の寺の手本にならねばならない。新しい活路を見出すために、これからも大胆な施策に挑戦し続けます」(金崎氏)
仁和寺
- 住所:京都府京都市右京区御室大内33
- 拝観時間:午前9時~午後5時(受付終了は30分前) ※12-2月の拝観は午後4時30分まで
- 拝観料:境内無料。御殿=高校生以上500円、小中学生300円、霊宝館(期間限定)=大人500円、高校生以下は無料 ※団体割引など有り
- アクセス:JR「京都駅」から市バス26号系統で約40分 「御室仁和寺」下車、徒歩すぐ。嵐電・北野線「御室仁和寺駅」から徒歩3分
- いろはにほん:公式サイト
写真=黒岩 正和(96BOX)
取材・文=ニッポンドットコム編集部