子どもたちを健やかに育む鹿児島・甑島の来訪神「トシドン」
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ユネスコ無形文化遺産に先駆けて登録
「オーイ、オーイ、○○はおるか! 来て障子を開けー!」
12月31日(大みそか)の夜、長い鼻と鋭い牙を持つ来訪神が子どものいる家々を訪れる。鹿児島県の甑島に伝わる年中行事「トシドン」である。
1977年に国の重要無形民俗文化財に指定された「甑島のトシドン」は、2009年にユネスコの無形文化遺産にも登録されていた。それが2018年11月に「男鹿のナマハゲ」など他9件の行事と合わせ、「来訪神 仮面・仮装の神々」として拡大登録されたことで再び注目されている。
甑島は薩摩川内市に属し、九州本土から西に約26キロの東シナ海上に浮かぶ3つの島で形成される。北から上甑島、中甑島、下甑島となり、トシドンは下甑で受け継がれてきた。「トシ」は正月に家々を訪れる「年神」、「ドン」は「西郷どん」で知られるように鹿児島弁の「~さん」を表し、「年神さん」という意味である。その起源や歴史は定かではない。
子どもの良い部分は褒め、悪い部分は諭す
トシドンは首のない馬に乗って、天空から高い山や大きな岩の上などに降り立つと伝わる。大みそかの夜になると、村の青年たちが子どもには絶対に見つからないようにトシドンの扮装(ふんそう)をし、「つきし」と呼ばれる従者を連れて3歳から8歳くらいまでの子どもがいる家々を訪れる。
風貌は集落によって異なるが、シュロの皮やソテツの葉、紙などで作った鬼のような仮面を付け、身体にはわらみのやマントをまとう。そして、「オーイ、○○はおるか! 来て障子を開けー!」と大声を上げて家の中に入っていく。
今回取材した下甑島南部の手打麓(てうちふもと)の集落では、小さな電灯を一つだけつけ、薄暗い部屋で儀式を進めるのが昔からの伝統。トシドンは地元の人々にとって崇拝すべき存在なので、子どもたちは正座で迎え、礼儀正しく話すように心掛けるという。
天上界から見守っていたトシドンは、子どもたちに1年間の行いについて尋ね、悪い部分を注意し、良い部分は褒めてやる。さらに、歌や踊りを披露させたり、新年の誓いを立てさせたりする。そして最後に、「年餅」と呼ばれる褒美の餅を、よつんばいになった子どもの背中に授ける。怖くて泣いてしまう子どもも多いが、一部始終のやりとりを見ていると、しっかりと良い子に育ってほしいという優しさのようなものが感じられた。
受け継がれていくトシドン
毎年トシドンに叱られたり、褒められたりした子どもたちが、成長するとトシドンの「つきし」として家々を回るようになる。そして、行事の流れ、やり取りなどを覚えていき、大人になってからは自分がトシドンになり、後世へ受け継いでいく。
下甑島には6つのトシドン保存会が存在し、かつては各集落で一夜に20軒近くを回っていたという。しかし、島の少子化にともない、2018年末にトシドンが行われたのは3つの集落だけで、手打麓トシドン保存会が訪れたのも4軒のみ。島の子どもたちを健やかに育んできた伝統ある行事だけに、しっかりと受け継がれていってほしい。
取材・文・写真=黒岩 正和(96BOX)